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朝日の下の豪華客船

朝食会場の方からレフレッシとシャーロッテの声が聞こえてきた。

シャーロッテは出会った頃、あまり喋らない大人しい娘だと思っていたが、実はよく笑いよく喋る普通の女の子だった。

それはレフレッシのおかげかな?と思う。

会場に入ると2人の他に女将と鞘職人、そして大いびきのオルソがいた。

「そー様おはようございます」

「そーちゃんおはよう」

「おはよ」

元気娘に俺も応えると、朝食の支度をしていた女将が作業の手を止めた。

「おはようございます、ご注文の品届いてますよ」

職人の前には黒い鞘に収まった黒い剣があった。

「ありがとうございます」

俺は女将と職人に頭を下げた。

鞘は急造にしては随分と細かく丁寧な造りだった。

黒い剣に合わせた黒い鞘は漆を塗ったような光沢を纏っていた。

要所要所を固定する銀色の金具は木材との継ぎ目が判らない程ピッタリと合っている。

色や柄は地味だが高度な技術が光る逸品だと感じた。

「どうぞお手に取って確認して下さい」

職人の勧めのままに手にとってみる。

剣の柄を持っても鞘が滑り落ちたりはしない。

鞘を下に向けたまま軽く振ってみるがやはり抜ける気配はない。

逆に不安になり鞘を背負い右手で引き抜こうとすると、コツっと言う感じの手応えと共に剣が鞘から抜けた。

抜いた剣を確認するが何かを細工した形跡は無かった。

鯉口の部分が余程上手く作られているのだろう。

収めようと鯉口に切っ先を突っ込んでみると不思議な程スムーズに収まった。

次に背中から外して抜いたり収めたりして確認してみる。

鯉口の切っ先が当たる所は木でも金属でも無い硬いもので出来ていた。

それが絶妙なカーブを描き剣を鞘の中に導いていた。

それにどう見ても

「漆?」

いつの間にか後ろに立っていたレフレッシが俺の疑問を口にした。

それは一晩でどうにかなる作業ではない。

「炯眼ですな」

職人はレフレッシに視線を向けると顔中をしわくちゃにしてニッコリと笑った。

今までで40代かと思っていたが笑うと一気に50代だった。

「いや失礼、ちょうどこれ位の孫娘がいましてな」

俺はあえてどれ位か聞くのを自重した。

「実はサイズも形も土産用の神剣と同じだったので試しに入れてみたらピッタリでしてな」

職人の説明を聞きながら俺はその鞘をもう一度眺めた。

土産物でこのクオリティとは職人恐るべしだ。

「多少補強しておいたのでハードな使用にも耐えられますぞ」

それだけ言い残すと「はっはっは」と笑いながら部屋を出て行った。


暫くの間、レフレッシとシャーロッテは神の剣をこねくり回して遊んでいた。

レフレッシが持つと剣は若草色になり軽くなった。

またシャーロッテが持てば白くなり驚いた事にそれは宙に浮かんだ。

ちょうどやって来たリナルドが宙に浮く神の剣を見て驚いた。

「この手品は凄いね」

そう言うと右手を剣に伸ばした。

指先が柄に触った瞬間、剣は深緑色になり大きな音を立てて畳の上にに落下した。

「おお?」

オルソが慌てて飛び起きた。

床も少し揺れたから心底驚いたようだ。

全員びっくりしたけどね。

バルデュールがすかさず畳を確認しようとするが紫色の剣は微動だにしない。

レフレッシが得意気に移動させると畳は幸い無事のようだった。

壊したら弁償しなければならないから会計係も大変だなぁ。

俺もそうだがみんな案外他人事だった。


朝食は、鰻の炊き込みご飯、鰻の白焼き、お刺身3種盛り、肝吸い、漬物3種類盛り、デザートは栗きんとんだった。

朝から豪華絢爛である。

もちろんリナルドもハイテンションである。

最初の一口は鰻の炊き込みご飯から頂く。

少々蒲焼のタレの味を感じるが、生姜とシソの葉の味や香りが想像とは全く違うさっぱり感を引き出しており、美味すぎていつまでも食べていたい主食に仕上っていた。

鰻の白焼きはやや甘目の味付けがしてあり、そのまま食べてもとても美味しかったが、すりおろした生姜に白醤油を染み込ませて白焼きの上に乗せて頂けば、あっさりしているのにしっかり美味しかった。

