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颯竢覚醒

「2人をここに連れて来るから少し待ってて」

俺はさくらを心配させない様に余裕の笑みを浮かべて指示した。

勿論、初見の大型昆虫を相手にどう戦えば良いかは分からないが、何とかなる気はしていた。

「あの、私も…」

彼女がそう言う事は分かっていた。

俺はさくらの唇の前に人差し指を立てて言葉を遮った。

「ここからじゃあの人達の顔までは見えないから、君のパパか確認してからじゃ無いと巻き込めないよ」

橋脚の陰に隠れている人影は遠すぎて、個人を特定出来る程はっきりと見えてはいなかった。

「それに、俺ひとりなら遠慮無く全力で逃げれるしね」

まだ何か言いたげなさくらに、細々とした荷物を預けた。

「お兄ちゃん、気を付けてね」

「ソウシだ」

俺は右手の親指をビシッと立てて名乗りを上げた。

さくらはコクリと頷いた。

「ソウシさん、気を付けて」

さくらの声援を背に受けた俺は、両手の剣を抜き放ち、軽く地面を蹴った。

超低空をかつて感じた事の無いスピードで突き進む。

今まで無意識で抑制していた力が解放された様な高揚感が全身を駆け抜ける。

400mを15秒程で走り抜けた俺は、残りの100mを全力で跳んだ。

体が軽い。

まるで重力から解放されたみたいだった。

俺は落下しない様にでは無く、加速する為に途中で3回地面を蹴った。

100mを3秒位で疾走する俺に、蜂達がざわめき立つ。

凄まじい羽音が周囲に響き渡った。

一匹が巨大な顎と針をこちらに向けて襲い掛かって来た。

見るからに頑丈そうな顎に比べると針は細く、そして長い。

俺は神の剣を右から左へと薙ぎ払い針の生えた腹部の先をスパッと切断した。

そのままの勢いで回転して勇者の剣を頭部と胸部の間に叩き込んだ。

腹部とは違い、外骨格の鎧はかなりの硬度があるようで、剣が当たった衝撃で火花が散る。

切れないなら押し返す!

