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衛星落下まであとわずかという時、浜井の瞳から一筋の涙が零れ落ちた。
確かに浜井は同年代の男と比べても涙もろい性格であったものの、問題はそこではない。この鬼気迫る状況で、一人の成人男性が涙をこぼしたということが問題なのだ。
犯人を説得できないふがいなさもあっただろう。あるいは、危機迫る中で一種のパニック状態に陥ったからなのかもしれない。しかし、それだけではない。彼は、このままでは衛星落下の犠牲者となってしまう人質と犯人の行く末に思いを馳せ、泣いたのだ。
公の場で泣くということは、センチメンタリズムを排除する現代社会において、あまり褒められたものではなかった。泣くことが許されるのは、感涙をキャッチコピーとした創作物に接した後に限られるのであって、この浜井のような共感、同情から引き起こされる涙は、グローバルでタフネスな時代には無用、いや、有害なもすらあったのだ。
だからこそ、この浜井の涙は極めて突飛なものであり、そしてそれゆえに、目の前ににる銀行強盗犯を狼狽させた。実際、浜井と交渉にあたった犯人の一人も、現代社会の申し子であり、その人生において、浜井のような大人の男性が公共の場で泣き始めるという光景を見たことがなかった。
もちろん、そのような浜井の行動を、時代錯誤の道化行為と嘲ることもできたであろう。しかし、彼はそうしなかった。むしろ彼は、極限状態に置かれていたからもあるからだろうが、その浜井の涙に、深くこころを揺さぶられた。
浜井は自分たちと人質たちのことを思っているのではなく、自分自身のふがいなさゆえに泣いているのだ、とひねて捉えることができるほど、彼自身に心の余裕はなかった。何よりも先ほどまでの話し合いの中で、そのようなことはないだろうと思えるだけの心証を浜井に対して持っていた。
そのためあろうことか、銀行強盗犯はうろたえ、戸惑いながらも浜井をなだめた。そして、浜井はただ涙を流しながら、このままでは君を含めた全員が跡形もなく消滅してしまうことを再び訴えた。
すると、異常を察知した他の面々もおもむろに表に現れ、大の大人が泣いている状況にぎょっとした。しかし、彼らに向かって、浜井と交渉にあたっていた犯人の一人は今すぐここから立ち去るべきだと毅然とした態度で述べたので、さらに彼らは驚きを隠せなかった。
とはいうものの、彼ら自身も心のどこかで衛星落下が事実なのではないかという懸念を持っており、彼らは無意識に背中を押してくれる何かを欲していた。だからこそ、誰も反発や反対を唱えることもなく、ただただ了解と各々が言い、銀行内に閉じ込めていた人質たちにもその旨を伝えた。
もちろん、ただ解放するわけではなく、人質としての立場を維持したままでの移動ではあったものの。