お刺身の3種盛りはマグロの大トロ、伊勢海老、活鯛だった。

伊勢海老は昨日の夜も食べたが味、食感共に本当に最高の食材だと思った。

大トロはここから南西へ向かい、最南端の地で養殖されているらしい。

しっかりとした歯応えからのとろける食感。

さっぱりとした味わいからの深い甘み。

これこそ大トロの真骨頂。

そして鯛の刺身である。

女将が言うには鯛は今の時期が1番美味いのだそうだ。

脂がのって身の引き締まった肉質は醤油につけると醤油に脂が溶け出し、醤油を弾いているように見える。

わさびに醤油をつけて巻くようにして食べる。

しっかりとした弾力と噛めば噛むほど滲み出てくる甘くて美味い脂、そしてわさび醤油が旨味を引き立てている。

「そーちゃんって本当に美味しそうに食べるよねー」

レフレッシの言葉にシャーロッテも頷く。

「私の作ったスープも美味しそうに食べてくれましたよ」

「それは作り甲斐があるねー、そうだ、今度私も何か作ってあげようか」

「それは楽しみですねー」

女子2人が盛り上がっていたが深く詮索するつもりは無かった。

バルデュールとリナルドは今日の予定を相談していた。

昨日乗る予定だった渡し船だが、乗客がいればいつでも出港するらしい。

陸路だと大きな河をいくつも渡る必要があり、河川を迂回するには海路が良いと言う話だった。

渡し船と言うからちょっと河を渡るだけかと思っていたが、約30kmを4時間程度かけて行く船旅になるようだ。

オルソは女将に何かを頼んでいた。

女将はニッコリして頷くと部屋から出て行った。


朝食後、身の周りの支度が終わると女将の娘が裏口まで案内してくれた。

重そうな大きな手提げ袋を持っていたが、出入口まで案内すると、手提げ袋をオルソに渡した。

オルソは中身をチラッと確認すると満面の笑みを浮かべた。

それを黙って見過ごすレフレッシでは無い。

「兄ちゃん、それは何が入ってるのかなー?」

「な、何でも無いぞ」

「何でも無くあるかー、良いから見せなさい」

身長差があり過ぎてオルソが掲げる手提げ袋に手が届かないレフレッシ。

「こいつは後のお楽しみなんだよ」

ニヤニヤしっぱなしのオルソは手提げ袋を大事そうに抱え込むとレフレッシに背中を向けた。

「なによ」

レフレッシは少しだけ拗ねたような表情を見せた。


船着場はすぐそこだった。

昨日騒ぎがあった場所から100mも離れてはいなかった。

渡し場にはかなりの数の船舶が係留している。

旅客船の他に貨物船も往来しており想像以上の賑わいだ。

「船がいっぱいいますよー」

シャーロッテが目を輝かせている。

「これ程立派な船を見るのは私も初めてだ」

バルデュールも興奮気味だった。

「経済も流通もこの港が中心だと言っても過言では無いからね」

リナルドが説明する。

「お、あの船が良さそうだな」

オルソが指差したのは結構大きい旅客船だ。

「6人しか乗らないんだが?」

会計係のバルデュールが異議を唱える。

「値段はそんなに変わんねーよ、それより小さい船だと遭難するかもしれんぞ?」

オルソが反論する。

「天候が悪いと遭難する事があるし、何より揺れるよ」

リナルドもオルソの意見に賛成の様だ。

「揺れると海に落ちて危ないですね?」

シャーロッテはよくわかってはいないが小さい船は怖いと感じているようだ。

「船酔いするかもよ?」

レフレッシがオルソに向かってウィンクしてみせた。

「お、俺は別に平気だけど初めて船に乗る奴もいるから気を遣ってだな」

