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昼下がりの冒険者

食事とベッドには困らない。

それを不自由の無い生活だと言うならまさにそれだった。

ベッドで目が覚めて2日が経っていた。

食事はあの少女が1日3回運んでくれていた。

俺の睡眠を妨げる者は何も無かった。

逆に言えば猛烈に退屈していた。

体調はほぼ完璧になっていた。

全身を蝕んでいた激痛はもはやどこにも無く、脳の芯まで痺れていた麻痺も全く無くなったのだ。

窓から見える外の景色は草原の向こうに林が見えるだけで特に動きも音もなく、ただ朝と夜の訪れを知らせる役にしか立たなかった。

窓とドアは何故か鍵が掛かっており、開けることは出来なかった。

次に少女が来た時に外を見せて貰うように頼んでみよう。

そう言えばまだ彼女の名前を聞いてなかったな。

いや、むしろ誰の名前も知らない。

俺も勿論名乗っていなかった。

゛ソウシ゛

恐らくそれが俺の名前だ。

結局3日より前の記憶は戻らなかった。

自分の事も良く分からず自己紹介に自信が無かったから相手の無関心が心地良かったのだが、そろそろ薄気味悪い位の無関心さを感じ始めていた。

しかし、記憶が無いと言う事は帰る場所も無い事を意味していた。

ここを出たら放浪の旅でも始めるかな。

一度違和感を感じるとあの少女すら怪しく感じた。

俺が食事をしている間、ずっと隣にいたのに特に会話をした記憶が無いのだ。

そう、ずっと隣にいたはず、そこまで考えて俺はある事に気が付いた。

彼女が、いや、長老もだが、どんな服を着ていたのかさえ覚えていないのだ。

次ぎからしっかり確認しよう。

そう心に決めたのだった。

また毎日食っていたスープにどんな具が入っていたのかも覚えていない。


っは!!

天井を見上げる。

そこには見覚えのある曲がった釘が打ち付けられた天井があった。

思い過ごしか?

