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麗しき500万円分のジャンク  作者: 村崎羯諦
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 用を足しに現場を離れた浜井は、うっかり一切の通信機器を携帯しなかった。


 規則では常に連絡を取れるようにしておくべきなのだが、彼はその通信機器への関心の薄さ、利用頻度の少なさゆえに、度々どこかに置き忘れてしまうということが度々あった。今回は犯行現場に置き忘れたというわけでもなく、あろうことか派出所の机の上に置き忘れてた。現場で支持を受けるための端末も相方に手渡していた以上、彼はその短い時間の中、ある種情報社会から切り離された、ロビンソン・クルーソーとなっていたのだ。


 そして、離れた場所にあるトイレに行き、用を足すという三十分にも満たない時間の間、衛星落下の報が携帯端末を通じて、各警察官に伝えられ、現場はてんやわんやの状況だった。しかし、優れた組織力をいかんなく発揮したおかげで、浜井が用を足し、周りに人が少なくなったことを不審に思いながら現場に戻ってきたときには、すでに警察官を含め、落下予想地点からの撤退は滞りなく進められており、現場は以前と同じような落ち着きを取り戻していた。


 現場に残っていたのは、衛星落下の行く末を見届けようと構えるいくらかの責任ある立場の警官と、先ほどまで必死に犯人の説得を試みていた下っ端警察官だった。浜井はその先ほどとは明らかに異なる状況に戸惑いを隠せなかった。彼は一瞬、場所を間違えてしまったのかとも考えた。しかし、そこには少ないものの、警察官がいて、なおかつ目の前には確かに扉が閉ざされた銀行が変わらずに存在していた。


 浜井は混乱しながらもなんとか、一番近くにいた警察官を捕まえ、一体今何が起きているのかと問いただした。彼は、浜井がなぜこのような重大事実を存じないのか訝しがりながらも、懇切丁寧に事態を説明した。もちろん、彼はなるべく端的に、かつ要点だけをまとめて説明しようと試みた。しかし、浜井捕まえた警察官は、実は先ほどまで立てこもり犯への説得を担当していた人物であり、それゆえに、彼の説明の中では、人質と犯人がこのままだと衛星落下の犠牲者になるという話が無意識のうちに熱を帯びざるを得なかった。


 そして、その事実は浜井の心を鋭く揺さぶった。いったいなぜ、目の前にいる警官はそのような悲劇を受け入れることができているのか、なぜこのまま人質たちを見殺しにできるのか。浜井の中でそのような疑問が浮かぶと同時に、浜井の内に秘められた正義感、そして何よりも偏狭的な自己万能感が膨れ上がっていった。


「私が説得して見せます」


 浜井から発せられたその言葉は、ある意味、衛星落下よりもずっととんちんかんなものであり、その言葉の意味を聞き手が理解するまでに数秒の時間が余分にかかった。そして、その言葉の意味を理解したのちに、果たしてそれが冗談なの本気なのかを推測するのに、さらに数秒の時間を要した。


 衛星落下までもはや猶予はなく、また先ほどまでの懸命な説得にもかかわらず、犯人の避難を促すことはできなかった。そのような事情を踏まえたうえで、なぜ大した権限も責任も持たない、一回の巡査長に過ぎない浜井が、そのようなことを言えるのか。しかし、あまりに多くの疑問が頭に浮かび、十秒近くの間、固まってしまったことが、浜井の妄想をさらに暴走させた。


 実際、浜井自身もまさか自分の口からそのような言葉が出るとは思いもしなかった。しかし、意思が言葉を生むように、発した言葉が意思を形成することもある。浜井はまるで何かにとりつかれたように、相手から許可をいただけないかと尋ねた。実際、彼は確か役職としては浜井の上司にあたるが、その現場を指揮するだけの権限を持っているほどではなかった。


 しかし、予想外の言葉に返事を窮した彼は、ただ求められるがまま、こっくりとその首を振ってしまった。浜井はそのあまりに簡単な返事に、彼と同じくらいの動揺を覚えたのだが、ここで揺らぎを見えることは恥だと思い、あたかもその返事が当然のものであるかのように平然と構え続けた。そして、敬礼を行った後、何の打算も計略も持たないまま、浜井は一人、銀行へと一歩ずつ歩き始めたのだった。

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