この人は船にも酔うのか。

事情を察したバルデュールはそれ以上何も言わずオルソの指差した船に向かった。


岸と船の間には手摺のある船梯子がかけられ中央の甲板に登れるようになっていた。

中央の甲板には3隻の救命艇が積まれていたが、定員いっぱい乗ったら足りない気がした。

甲板に上がって向かって左手の船首には2階建て、右手の船尾には3階建ての楼閣があり、それぞれ屋上は見晴らしの良い甲板になっていた。

リナルドが言うにはそれはガレオン船と言われる帆船らしい。

乗客の定員が30名の船には、船長・機関長・航海士・魔術師(風)・甲板員(3名)・司厨長の合計8名の乗組員が乗っていた。

乗客より乗組員の方が多いが、海まで出るルートだとよくある事らしい。

これでは商売が成り立たないように感じるが、国民の重要な交通手段である為、一往復いくらかの助成金が出るらしい。

それ以外に運賃を取るのは自由だそうだ。

「競争の原理が働くから自ずと適正価格になって行くのさ」

リナルドが話している事は良く分からないけど、遠慮はしなくても良いみたいだ。

「出港する前に金属鎧は脱いで船室に置いておいて下さいよ」

体格の良い船長は俺達を船室に案内するとそう言った。

「海に落ちたら二度とお天道さん拝めませんぜ」

確かにそうだな。

俺達は着たばかりの鎧を脱ぎ捨てた。


船が大きいからか、はたまた海が穏やかだからかあまり揺れていない。

バルデュールは見る物全てが珍しいようで暇そうな甲板員を見つけては質問攻めにしている。

シャーロッテは船首が切る波がお気に入りで出港してからずっと船首楼甲板から身を乗り出して水面を眺めていた。

船が揺れるたびに落ちそうに見える彼女が心配で俺は近くで様子を見ていた。

リナルドとオルソは船内を手早く見て回ると船尾楼甲板に特等席を見つけて海の見えるシートに陣取った。

オルソの背後にどこからとも無く現れたレフレッシがこっちに向かって手を振りだした。

波と風の音でよく聞こえないが手振りから「こっちに来い」と言ってるような気がする。

俺はシャーロッテを誘って船首楼甲板から階段を下りて甲板に降りた。

海面に一番近い甲板にいると船に当たって砕けた波が水しぶきになって降り掛かってくるようだ。

「潮の香りがする」

いつの間にか海に出ていたようで思ったより船は揺れた。

転ばないように手を繋いで歩いていたシャーロッテが俺の言葉に振り向いた。

「私は海、初めてなんです、そー様は何か思い出しましキャッ」

話の途中で船が大きく揺れてシャーロッテは小さく悲鳴を上げながら宙に舞った。

手を繋いでいた事もあり、そのまま引き寄せて俺の胸の中に治まった。

レフレッシがあまりにも小さいから普段そこまで感じないがシャーロッテも思いのほか小さい。

俺のみぞおちに顔をぶつけた彼女の頭に軽く手をのせる。

「残念ながらまだ何も思い出せた感じは無いよ」

シャーロッテは俺の返答に微妙な笑みを浮かべて下を向いた。

「それでもそんなにお強いんですね」

俺は彼女の真意を理解出来ず、胸に抱いた彼女を引き寄せる事も離す事も出来ずに立ち尽くしていた。

「イチャついてないでさっさとおいで」

上からレフレッシが呼ぶ声が聞こえる。

シャーロッテを開放する口実が出来て俺は少しだけホッとした。

レフレッシの背後に見える空は青々と澄み渡っていた。


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