そう言えば俺が元々着ていた服も見当たらず、俺の持ち物も何一つ見た記憶もない。

ガチャ

扉を開く聞き慣れた音に、ビクリと反応した。

そこには初めて顔を見る男が立っていた。

俺より年上と思える雰囲気で背は高く、短く切り揃えた銀色の髪に細く整った顔立ち。

見るからに上質な銀色の生地に、金の糸で角の生えた獣の刺繍を施した豪華絢爛な服を着用しており、一目で只者で無いと見える。

俺はと言えば寝癖にボロ服のみすぼらしい格好でベッドにだらしなく半ケツ乗せて座っていた。

男は一瞬言葉を選ぶように口を閉ざしたが、俺には充分長く感じたし、余裕から来る嫌味のようにも感じた。

あの少女もこんな男と一緒にいれば俺に興味が無いのも頷けた。

一刻もこんなかび臭い所から抜け出して、何処へともなく消え去りたい。

そんな感情が込み上げてくる。

「お待ちしておりました、勇者殿」

想像したより高めの、しかしと言うかやはりと言ったイケメンボイス。

不信感が募った中に登場した、つくづく胡散臭い色男を、自分でもわかる程眉をひそめて睨み付けていた。

言葉の意味を理解する迄の数瞬、俺はそのまま硬直していたが、我にかえると、勇者殿とやらを探して素早く部屋を見回した。

「貴方の事ですよ」

色男はクスッと笑い、うやうやしく礼をした。

「申し遅れましたが私はバルデュール、司祭を務めさせて頂いております」

「あぁ、こちらこそ、ソウシです」

何となく毒気を抜かれた感じで俺は間抜けな挨拶をした。

「まずはこちらの御召物にお着替え下さい」

色男の差し出したそれは見覚えがあった。

全体的に黒っぽい制服。

俺が最初に着ていた服だ。

シミも汚れも無く、シワひとつ無い仕上がりだった。

「司教からお話があります。着替えが終わりましたらこちらへどうぞ」

扉の外、廊下を掌で指し示すとそのまま外に出て扉を閉めた。

久しぶりに袖を通すその服に、それ程の愛着は湧かなかった。

あっさりと部屋の外に出て完全に抜け殻のようになった俺の横に例の少女が走り寄ってきた。

白を基調とした軽やかな衣で仕立てられた貫頭衣を翻して走り寄るその様は、神秘的な美しさだった。

「ソウシ様、お身体は大丈夫ですか?私がご案内致しますね」

そう言うと俺の右手の前にうやうやしく右手を差し出して来た。

今まで気が付かなかったが彼女は左右の瞳の色が異なっていた。

金色と銀色の瞳。

何故今まで気が付かなかったのか全く不思議だった。

「申し遅れました。私はシャーロッテと申します。今後よろしくお願いしますね」

俺はもう、煮られても焼かれてもどうでも良いやと言う気持ちになってシャーロッテの手に右手を添えた。


豪華絢爛とはまさにこの事だった。

俺のいた部屋から扉を2つ通り過ぎただけのその部屋はちょっとした演奏会が開けそうな広さと高さがあった。

様々な装飾が施された調度品。

奥には祭壇があり、涙滴型の赤い宝石に銀色にも黒にも見える模様が刻まれた何らかの宗教的なシンボルが祀られていた。

そこに集うのはきらびやかな衣服を纏った人々。

ざっと100人はいるだろう。

贅の限りを尽くしたご馳走の数々。

見たことのない巨大魚の丸焼き。

恐らく鳥肉の香草焼き。

色とりどりの果物。

山海の幸がてんこ盛りになっていた。

昨日までのスープは何だったのだろうか。

「先程都からの物資が届いたんです」

俺の視線に気付いたシャーロッテが申し訳無さそうに目を伏せる。

「あぁ、いや、あのスープは本当に美味しかったよ」

お陰ですっかり体調も良くなった事もあり、本当に感謝していた。

周りを見渡すとそれぞれ食事を楽しんでいるが、その中に数名、豪快な食いっぷりをしている男女がいた。

もちろん見知った顔では無いが、個人的に親近感を覚えていた。

そしてシャーロッテに連れられて会った司教だが、俺が勝手に長老と呼んでいたあの老人だった。

真っ黒な着物を身に纏い、大きく丸いシルバーのペンダントをぶら下げていた。

頭には白い布を被っており、こちらもなかなか有り難みのある格好に仕上がっていた。

つくづくこんな感じだったか全く覚えがないが流石に普通の爺さんに毛が生えたような雰囲気だったような気がしていた。

「顔色が良くなられましたな、勇者殿」

「司教様、ソウシ様です」

シャーロッテが訂正した。

「って言うか勇者って何だよ、さっきから」

俺も訂正を促したが二人とも意に介した素振りもない。

司教はひとつ頷くと

「私はフォルカー、人々の幸せと解放を望む者です」

幸せと、解放?

解放と言う言葉がどうにも引っ掛かった。

何かに拘束されていると言う事か?

「せっかくの料理です、頂きながらお話をしましょう」

フォルカーの提案にシャーロッテが小躍りして喜んだ。

料理はどれも絶品だった。

しっとりとした身をふっくらと焼き上げた巨大魚はその見た目からは想像出来ない繊細な味わいで、ふりかけられたオイルと塩加減が絶妙だった。

鳥肉もジューシーながら脂の少ない身質で、程よい弾力を残す焼き加減、サクッとしたパン粉の香ばしさとハーブ、スパイスのバランスが最高だった。

俺達が料理を楽しんでいると、先刻の食いっぷりの良い男女がこちらに近付いて来るのが見えた。

フォルカーはその姿を認めると丁度良かったと手招きをした。

集まったのはフォルカー、バルデュール、シャーロッテ、俺、あと男2人と女1人だった。

「あんたが伝説の勇者かい?」

中でも一番大柄な男が好奇心に満ちた眼で俺の目を覗き込んできた。

「いや、勇者って言うのはよくわからないんだけど」

大男はガハハと笑いながら俺の肩をバンバンと叩き俺のツッコミを遮ると

「俺はオルソだ、よろしくな」

中年の一歩手前、といったところか。

筋肉隆々で渋い声の持ち主だ。

しかし顔付きは優し気で愛嬌があるとすら言える。

茶色の太くて硬そうな髪の毛は熊と言うより虎刈りだった。

ラフな服装はあちこち擦り減ってはいるが、しっかりとした造りなのが見て取れた。

そのやり取りを少し離れて見ていたのは

「私はレフレッシ、マジックキャスターよ」

俺より少し年上か?

少し大人びた顔立ちをしているが痩せていて背も低い。

膝丈の白いスカートに白いチュニック。

ウエストに緩く巻かれた幅広の紐を左横でリボンのように結んでいる。

黒くて細い、さらさらとしたロングヘアーの持ち主で顔さえ見なければ、完全に子供にしか見えない。

「貴方、今失礼な事考えてない?」

そしてなかなか鋭い。

順番と言うか最後の一人。

オルソの陰に隠れるように立っている小柄な男に全員の視線が注がれる。

レフレッシが大皿に盛り付けられた骨付きのデカイ肉に手を伸ばし、ガブリとかじる音が無駄に大きく響き渡る。

じっくり味わうようにゆっくりと咀嚼してゴクリと飲み込み、もう一口

「って、喋らんのかい」

俺達のやり取りを後ろで見ていた身なりの良い青年が思わずツッコミを入れる。

ガハハ

オルソだ。

小柄な男を自分の前に、まるで荷物でも移動させるようにヒョイッと置いた。

「こいつはリナルド、俺の古い知り合いで人見知り担当だ」

「レンジャーだよ」

オルソのボケにたまらずツッコミを入れるリナルド。

付き合いが永いと言うのは何となく分かった。

飾り気の無い灰色の服に特徴の無い顔立ち。

声も印象に残り難い。

次に会った時に覚えていられる自信が無い、そんなタイプだった。

「目立たないのがコイツの凄い所さ」

オルソが失礼な事を言っているがその点に関してはリナルドは気にも留めない。

フォルカーは全員の顔を確認し、ニヤリと笑うとまるで手品の様にボトルを取り出した。

「まずは乾杯といこうかの」

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