晩酌は神の名のもとに
俺達を館内に案内してくれたのは女将とその娘だった。
レフレッシは早速着物に着替え、上機嫌でシャーロッテを連れて館内の探検に出かけた。
女将は知り合いに剣の鞘を作る職人がいると言って呼んでくれた。
2枚の木の板を削って刀身を収め、金具で固定するのだそうだ。
特急で明日の朝迄には仕上げてくれると言う。
職人が剣を軽々と持って行くのをオルソが納得いかない顔で見送った。
建物は歴史を感じる木造建築だったが丁寧な補修と行き届いた清掃で古めかしさは感じなかった。
「お家の中に素敵なお庭があったんですよー」
探検から戻ってきたシャーロッテが興奮気味に報告してくれた。
建物内にはそれ程大きくは無いが檜造りの清潔な風呂があり、お湯は近所の温泉を引いているらしい。
昨日の宿のお湯に似た名湯だった。
俺達は夕食までの間、交代で温泉を楽しんだ。
レフレッシとシャーロッテは紫色や赤色の浴衣に着替えていた。
2人とも旅装は白っぽい服の為ちょっと見には別人に見えるだろう。
館内で他の客とすれ違うが声を掛けてくる人はいなかった。
俺達は6人で座るには少々大きいテーブルのある座敷に案内された。
テーブルの上には既に色鮮やかな料理が並べられていた。
「うわぉ、ご馳走だ」
珍しくリナルドが声を上げる。
「こいつ、鰻には目が無いんだ」
オルソが冷静に言った。
バルデュールが一番良いコースに追加料理まで注文しているのをたまたま見掛けたから豪華なのは知っていたが、それでもかなりのものだった。
「お飲み物は麦酒で良いのかしら?」
女将がオーダーを取る。
もちろん全員麦酒で異論は無い。
この店で提供される麦酒は全国区で定番になっている超辛口と言う銘柄だった。
他の麦酒に比べて甘さと苦さを控えめにしてキレの良さにこだわっているらしい。
娘さんがジョッキを運んで来る。
母親似でなかなかの美人さんだ。
黒髪をおさげにしておりレフレッシを少し幼くした感じだった。
「神の剣に乾杯!」
レフレッシが適当に乾杯の音頭を取る。
「それにしてもそーちゃんなかなかやるなぁ、あ、麦酒3杯おかわりねー」
麦酒を一気に呑み干すとレフレッシが早速絡んで来た。
何故か3杯追加しているし。
「神の剣出せた事ですか?」
聞きながら鰻の肝焼きをパクリと頂く。
鰻の肝焼きは表面が香ばしく焼かれ、ホロホロとほどけるような食感だった。
たまに苦味がある事もあるが、それがまた麦酒に合うのだった。
「いやぁ、それもだけど今日は朝から神がかっていたねぇ、お姉さん感心したよ」
娘さんが麦酒を運んで来る。
「ありがとありがと」
気さくにお礼を言うレフレッシは確かにお姉さんに見えた。
娘さんのお姉さんに。
ちなみに、配席は
俺 シャーロッテ バルデュール
テーブル お誕生日席
レフレッシ オルソ リナルド
という並びで昨日の夜からずっとこの感じで飯を食べている。
レフレッシは追加した麦酒を俺とシャーロッテの前に運んできた。
呑め、と言わんばかりだ。
酔う前から絡み酒とはレベル高すぎです。
うまきを箸で半分に切って一口頂く。
出汁の効いたふんわり出汁巻き卵はやや甘めの味付けで、大きめに切った鰻の蒲焼きを巻いていてこれは美味いに決まっている。
たまらず最初の麦酒を呑み干した。
シャーロッテもガツガツ食べず、ゴクゴク呑む訳では無いが俺と同じ勢いで酒も食事も平らげていく。
「それじゃーシャルちゃんの髪にカンパーイ」
ぶーってふきだすとこでしたよまじでとっさにひだりてをくちのまえにもっていったからよかったけどねえさんのりょうりぜんめつするところでしたよまじで
全く意に介さずうざくに箸を伸ばすレフレッシ。
「んまい」
