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秋の午後は観光日和

川を左手に見ながら起伏の少ない道を1時間ほど歩いた。

林を割って流れる小川は、せっかく届いた木漏れ日もその川面が細かく砕いていた。

さらさらと流れるその音色は柔らかな日差しが砕ける音の様にも感じた。

川底の石が鮮明に見える程、透明度の高い水は川の深さが分からない為見る者を引き込んでしまいそうだった。

よく見ると小さな魚が沢山泳いでいた。

日差しを遮る木々は美しく紅葉し、また別の木々は色とりどりの実を実らせていた。

足元には大きく実った栗がイガを破ってゴロゴロと転がっている。

赤くたわわに実った木の実を見つけるとシャーロッテがフラフラと引き寄せられて行く。

どうやら悪魔祓いはかなりお腹が空くらしい。

「あ、それは渋柿」

リナルドの静止が間に合わず涙目になるシャーロッテ。

俺は自分の水筒を彼女に譲った。


バルデュールは川の流れが南を向くたびに何かを言いたそうな顔をしていた。

それは俺も感じていた事だった。

つまり

「川を無視して西に行けば良いのではないか?」

曲がりくねった川沿いを南に歩き始めた時、バルデュールがオルソに訪ねた。

「司祭の兄ちゃんの言いたい事は分かるぜ」

オルソはバルデュールの顔をチラッと覗き見た。

「でもな、川沿いは安全なんだよ」

そう言うとひょいひょいと岩場を歩いて行った。

オルソは説明的な事を言うのが苦手な様だ。

変わりにリナルドが説明を続ける。

「川辺には様々な動物が来るんだ。小動物もいればそこの主だって来る。水も食料も手に入るからね」

それだと運が悪ければ主とやらに遭遇しそうなものだが。

「林の中は歩きにくい上に蛇や虫の巣窟よ。ばったり出会う熊よりも巣を守ろうとする蜂を恐れよ、なんて言うわ」

俺の疑問を察して答えてくれたのは大正義レフレッシ様だった。

確かに林に分け入って行くのは危険な気がして来た。

「近道とは、よく知っている安全な道をそう呼ぶべきだ、ってオイラの師匠もよく言っていたよ」

リナルドが締めくくった。

リナルドの師匠って何か凄そうだな、俺は漠然と感じていた。


街道を歩くと宿場町に辿り着く。

山を降りると平野が広がっていた。

大きな道は川から少し離れたが道の両脇には商店や民家が続き、人間からすればこれ程の安心感は無かった。

そこで見たのは親子連れや恋人達、また無邪気に遊んでいる子供達。

彼らはただ普通に暮らし普通に生きていた。

俺はもっと殺伐とした世界なんだろうな、と勝手に思っていた。

しかし、宿場町で出逢った人達は大抵朗らかで溌剌としていた。

「お?オルソじゃ無いか、生きていやがったかこの野郎」

オルソに絡んできたのは柄の悪そうな大男だった。

顔も傷だらけなら革服もあちこち引き裂かれていた。

一流の冒険者と言うよりは、くたびれ果てた苦労人、と言った風貌ではあった。

「うるせぇ、呑み過ぎだぞタラント」

オルソが面倒臭そうにあしらう。

「柄にもなく綺麗なネーちゃん連れてるな」

レフレッシとシャーロッテを見て驚いた風だった。

「こう見えて俺より腕が立つかもしれんぞ」

オルソが2人を横目で見るとタラントに向き直った。

「お前が言うならそうなのかもしれんな、冒険者の価値に年齢や性別は関係ない」

タラントは神妙な顔をしてそう言うとリナルドに笑いかけた。

「やっぱりオルソの嫁はお前じゃないとな」

全員の視線がリナルドに集まる。

え?まさか女の子だった?

「オイラは男だ!」

リナルドが全力で否定した。

何故だろう、俺は心底ホッとした。


「何か良い香りがします」

シャーロッテの鼻が町の茶屋を見つけ出した。

腹ぺこだったもんな。

「よし、行ってみよう」

俺も水筒が空になっていた為、喉が乾いていた。

そして俺はある事に気が付いた。

「そう言えば、金持ってないぞ」

「お金の事なら心配御無用」

バルデュールが得意気に丈夫そうな布袋を掲げて見せた。

「この旅の必要経費は全て当教会から支給される事になっております」

おぉ、っと驚いているのは俺だけだったが。

「これは勇者殿、そして勇者御一行様への報酬と言う扱いですので遠慮無くお申し付け下さい」

俺の中で勇者と言うのは危険な旅に行かされた挙句、金策で苦労し馬小屋で寝たり野宿までするものだと思っていた。

「勇者って思ってたより待遇良いんだな」

俺の勇者に対するイメージがちょっと変わった。

「わー、美味しそうな栗きんとんだ」

「私栗きんとんって初めてです」

「ほんとに?美味しいよー」

レフレッシとシャーロッテはすでに茶屋に入って盛り上がっていた。

「本当に元気な姉ちゃん達だな」

店の外からその姿を眺めていたオルソが呟いた。

「本当に2時間で行けるペースだよ」

リナルドも感心していた。

「我々も一服しますか」

バルデュールが仕方無いなぁ、みたいな風を装ってお店に入ろうとすると

「ご馳走様でした!お会計はそちらのお兄さんがしますので!」

店員のおばちゃんに向かってレフレッシがビシッと指を指した先には凍り付いた表情のバルデュールがいた。

え?本当に良いのかい?と困惑しているおばちゃんの前で

「本当に美味しかったです。有り難う御座いました」

シャーロッテもバルデュールに頭を下げた。

え? あれ? もしかして俺達食べれない雰囲気?

