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昼の大虎、呑むのは酒か?

階段を登り船尾楼甲板に辿り着いた俺達の前にはスルメイカを片手に酒盛りを始めているオルソとシャーロッテの姿があった。

リナルドがお酌をしているようだ。

「よく噛めば船酔いの予防になるんだとよ」

オルソはそう言って豪快にスルメイカにかぶりついた。

まぁ、少なくとも船酔いか単に酒で酔ったのか誰にも分からないだろうね。

「酒呑んででも寝れば案外楽なもんだよ」

リナルドが俺達にもグラスを手渡してきた。

ラベルには『純米 ハミングバード』と書いてある。

「このお酒美味しいよー」

レフレッシがスルメイカの足を齧りながら勧めてくる。

これから4時間程の船旅、他にやることも無し。

断る理由は無かった。

俺とシャーロッテも1杯注いでもらう。

グラスを鼻の前で揺らすとバニラアイスに果物の酸っぱさを足したような香りが漂う。

米酒と言うか乳酸菌飲料のような雰囲気だ。

口に含むと酸味が一気に押し寄せる。

葡萄や林檎のような香りが鼻から抜けると口の中に甘みが広がった。

確かにこれは旨い。

オルソは何枚買ったのか知らないがスルメイカをどんどん出してくる。

俺は1枚貰ってシャーロッテと一緒に千切りながら食べた。

肉厚でしっかりとした食べ応えながら硬過ぎず噛めば噛むほど口の中に旨味が広がった。

甲板の手摺り越しに見える水平線は、光でキラキラと輝く碧い海と、白い入道雲が浮かぶ青い空をくっきりと切り分けていた。

美しい景色を見ながら旨い酒を呑み、美味い肴をつまむ。

贅沢なひとときだった。

何気無く下の甲板を見下ろすとバルデュールが手摺にもたれて上半身を船の外に乗り出していた。

俺は直感した。

船酔い第一号はバルデュールだと。


船は順調に西へ向かっていた。

バルデュールは船酔いで甲板の縁から動けなくなり、オルソは甲板のハンモックで幸せそうに大いびきをかいて寝ていた。

レフレッシは珍しく「ちょっと酔っちゃった」などと言って船室に仮眠を取りに行った。

そんな中、俺とシャーロッテとリナルドは特に問題無く船旅を楽しんでいた。

しかし、出港して1時間半を過ぎると段々と退屈になってきた。

海も空も水平線も特に大きな変化も無く、見慣れてしまった景色が少しずつ流れて行く。

「折角だから君達もハンモックで寝てみると良いよ」

持て余し気味な俺達にリナルドが提案した。

甲板には何故か沢山のハンモックが吊るされている。

「帆船っていうのは風を受ければ傾くからハンモックじゃ無ければ危なくて寝られないのさ」

リナルドの言う通り風向きや進路が変わるたびに船体は右へ左へと傾いている。

確かにベッドだったら転げ落ちてしまうだろう。

ハンモックの上に腰掛けてみると心地の良い浮遊感があった。

甲板に立っている時足の裏から伝わって来るのは、こちらの事情などお構い無しの強引な揺れだったが、ハンモックの上にいると揺れているのは、まるで世界の方だと感じる程体に優しかった。