俺は更に剣を押し込んだ。

プツッという手応えの後、それまでの硬さが嘘のように刃は巨体蜂の頭部を切り落とした。

その巨体を地面に叩き付けられた蜂は、しばらくの間、翅を地面に叩き付けて凄まじい音を立てていたが、動かなくなると蒸発して消滅した。

魔物か、厄介だな。

魔物化が原因で昆虫が巨大化するのだとすれば人類にとって明らかな脅威だった。

俺を敵と認識した蜂達は顎をカチカチと鳴らし始めた。

最早、逃げる事は出来無い。

全滅させるか殺られるかの真剣勝負が始まった。

残りの蜂は8匹。

最も遅れて出て来た蜂目がけて一気に跳んだ俺は神の剣を振りかざした。

上空4mで蜂の頭頂部に神の剣を振り下ろす。

俺は直感的な閃きで思い出した事があった。

神の剣は重力を司る。

跳ぶ時や振りかざす時は剣を浮かび上がらせ、振り下ろす時は重くして叩き付ける。

それは、俺の意思に反応して性質を変化させるヒヒイロカネと言う合金で出来ているからだ。

振り下ろした神の剣は極大の重量に達し、神速かつ強烈な斬撃を放った。

俺は剣の重さを利用して猛烈な勢いで落下し、1匹目では苦労した蜂の外骨格を何の抵抗も無く切り裂いた。

地面に着地する時は剣の重さがマイナスになり、落下の衝撃を和らげ、次の跳躍に有利な体勢を作り出す。

残り7匹、俺は完全に取り囲まれていた。

子供の頃、よく喧嘩をしたのを思い出した。

1人で大勢を相手にする場合は

「一点突破するべし」

俺は反応の一番鈍い蜂に狙いを定め、跳躍した。

針を突き出して来る腹部を勇者の剣で受け流し、神の剣の重力で一気に地面に着地する。

いきなり消えた俺の姿を探す巨大蜂の背後に再び飛び上がり、下から上へ切り上げた。

背中の外骨格を苦にする事も無く切り裂くと、少し離れた場所に着地した。

これで蜂の群れの中から脱出出来た。

こうなると左手の勇者の剣が邪魔に感じた。

勇者の剣を背中の鞘に手早く収め、蜂の様子を確認する。

瞬間移動した俺に多少混乱しているものの、恐怖という感情は無い様だ。

むしろ怒りで興奮している。

あと6匹、俺の周りを猛スピードで飛び回り始めた。

一斉に襲い掛かって来るだろう。

俺はみぞおちの少し上辺りに温かい何かを感じていた。

シャーロッテの胸に浮かんでいた石のようなものかもしれない。

左手にもう1本。

頭の中に複雑な幾何学模様のイメージが浮かび上がる。

それは織物の様に複雑に紡がれて、俺の左手に見慣れた剣が現れた。

両手に神の剣を携えた俺は蜂の攻撃が来るのを察して上へ飛び上がった。

足元で『ガチャン』と硬い物が当たる音がした。

俺の前後から同時に襲って来た巨大蜂が互いに噛み合っている。

上空へ飛び上がった俺は剣の力で急降下し、2匹の頭部を2本の剣で両断した。

蜂は胸部まで両断され、即座に消滅した。

残り4匹。

蜂の怒りは発狂と呼んでも差し支えないレベルに達していた。

今まで巨大蜂達は戦略的な動きをしていた。

しかし、戦略的な動きと言う統率された動きには、優れた個体の能力を抑圧すると言うデメリットもある。

俺が、弱い個体から撃破した事により、巨大蜂達はチームの底辺に合わせた動きを継続するメリットを見失い、連携攻撃もままならない状態になっている。

これは俺の作戦通りだった。

戦略の下、強い個体同士が連携すれば1+1は5にも10にもなる。

しかし、戦略を捨て戦術で戦う以上、1の戦力の個体は1以上の力を発揮する事は無い。

速いが個々に攻撃を加えてくる巨大蜂相手に適当にカウンターを加える。

他の蜂と連携をする訳でも無く、自分を囮にして他の個体の為にスキを作ろうともしない。

脚や翅を適当に切り落としながら俺は圧倒的に有利な防戦を続けた。

気付けば針を持っている蜂は1匹も残ってはいなかった。

体のあちこちのパーツを切り落とされ、真っ直ぐに飛ぶ事も出来無くなっている巨大蜂達は、それでも巣を守る為に俺に顎を向けて勇敢に挑んで来た。

俺は複雑で緻密ながらも、昔から、何千、何万も紡いできたように感じられる剣を2本、追加で編み上げると、今持っている神の剣を2本共、投げ付けた。

投げるモーションの振り切った掌に、再び現れる2本の神の剣を俺はしっかりと握り締めた。

俺が投げ付けた2本の剣は、それぞれ一匹づつしっかりと絶命させ、消滅させた。

俺は今回の戦闘で色々と思い出していた。

神の剣は何本作り出しても暫くすると手持ちの1本以外は消滅する。

残りの2匹に何の躊躇いも無く手持ちの神の剣を投げ付けた。

それは、吸い寄せられる様に、逃げる巨大蜂を追尾して彼等を絶命させた。

投げた剣はわざわざ拾いに行く必要は無い。