ハッハッハなどと乾いた笑いをしながら会計をするバルデュール。

なにおまえいわれたままかねはらってんだよさっさとたのめよあとよっつくりきんとん

「有り難う御座いました、またのお越しを~」

おばちゃんの元気の良い声が俺を現実に引き戻す。

「急がなくちゃ」

レフレッシが栗きんとんパワーで元気120%だ。

「温泉は!」

レフレッシが声高に言った。

「ご馳走は!」

シャーロッテも気合充分で声を出す。

「待ってくれないわ!」

「待ってくれません!」

二人の声はまるでアイドルデュオの様に綺麗にハモった。

「待ってくれるよぅ」

リナルドの涙声は女の子にだけは聞こえない様だった。


小川は北へ向かって流れ、そして大きな川に合流した。

それは雄大な流れであった。

水は何処までも美しく澄みわたり、緩急織り交ぜて大量の水が流れる様は圧巻だった。

時々水面から跳ねる魚が見える。

「あれは鮎と言って、何故か魔物が憑依しない生き物の1つなのさ」

オルソの説明を聞いて俺はその凄さが理解出来なかった。

「つまり、あれはいくら食べても安心な魚だって事さ」

リナルドの説明で納得した。

飯を食える事が当たり前だと思っていた事が恥ずかしくなった。

川に向かって左手、つまり西に、こんもりとした山があった。

「この山の向こうが目的地だ」

オルソが宣言すると、女性陣から拍手が巻き起こる。

「温泉ー」

「ご馳走ー」

多分この1時間程彼女達のボキャブラリーは異常な程低下しており、少なくとも茶屋以降それ以外の単語を聞いた記憶が無かった。

「もう怪獣だな、これは」

オルソの毒舌にいつもなら的確にツッコミを入れるレフレッシも今だけは違った。

「ガオー」

レフレッシの後ろでシャーロッテもガオーっとポーズを取っていた。

天使かよ。

俺がツッコミ入れる所だったじゃないか。

良いのか?魔王退治の旅こんなんで。

一応報酬とか出てるんだろ?

俺は何故か罪悪感に苛まれていた。


山の斜面は急で大河は山のすぐ側を流れていた。

川沿いを行けると思っていたが、オルソ、リナルド、レフレッシ様がここは危険だと仰るので山の南を迂回するルートで西を目指した。

それ程大きくない山を迂回すると再び大河が見えた。

街道は川にぶつかると左手に続いていたが、目的地は右手の山道に入った奥のようだった。

まだ午後4時頃だろうか。

随分日が高かった。

山道に入るとすぐに、右手から水が落ちる様な音が聞こえてきた。

「こんな所があったんだ」

レフレッシがもの珍しげに周りを見回す。

「こっちには宿があるだけだからね」

リナルドが頷いた。

「ソウシ様、あれってもしかして滝じゃないですか?」

木々の隙間から滝が見えてきた。

それはオルソが言っていた通り、ちょっとした滝だった。

紅葉がヒラヒラと舞い散る中、白い糸を曳く様に流れる滝。

日差しが丁度滝壺の底まで照らす角度で入り込み、幻想的な美しさだった。

暫くの間、時間が経つのも忘れて見入っていた。

「綺麗」

レフレッシがようやくといった感じで声を出した。

「夢みたいです」

水面に落ちた紅葉がゆっくりと流れて行くのを目で追いながらシャーロッテが呟いた。

「そろそろ宿に行くか」

娘達が満足するまで静かに見守っていたオルソを見て、良い父親だなぁと俺は思った。


大きな石造りの門の先にある石段を登ると更に石造りの門があり、その奥には美しい彫刻を施した大きな木造の館があった。

パッと見た感じ釘が使われている形跡もなく木材の継ぎ目がどうなっているのかよくわからなかった。

どの面を見ても驚く程真っ直ぐに仕上げられており、木目の手触りすらとても滑らかだった。

高度な建築技術で建てられているのは間違い無かった。

リナルドの話によると、この遺跡は修理改装されて、今は一軒宿として利用されているらしい。

常連客だと言うオルソはまるで自分の家に帰る様な気楽さで玄関の扉を開けた。

「あれ?誰もいないのか?」

オルソは遠慮無く中に入って行くと帳場に置いてあるベルを持ち上げ適当に鳴らした。

奥から出てきたのはいわゆる美人の若女将と言う奴だった。

色鮮やかな着物を着て、栗色の髪は後ろで結ってあった。

「6人、贅沢コースで頼みたいんだが」

オルソが注文すると

「オルソ、良い所に来てくれたわね、ちょっと困ってたのよ」

若女将はレフレッシに気が付くと酷く驚いた顔をした。

「隠し子!?」

「ちげーよ!」

レフレッシもウズウズしている様子だったが流石にツッコミを入れるのは遠慮したようだった。


                                          

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