「凄い快適なんですねー」

シャーロッテもハンモックに座ってご満悦だった。

「中にはハンモックで酔う人もいるけど甲板よりは快適だと思うよ」

俺はバルデュールも誘おうと思っていたが、これはこれで酔うと聞いて彼の事は忘れる事に決めた。


船は河を遡り目的地へと到着した。

いわゆる順風満帆と言う奴で、2時間半程で到着した。

船長曰く、これだけ順調な航海は滅多に無いのだそうだ。

朝9時頃に出港したから現在11時半位だろう。

青い空のてっぺんで眩しく輝く太陽の光が今日はちょっと優しくて、俺は少しだけ冬の気配を肌に感じた。

甲板員は近くの宿を紹介してくれた上にみんなの荷物も運んでくれた。

特にオルソやバルデュールの鎧や武器はひたすら重いのだが、軽々と持ち上げてどんどん運んでいった。

「頭がゴンゴンしますー」

シャーロッテは元々色白だが、今は青白くなって冷汗を浮かべていた。

足取りがフラフラとしていた為、手を取って船を降りる。

「揺れない地面って頼もしいですねー」

渡し場の待合い室の長椅子にペッタリと座り込むとグッタリとうずくまった。

ちょっと酸っぱい臭いのするバルデュールと、結局酔ってゲッソリとしたリナルドが合流する。

俺があと2人の姿を探して船の方に視線を向けた時、船梯子から落下した大男と、助けようとして道連れになった甲板員が盛大に水柱を上げた。

レフレッシが見当たらない。

「ちょっと様子を見て来ます」

俺は3人を残して船に戻った。

船梯子を渡る時、オルソがまだ海に沈んだり浮かんだりしているのが見えた。

あぁ、まだ生きてるな、これからも生き続けるんだろうな。

一瞬視界の隅に入った大男はそのまま視界から消え去った。

レフレッシの寝室の前で途方に暮れていた船長は、俺の姿を見ると安堵の表情を浮かべた。

「丁度呼びに行こうかと思っていた所でして」

「どうかしたのですか?」

「いや、お嬢ちゃんが部屋に籠もって出て来なくて、鍵なんて無いのに扉も開かなくてね」

なるほど。

「レシ姉、もうみんな降りてるから出ておいでよ」

俺は扉を3回ノックした。

「ソーちゃんか、ひとりで入って来て」

レフレッシの言葉に俺と船長は目を合わせた。

「それでは後はお任せします」

船長は踵を返して操舵室に戻って行った。

「鍵開けたから入っておいで」

レフレッシの声が聞こえる。

扉を開けると部屋の中央でハンモックに絡まっているレフレッシがいた。

何をどうしたのか知らないが下着姿であった。

「レシ姉、よく鍵開けれたね」

「魔法に決まってるでしょ、って言うかツッコミどころソコなの!?」

「えーっと、何かそういう感じじゃ無いと寝れない人生?」

「そんな人生嫌すぎるわ、これちょっと高すぎて座ったら足が届かなくなってもがけばもがくほど絡まって」

多分ハンモックが高いんじゃ無くてレシ姉が小さかったんだろうね。

段々と言い訳の声が小さくなるレフレッシの頭をポンポンと撫でた。

「まぁ取り敢えず、服着ようか」

「取り敢えず助けてよー」

レフレッシの声が船室に響きわたった。


「助けに来てくれたのがソーちゃんで良かったわ」

レフレッシはいつもの服に着替えて船室の床に座りこんでいる。

確かに見知らぬ船員に見せられる姿では無いだろうが、俺なら良いと言う訳でもあるまい。

「まぁ、シャルちゃんの胸を覗いていた割には紳士的だったと思ったけどね」

「それは誤解ですってば」

「それにしても船酔いしかけて寝ようと思ったらハンモックにトドメを刺されたわー」

いやそこはきけよちゃんと

「それじゃ、行こっか」

レフレッシにしては元気の無い号令だった。

船を降りるとオルソがぽっくりと寝ていた。

目は開いているが焦点は定まっていない。

酒やら船やらで酔った挙句、溺れかけたのだからそうなるだろう。

「せんせー、オルソがパンツ覗こうとしてますー」

レフレッシのボケにオルソが「なにー」と聞こえなくも無いうめき声を上げつつこちらを見ようとするが、絶妙なタイミングと角度でオルソの両目を塞ぐように顔面に蹴りを入れるレフレッシ。

