悪魔祓いは昼過ぎに
俺達は西の門を出てすぐに北の山道に入った。なかなか急な斜面を身軽に登って行く3人の冒険者と2人の聖職者、そして意外と付いて行けてる俺。
山を2つほど超えた所で川が見えた。
「この辺は昔、鬼が棲んでいたと伝えられる所で物凄く大きな岩があるんだ」
リナルドが博識を披露する。
「鬼が運んだのか?」
バルデュールがリナルドに質問した。
「いや、いくら鬼でも岩が大き過ぎるかな?でも大きな岩がゴロゴロと転がっていてその隙間の洞窟に棲んでいたみたいだよ」
「信じられない。そんな物があるなら見てみたいものだ」
バルデュールはすっかり観光気分だ。
「私も見てみたいです、ソウシ様」
シャーロッテが何故か目を輝かせて俺の方を見る。
困ってオルソの方を見ると俺に向かって不器用なウインクをしてみせた。
「冒険者に一番必要なのは好奇心を持ち続ける事さ」
リナルドが右手の山を見上げると
「そこの山の上の方に見えてるのがその岩さ」
「おっきい」
レフレッシも物珍しそうに眺めている。
「姉ちゃんなら見た事くらいあるだろう?」
「普段山の上を見ながら歩く訳無いでしょ」
もはや親子喧嘩と言うより夫婦喧嘩の域だった。
「まぁ片道10分もあれば行けるからちょっと見て来ようか」
リナルドが言うのを遮るようにオルソが口を開く。
「さぁ、先を急ぐか」
おまえいまこうきしんがどうのこうのっていってたくちでなにかんがえてしゃべってんだほんきでいってんのかどうかもわかんねーしどういうのりでつっこんでいいのかもわかんねーよ
俺は頭の中で上手く考えが纏まらなかったが
「馬鹿阿呆トンマ虫食い巨木の朽ち果てた唐変木のおが屑男!ひとりで勝手に行っちゃいなさいよ、ふーんだ」
レフレッシが何となく現場の空気を読み切って適切なツッコミを入れた。
「この姉ちゃん、ちょっと容赦無く無いか?」
オルソがリナルドに助けを求めるが
「今のはオルソが悪いよ」
リナルドにも見捨てられガックリしたオルソ。
「ここ、出るから苦手なんだよなぁ」
「出るとは?」
何やら泣き言を言っているオルソにバルデュールが興味津々で尋ねる。
「これだよ」
オルソが胸の前で両手首をダランとぶら下げた。
「出る訳無いだろ」
リナルドの返事が妙に冷たい。
「お前だって聞いただろ、あれは絶対間違いないって」
「空耳だよ」
とんでもない急斜面を登った為、思ってたよりもあっさりと巨岩に到着した。
思ったより大きい。
確かに巨石がゴロゴロと転がっていて、あちこちに巨大な隙間が出来ていた。
俺がお世話になっていた部屋がションボリして見えるサイズの居住性だった。
しかも
「涼しいー」
シャーロッテが巨石の下から声を上げた。
そう、涼しいのだ。
まだ昼間は汗ばむ暑さだが巨石の下の隙間は肌寒い位だった。
しかし、こんな巨石が何かの拍子に落ちてきたら助からないな。
俺は別の意味でも背筋が寒くなった。
「こっちはトンネルになっているぞ」
バルデュールの声が聞こえた。
「いや、そっちは」
オルソはかなりビビっている。
みんな面白がっていた。
全員でトンネルに入り大きな声で雑談を始めた。
「オルソってば、こんなのが怖いのー?」
レフレッシが壁に手を触れた時何かを感じたのだろう。
急に下を見るとそのまま硬直した。
異様な気配に全員が凍り付いた。
「な、ななななななななにかなまあたたかい風ががが」
レフレッシが手を引っ込めて飛び退った。
バルデュールとシャーロッテは特に夜目が利くようだった。
「そこの床に穴があいてます」
シャーロッテが指差したのは丁度レフレッシが手をついた壁の下付近だった。
穴を確認しようと全員集まった。
それは大きな岩と岩の間に出来た小さな隙間だった。