極上の笑みの奥にいるのは天使か悪魔か俺には分からなかった。
うざくは塩もみしたきゅうりの食感と三杯酢が絡んだ鰻の蒲焼きが甘酸っぱさも控えめでさっぱりとした美味しさが口いっぱいに広がった。
シャーロッテが俺の方を見て何か言いたそうな表情をしている。
ふと、前を見るとレフレッシはオルソにちょっかいをかけていた。
バルデュールはリナルドと語り合っている。
「そうだ、ちょっと庭を見に行こう」
俺はシャーロッテの手を取って立ち上がった。
「良いですね」
シャーロッテがにっこりとして立ち上がった。
レフレッシが悪そうな笑みを浮かべるのを俺は見逃さなかった。
シャーロッテの案内で俺達は庭の見える廊下に来ていた。
薄っすらとライトアップされた庭園は陰影が強調されて幻想的な眺めだった。
シャーロッテが話したい事を気楽に話せるムードを作らないと。
そんな事を考えていたがシャーロッテは俺が思っていたよりしっかりしていたようだ。
「そー様、あの様な力を使ってお身体は何ともありませんか?」
思ったより単刀直入だった。
俺は彼女が言っている意味が分からなかった。シャーロッテは俺の右手を両手で握ると彼女の胸の間に誘った。
俺は一瞬混乱したが指に当たる硬い感触に感覚が覚醒した。
これはペンダントでは無い。
硬いものが体に埋まっているのか?
これは一体?
俺の視線に気付いたのか彼女は浴衣の下に着ていた服の胸元を引っ張って俺に中を見せてくれた。
思ったほど大きくない胸の間に赤い石が埋まっていた。
それは神聖教会の祭壇に祀ってあった石と同じ模様が刻まれていた。
俺は石像の様に固まってそれを見ていた。
それは絶妙な美しさだと俺は感じていた。
シャーロッテもいつ止めれば良いのか分からないと言った表情で同じ物を見つめていた。
いきなり背後から後頭部を強打されて俺は我に帰った。
「ちょっとお花を摘みに来たら何をやっとるかー」
レフレッシがスリッパを持って仁王立ちしていた。
「いや、すみません、本当に綺麗だったもので」
「私がそー様に見て欲しくて、いえその」
シャーロッテは顔を紅くしながらも謝る俺の援護をした。
「それで、貴方はどうなの?」
レフレッシが俺の目をのぞき込んだ。
『シャーロッテは勇者候補だった』俺の脳裏にその言葉が蘇った。
「力を使うとその石がどうかなるのか?」
俺の言葉にシャーロッテが頷いた。
「普段皮膚の中にあって固くも無いんです、でも力を使うと浮き出してきて半日はこうなっちゃいます」
力の使用とは鈴による除霊の事だろう。
レフレッシは一緒に風呂に入ったりしているから知っていたのだろう。
俺の場合力の使用はどこからがそうなのだろう。
本来の力を遥かに超えた跳躍力や運動能力もそうなのか。
神の剣を具現化した力の事なのか。
少なくとも今の所、俺の体に異変は無かった。
「俺にそれが現れた時は真っ先に君に報告するよ」
俺はシャーロッテに約束した。
俺達が宴会場に戻るとオルソは既に夢の中だった。
リナルドとバルデュールは神と宇宙人の関係について熱い論争を繰り広げていた。
「あ、おかえりなさい」
女将の娘さんがお出迎えしてくれた。
何やら酒瓶を持っている。
ラベルには『純米大吟醸 彼の岸』と書いてあった。
「すごーく高いお酒なんですけど、そちらのお兄様が皆様に飲んで欲しいって言うので持って来ました」
少女はバルデュールに微笑みながら会釈をすると俺達にグラスを差し出した。
バルデュールは上機嫌だった。
俺達がグラスを受け取ると少女は慣れた手つきで注いでくれた。
香りを確認すると米酒独特の香りは薄い。
ひと口含んでみると旨味が口いっぱいに広がった。
香りは口から鼻にかけて心地良く抜けて行った。
果物の様な爽やかさの中にお米の味もしっかりと息づいている。