俺は右手に1本、神の剣を作り出し、鞘に収めた。

そう言えば忘れていたが、巣がまだあるんだった。

俺は頭上の巣に人差し指を向けると、高速で打ち出される剣をイメージした。

ドドドドドドドドド

俺の指先から紡ぎだされる剣は高速で打ち出され、次々に巨大蜂の巣を貫き、破壊し尽くした。

中の女王蜂や幼虫もことごとく消滅し、巣の残骸と大量の神の剣だけが残った。

大量に作ったからか、手持ち以外の剣は幾何学的なフレーム構造が透けて見える様になっていた。

思っていたより早く消滅するだろう。

俺は橋の橋脚の裏に周り込んだ。

そこには青ざめた顔をした男が2人、寄り添っていた。

「もう大丈夫、蜂は全部退治したよ」

30歳位に見える2人の男に俺は声を掛けた。

もう1つ思い出したのは、俺は恐らく彼等よりもずっと年上だと言う事だ。

なぜそうなのかは思い出せないが、リナルドやオルソよりも年上なのは間違い無いだろう。

「君は?」

太い腕の持ち主が恐る恐る訪ねてくる。

「道先案内人の父が失踪したという少女から依頼を受けて」

後ろを振り返るとさくらが走り寄って来るのが見える。

「さくら!」

もう一人の細身の男がさくらを見て名を呼んだ。

「あと、『日の出』と言う店の女将に頼まれて大将と若女将を探しに」

腕の太い男が頷く。

「それは私と妻の事だ、妻は川の向こうで足止めを食らっていたのだ」

どうやら全員無事だったようだ。

さくらが父親の胸に飛び込んで来た。

「パパ、良かった」

「暗闇の中、蜂に追われて逃げ込んだのが蜂の巣のすぐ隣で、私は足を捻挫してしまったのだけど、彼は決して私を見捨てたりしなかったのです」

大将はさくらの父親を尊敬の眼差しで見つめた。

「お互いに支え合うのが人というもの。私の家族を支えてくれるお客様を私が支えない道理は無い。当然の事をしただけの事です」

さくらの父は言葉を選ぶ程度の淀みも無く語った。

それは信念やもしかすると信条と言うレベルで自らを律する不文律のような物なのかも知れない。

「貴方のおかげで私は生き永らえ、再び妻とも会えます。今度お嬢様も一緒に是非私の店に来て下さい。お礼をさせて頂きたい」

大将はさくらの父の手をしっかりと握って礼を述べた。

蚊帳の外にいた俺の前に歩み寄って来た大将は俺の手も握り締めた。

「本当に有り難う、彼と私を待つ人の元に帰してくれた」

大将はそれだけ言うと男泣きに泣いた。

大将の涙につられてか、さくらの父も半泣きでさくらを抱きしめた。

「今までお前を守ると思っていたが、こんなに早くお前に助けられる日が来るとは、お前はパパの誇りだ」

こっちはこっちで子の成長を喜んで父娘で抱きしめ合って号泣している。

結局蚊帳の外の俺は、女将から連絡用に貰った手筒型の信号弾を空に向けると『ハッカン』と言うアイテムで宙に紋様を描き導火線に火を付けた。

白いスモークを引き甲高い音をたてながら、思っていたより高くまで上がった信号弾は、なかなか軽快な音を立てて破裂すると、赤い光を放ちながら川の下流の方に落ちて行った。

問題が解決して、他の冒険者への追加依頼が必要無くなった合図だった。

「さぁ、若女将を探しに」

「それには及びません」

泣き止んだ大将に手を差し伸べて、話し掛けた俺の背後から突然声が聞こえてきて、思わず飛び上がった。

振り向くと、いつの間にか日傘を差した背の高い女性が立っていた。

玉砂利の上を音もたてずに歩み寄り、俺の背後を取るとは、明らかに只者ではない。

まだ若く見えるが、大人の雰囲気漂う彼女が噂の若女将だとすぐに察しがついた。

「亭主がお世話になりました」

彼女はその場にいる全員に向かって頭を下げた。

その柔らかな物腰と凛とした態度は名店の女将に相応しいものだった。

「本当にやっちまうとは…」

どかどかとやって来るコイツ等には気付いていたが、俺は出来るだけシカトを決め込んでいた。

チンピラ達の親分はそっぽを向く俺の正面にしゃしゃり出てきて俺の手を握ってくる。

「これから兄貴と呼ばせて下せぇ」

「嫌なこった」

即答する俺の言葉に耳を傾ける素振りは無い。

「兄貴の言う事なら何でも聞きますぜ」

「なら、橋の通行止めを解除してとっとと何処かに行っちまいな」

俺は素っ気無い態度を続けるが、どうも言いたい事が上手く伝わっていない様子だった。

「お前ら、聞いての通りだ、兄貴の名の下に通行止めを解除しろ、どんどん通せ、盛大に通せ」

「いや、普通に通れれば充分だ、しかも兄貴じゃねーし」

俺のツッコミは誰の耳にも届かず、秋の高い空に溶けて消えた。

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