穴は奥に行くとまた違う岩が重なり何処まで続いているか分からなかった。
微かに風が吹く音が聞こえる。
地の底から吹く風の音が。
それはまるで人々の悲鳴のようだった。
何百もの人々が絶叫しているかのような悲痛な声のようだった。
ゴクリ
誰かがつばを飲み込む音がハッキリ聞こえた。
その絶叫は物凄く遠い所から聞こえて来るようだった。
全身の鳥肌が立つのが分かる。
カツーン
金属音がした。
誰かがうっかりどこかにぶつかったのだろう。
だがそれで金縛りが解けた。
「うわぁぁぁあああああ!!」
俺達は脱兎の如く逃げ出した。
何をどうしたのかは覚えていないが俺達は街道まで戻って肩で息をしていた。
5人、誰かいない。
リナルドだった。
少し遅れてリナルドが歩いて戻って来た。
「風の音だよ、あれくらいでビビってたらこの先やって行けないよ」
「でも、ギャーって言ってたよ?」
レフレッシがまだ青い顔をしている。
「地獄に通じる穴だったのでは無いだろうか?」
神妙な顔をしてバルデュールが言った。
「馬鹿言いなよ。地獄って地下一万四千メートルの所にあってその間には淡水の海があるんだよ。聞こえる訳無いじゃん」
ふぅ、リナルドは軽くため息をつくと呟いた。
「せっかく綺麗な紅葉なのにもったいない」
リナルドは本当に色々と詳しいんだと感心した、が。
「って言うか地獄って本当にあるの?」
やけに具体的なので俺はちょっと驚いていた。
言い伝えとか迷信としては数値すら具体的過ぎた。
「もちろんです。地獄の住人の力は魔力と呼ばれていて魔法のエネルギーや身体能力の補助、ちょっとしたアイテムのエネルギーにも利用されているんですよ」
シャーロッテはそう言うと懐から小さな棒を取り出した。
見た事の無いアイテムだ。
そのまま空に模様を描くと先端に巻き付けられた赤い物に火がついた。
「おぉ」
「これはハッカンって言って火をつけるアイテムなんですよ」
感心してそれを見ていた俺にシャーロッテは得意気に言った。
彼女は良い子だと思うし悪気も無いのは分かっているが、何か引っかかるものを感じていた。
俺が言いたいのは多分こうだ。
俺は原始人じゃ無いよ。
小川を左手に見ながら一時間程歩いた。
最初曲がりくねった川沿いを北へ歩いていたが、気が付けば南に向かって歩いていた。
川が合流するポイントで右手に石造りの大きな門が見えて来た。
門はあるが壁も扉もない。
門のすぐ奥に石段があり、石段の両隣には大きめの石を積み上げたオブジェが立っている。
石段の上には木造の建物が立っていた。
「これは遺跡よ、直して使っている人もいるし魔物が棲んでいたりもするの」
レフレッシは言いながら唇の前で右手の人差し指を立てて見せた。
静かにしろと言う事だろう。
オルソが斧を両手に構えていた。
「5体、全部人型だよ」
リナルドだ。
前の方から歩いて来た。
「あれ?一緒に歩いてませんでした?」
シャーロッテがびっくりして後ろを振り返った。
俺も念の為に振り向いてみたが勿論いなかった。
「俺達冒険者にも流儀ってのがある。遺跡や遺物には決して傷つけないって事だ。それだけは協力頼む」
オルソが何かカッコイイ事を言っている。
「勿論このような素晴らしい遺跡に傷を付けるつもりは無い」
バルデュールの言葉に全員頷いた。
一番危ないのはオルソっぽいんだけどな。
俺はそれを声に出さないようにするのに随分気を遣った。
人型と言うのはシルエットだけの話だった。
いや、シルエットすら人とは程遠かった。
頭がひとつ、腕が2本、脚が2本あるのが人型の条件なら間違い無く人型だった。
昆虫を軟体動物にして二足歩行させたらこんな物になるのだろうか?