ヒールの無い靴とは言え、硬い所を歩くとコツコツ音がしている事を考えれば結構痛い筈だ。

「いだだだだだ、やめやめやめ」

オルソが本気で振り払えばいつでも止めさせられるだろうが、案外余裕あるじゃん、って俺は思った。

「うーん、何か騒いでたら気持ち悪くなってきたわ」

「ま、まてまてまて、早まるな」

レフレッシの言葉に動揺して転がって逃げるオルソは、完全に掌の上でも転がされているなと感じた。

待合い室の長椅子には、時間が止まっているかのように出て行った時と同じ格好の3人が座っていた。

「シャルちゃんまでこんな事になってるのね」

レフレッシの声にシャーロッテが反応する。

「レッシちゃん大丈夫ー?」

「もう最低ー、お昼寝したいー」

「私もお昼寝したいですー」

女の子達のお昼寝コールを聞いてバルデュールが重たい頭を持ち上げた。

「船旅がこれ程辛いとは…」

普段端正な顔立ちを崩す事の無いバルデュールだが、虚ろな表情をすると流石に残念な雰囲気になっていた。

「宿の手配は終わってて荷物も搬入してもらったから、寝よう」

リナルドが“寝よう”の部分をやたらと強調して言った。

「寝るぞー」

「気持ち悪いー」

「寝ようー」

宿への道中は大体こんな感じだった。

とは言え渡し場から目と鼻の先位の距離だ。

宿の入り口はそれ程広くは無い。

建物と建物の間に石畳があり、石畳の両脇には岩や植物がセンスよく配されている。

石畳の突き当りには大きな布が垂れ下がり、それをかき分けると引き戸が現れた。

扉を開けようとすると内側から白地の着物を着た初老の女性がガラガラと音を立てて開けてくれた。

「お待ちしておりました、お部屋までご案内致します、お脱ぎになった靴はそのままにして頂いて結構です」

うやうやしくお辞儀をすると玄関の片隅で俺達が靴を脱ぐのを待ってくれた。

靴を脱ぐと美しい木目の踏み台があり、その奥は畳敷きの玄関ホールになっていた。

あまり広くは無いが美しい空間だった。

奥へと案内されると、廊下もそれ程広くは無いが趣のある上質な佇まいだ。

一番奥の部屋が女子部屋でその1つ手前が男子部屋としてあてがわれた。

部屋もゆったりとした広さがあるが、部屋の幅が広い為、窓際の広縁もかなり広い。

少し大きめのテーブルと4脚の椅子が置かれ、外の景色も申し分無い。

いきなり布団が敷いてあるのは恐らく特注だろう。

オルソ、リナルド、バルデュールは布団に吸い込まれる様に倒れ込んだ。

オルソとバルデュールが布団の上で寝ているのを見るのは初めてだった。

そろそろ昼飯の時間だったが、俺以外全滅していてどうしたものか悩んでいると、女将が声を掛けてきた。

「大した物は作れませんがお食事の用意をしましょうか?」

小遣いを持っていない俺はバルデュールがいないと外で買い食いも出来ない。

「助かります!」

俺は即答した。


なかなか大した物だと俺は思った。

白いご飯の上にたっぷり乗せられた蛤のしぐれ煮は、やや小ぶりだが色良く煮付けられている。

蛤のお吸物には1つだけとは言え、大きい蛤が入っていた。

薬味と海苔が用意され、出汁もスタンバイしていた。

「蛤のしぐれ煮茶漬けです、最初はお茶漬けにしないでそのまま食べてみて下さいね」

言われるがままにご飯としぐれ煮でひと口。

たまり醤油の濃厚な味付けは辛いと思う位だがそこがまた美味い。

これだけで白米が何杯でも食える。

お吸物は上品で繊細な味わいなのに物足りなくは無い。

蛤の出汁が出ているのだろう。

このまま完食したくなる衝動を抑え、ご飯の上に小さくちぎった海苔、胡麻、山葵を乗せるとお吸物とお茶漬け用の出汁をご飯にかけた。

しぐれ煮の醤油と蛤の旨味がお吸物に溶け出していくのが見える。

匙で白米を軽くほぐして米、蛤、そして少量の山葵をすくい上げ口の中に運ぶ。

出汁と醤油と蛤の味を山葵がまとめ上げる。

ほんのり香る海苔の風味も絶妙だ。

「本当なら焼き蛤もお出しするのですが…」

何か言いたげな口調に面倒事の予感がする。

しかし、俺は案外トラブルが嫌いでは無いのかも知れなかった。

考えるより先に聞いていた。

「何かお困りですか?」

何故か不敵な笑みまで浮かんでくるのを自覚したのだった。

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