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麗しき500万円分のジャンク  作者: 村崎羯諦
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 一方の銀行強盗犯はというと、振り上げたこぶしを下すこともできず、警察官への敵意と不信を持ち続けないといけない状況に追い込まれていた。


 彼らは衛星落下の報道を知りながらも、それが警察組織の謀計だと考え、それにだまされてなるものかと各自が息巻いていた。しかし、その心理に変化が見られたのは、警察官が説得を断念し、あろうことか、銀行から遠く離れた場所へと後退し始めた時からである。もちろん、嘘をよりリアルに見せかけるために、そのように凝った演出をしているのだと見ることもできた。


 しかしながら、あまりに早く説得が断念され、なおかつ、野次馬だけでなく、周りのビルや家屋からも人がからっきりいなくなった状況を踏まえると、固い意志と不信で団結した彼らの中に、徐々に不安と猜疑が生まれ始めたとしても不思議はない。衛星落下は実は本当なんじゃないか、もしかしたら警察官は人質ごと見捨てるつもりではないのか、銀行強盗犯のそのような不安は徐々に膨れ上がり、それはさらに拘束されている人質たちにも伝染していった。


 確かに、冷静に考えて見れば、このような子供だましのような作戦がうまくいくなんて考えるわけがない。だとしたら、この衛星落下は事実なのではないか。いや、そのように俺たちが考えることまでをも見越した作戦なのではないか。思考がループに陥ってしまった時点で、彼らはもはや何の行動を決断も下すことができなくなる。それを打開するためには、何らかの外部からの働きかけが必要だった。そして、そのようなベストタイミングに現れたのが、一人でただこちらへ向かってくる警察官の存在だった。


 もちろん、衛星落下が嘘であるという立場から見れば、彼はそろそろ精神的に参ったであろう銀行強盗犯にとどめの一撃を刺すために送られた刺客だと信じるだろう。しかし、衛星落下が事実であるという立場から見れば、それは与えられた最後の救済だと見なすこともできる。そのどちらとも取れる彼の存在が、銀行強盗犯に、とりあえず話だけは聞いてみる必要があるのではないかという思いを生じさせた。話したところで、一体衛星落下の真偽を確信することはできないのだが。


 閉ざされたシャッターがわずかに持ち上げられ、そこから銀行犯の一人が姿を現した。これは浜井にとっても、また浜井を不思議そうに見つめる他の警察官にとっても驚くべき出来事だった。先ほどまで、対話や説得をはねつけ、一方的な要求のみを主張してきた銀行犯が事件開始後初めて対話の姿勢を現したのだ。緊急事態であるとはいえ、その事実は驚嘆を持って各自に受け止められ、さらには、それが一人銀行強盗犯と対峙する浜井への期待へとつながっていく。


「何をしにきた?」


 銀行強盗犯が浜井に向かってつぶやく。もちろん、彼は浜井が衛星落下の話をしに来たこと自体に何の疑いも持ってはいなかったが、体裁を保つためにそのような儀礼的な質問から始めなければならなかった。しかし、浜井はそのような探りを入れるような銀行合板の態度に気を悪くすることなく、ただ誠実に自分が知っている事実、すなわち衛星落下の危機について説明した。


 浜井の説明に対し、銀行強盗犯は何も言わず、ただ不機嫌そうに押し黙るだけだった。なぜなら、そのような事実はつい先ほどまでさんざん聞かされたものと寸分も変わらず、浜井からは何の新しい情報も得ることができなかったからだ。しかし、だからといって表に登場したからには手ぶらで仲間の下に帰るわけにはいかない。


「そんな嘘っぱち信じられるか! 証拠を見せて見ろ、証拠を!」


 銀行強盗犯はそう叫んだ。もちろん、嘘っぱちだと心から信じているならば、このように表へ出てくることはないわけで、彼の行動と言動には不一致が見られる。しかし、そのような一種のカマかけに対しても、浜井は先ほどまで続けられていた根気強い説得を知らなかったため、本当に彼らが納得のできる説明を受けていないのだと勘違いしてしまった。


 だからこそ、浜井は彼なりになんとか誠意ある説明をしようと試みた。しかし、試みたものの、彼自身衛星が落ちてくるということや、それがどれだけの被害をもたらすのかについて、銀行強盗犯と同程度の知識しか持ち合わせていなかった。したがって、彼の説明は必然的に曖昧模糊としたものとなり、結果として、銀行強盗犯の焦りと苛立ちを徐々に募らせていくこととなる。


「もういい、お前じゃ話にならない」


 銀行強盗犯はふつふつと沸き上がるいかりを必死になだめながらそういった。その声色は威圧するようであった一方、自分の人生や希望をすべて投げ打ったような諦めを帯びていた。そして、浜井は彼らのそのようなある種追い詰められた境遇、心情を察知し、その打開をしようと試みるものの、気持ちだけが先走りするだけで、浜井は膠着した状態を一歩も進展させることができずにいた。

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