何と言う華やかで淡麗な味わいだろう。
伊勢海老の刺身をひと口食べるとプリプリの食感と甘みが広がった。
米酒には刺身がよく合う。
俺のグラスが空になるのを見逃すレフレッシでは無い。
すぐさま米酒を俺のグラスに注ぐとグラスを掲げた。
「お姫様抱っこにカンパーイ」
もうええっちゅーねん。
俺は心の中で反旗を翻した。
女将が満を持して持って来たのはここの店の目玉商品だった。
「待ってました!」
リナルドがこれ程ハイテンションなのは若干引くレベルだったが丸い器の蓋を開けた瞬間、全員が納得した。
甘辛く芳ばしい香りが貸し切りの部屋いっぱいに広がる。
お櫃の中の炊いたお米の上には細く刻んだ鰻の蒲焼きが敷き詰められていた。
残念ながらダウンしたオルソ以外の5人でシェアした。
最初はそのままの味で頂く。
ふっくらと仕上がった身とパリッと焼き上がった皮、そして甘辛いタレがしっかりとした伝統の味だ。
勿論酒が合う
次は胡麻、刻み海苔、わさびをトッピングして楽しむ。
ここまではお酒を頂きながら美味しく頂けるのが大きな魅力だ。
最後は熱々の出汁をかけてサラサラと頂けばお酒の〆に持ってこいだった。
荷物を置いた部屋は男部屋として布団が敷かれていた。
女子用には隣の部屋が用意されそちらも布団の準備が整っていた。
「それではおやすみなさいませ」
シャーロッテが上品にお辞儀をした。
「おやすみ」
俺も手を振って応えた。
「おやすみーぃ」
レフレッシも上機嫌で手を振るとシャーロッテの手を取り部屋の中へ入って行く。
「おやすみ」
バルデュールとリナルドも軽く応えた。
オルソは今日も食堂で大いびきだった。
俺達は布団の中に潜り込むとすぐに意識が無くなった。
俺達は膨大なピースのパズルを組み立てていた。
最初は5人いたがそのうちの一人は物凄い勢いで基礎部分を作り上げた。
彼女の組み立てた作品は全て完璧だった。
彼女は俺達の中で特別な存在だった。
しかし、ある時を境に彼女の存在を感じる事は無くなってしまった。
何種類ものパズルが混ざり、似たようなピースが組み合わさり、組み上がると歪な作品が出来上がってしまう。
最初は丁寧に作っていたが一度妥協すると後はどうでも良くなるものだ。
気が遠くなるような膨大なピースの中から自分たちのピースだけは間違えないように、ただそれだけを気を付けて作業を続けた。
これは夢だ、俺はそう感じていた。
俺はずっと昔からこのパズルを組み立てていて、それは終わる事が無いと感じていた。
ただ黙々とパズルだけに集中していて全ての感覚、力を使って組み立てて行く。
それはいつまでもいつまでも続いた。
俺はゆっくり意識を覚醒させるとゆっくりと目を開いた。
目を開くと鳥のさえずる声が聞こえてくる。
窓にはめられた障子越しに朝日が部屋を照らし出している。
俺は久しぶりに夢を見たと思った。
よく知っている夢だった。
部屋の中を見渡すとバルデュールは何故か布団の隣の畳の上で寝ていた。
彼の布団はシワ1つ無く、使っていないと言うか踏んでもいないのだろう。
そしてもう一つ、オルソの布団はもちろん手付かずの状態だった。
オルソとバルデュールは布団で寝ない派の様だ。
部屋の前をレフレッシとシャーロッテが通り過ぎる声が聞こえてきた。
俺は着崩れた浴衣を直すと部屋を出た。
豪華な朝ご飯が俺達を待っている。
今日も贅の限りを尽くしたグルメ旅が始まる。
名前をつけるのって面倒臭いですよね。
ありふれた店名とか出て来る事もありますよね。
そしてこの物語はフィクションなので実在する人物や団体とは一切関係ありません。
もちろんサービス等も違います。
※料理やお酒の評価はあくまで個人的な感想です。