蟹の様に横に突き出した目と口の辺りから生えたタコの腕の様にウネウネと動く髭が不気味さをより引き立てていた。
しかし、それを見るなりバルデュールは剣を鞘に収めた。
「普通に戦えば頑丈で力も強く厄介な奴だけど」
バルデュールの視線の先にはシャーロッテがいた。
「私ちょっと行って来ますね」
シャーロッテはまるでご飯のおかわりを頼まれた位の気軽さで門の前に出て行った。
「そういう事か」
オルソも納得して斧を背中に担ぎ直した。
「いやいやいや、一人で大丈夫なの?」
俺は逆に背中の剣に手を伸ばして付いて行こうとしたがオルソに止められた。
「兄ちゃんも見てれば分かるさ、行くと邪魔になる」
何故か懐いてくれるシャーロッテが可愛くて仕方なくなっていた俺は黙って見ていられない気分だったが、邪魔になると聞いて静観する事にした。
危なくなったらすぐにでも飛び込むつもりではいた。
シャーロッテは白い軽やかな貫頭衣の左横に付いているポケットに手を突っ込むと小さな袋を取り出した。
右手で袋の中から何かを取り出すと目の前で縦に振った。
シャーン
驚く程澄んだ音色が響いた。
鈴だ。
干字の金属製の棒に鈴が合計6個付いている。
シャーロッテを中心に凄まじい力が広がって行くのが見えた。
何だか良くわからないけど
「凄い」
「あれが彼女を唯一の巫女たらしめる所以です」
俺の横でその様子を見ていたバルデュールが説明した。
「彼女のお陰で我々は神に対する知識を多く得ることが出来たのです」
シャーロッテが鈴を鳴らすたびに透明だが目に見える力場が発生する。
人型の魔物はその間に石段を降りて来る。
ぞろぞろと5体。
脚で歩くのでは無く、足の先で無数に枝分かれしたタコの腕の様な物でもぞもぞと進んで来る。
その動きはそれ程早くない。
シャーロッテは3歩前進して魔物のと距離を縮めた。
「ハッ」
いつものふわふわしたイメージとは違う、凛とした気合と共に鈴を横に振った。
シャーロッテを包んでいた力場が物凄い勢いで魔物達に向かって飛んで行き、魔物と力場が溶け合うようにして、消滅した。
「消えた」
「悪魔祓いの儀です。純粋な魔物なら完全に浄化出来ます」
驚く俺にバルデュールが説明してくれた。
「純粋な魔物?」
「産まれた時から魔物だった者の事です。魔物の力にあてられたり、うっかり魔物を食べたりすると魔物に憑依されて最悪魔物化してしまいます」
「え?食べるって?えっ?毎年何人か食べちゃうとか言ってたやつの事?」
「野生動物は毎年結構な量が魔物化してしまうんだ、昨日のもそれだよ」
リナルドが相槌を打つ。
シャーロッテがフラフラと戻って来た。
「お疲れ、大丈夫?」
俺は彼女が倒れるかと思い駆け寄った。
「はい、お腹が空きました」
にっこり笑って答えたのはいつものシャーロッテだった。
「あと3時間、キリキリ歩いたら温泉とご馳走が待ってるぞ」
オルソは随分張り切っている。
「え?温泉!」
レフレッシがオルソに詰め寄った。
「え?ご馳走!」
シャーロッテも目の輝きがいつもと違う。
「疲れてるかもしれないけど2時間半で行くよ!」
レフレッシがシャーロッテに宣言する。
「2時間で充分です!」
シャーロッテも気合充分だった。
寄り道なんか進言したら俺が喰われるな。
泣き言を言わないように一生懸命ついて行こうと俺は心に決めたのだった。