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夕映えの巫女

神の剣を祀っていた神域を南に抜けるとすぐ西へと向かった。

ここからは船旅になるらしい。

「渡し船って初めてです」

シャーロッテがウキウキとした表情で街道を急ぐ。

「おー、初々しいのぅ」

レフレッシが何故か年寄り言葉で目を細める。

「まて、何か様子がおかしいぞ」

バルデュールが指差す先には人だかりがある。

「行ってみよう」

駆け出す俺の背中にリナルドが声を掛ける。

「取り敢えず手出しはしないで」

「そういう雰囲気だったらそうします」

シャーロッテも協会の人間では無いのであまりその気は無いようだ。

人垣をかき分けて野次馬の先頭に辿り着くと、20m程の距離に魔物の群れと、群れの中にしゃがみこんでいる顔色の悪い4人の男が見えた。

魔物相手にこの距離はかなり近いが、人が多い為魔物も近付かないのかもしれない。

「憑かれてますね」

シャーロッテは男達を見ると冷静に言った。

彼等の名前を必死に呼んでいるのは身内の人達だろう。

魔物は豚鼻の4本足の奴が10体、猿型が7体、

そして見た事の無い大型の熊のような魔物3体の群れだった。

「まだ治せそうか?」

男達の様子を観察しながらバルデュールがシャーロッテに尋ねた。

「まだ間に合います」

シャーロッテは力強く頷いた。

「魔物達を倒して男達は怪我させない程度に無力化する、勇者殿も助力願えるかな?」

バルデュールが中々難しい注文をつけてくる。

オルソ、リナルド、レフレッシは今回、他人のフリをする事に決めた様だ。

俺とバルデュールが剣を抜く。

バルデュールの身なりから彼が神聖教会の人間だと解るのだろう。

「司祭殿、よろしくお願いします!」

人々がバルデュールと俺にも声援を送る。

俺は違うけどな。

やっぱり身なりだけではよく解らないのかもしれない。

「あまり時間がありません、魔物は一気に殲滅しましょう、男達は素手で倒して下さい」

それだけ言うとバルデュールは魔物の群れに飛び込んで行き、神速の剣捌きで4本足と猿を串刺しにした。

俺は初見の熊に注意を向けながら猿目がけて跳んだ。

いつものように横斬りで猿を両断すると左右に跳びながら適当に7体斬り捨てた。

バルデュールも丁度4本足と猿を倒し終えたところで残りは熊と男達だけになっていた。

バルデュールと俺の戦いを見ていた野次馬達から「疾い」とか「強い」などのざわめきが聞こえる。

この世界ではこれ位出来て当たり前、と言う訳では無いようだ。

俺とバルデュールはほぼ同時に動いた。

バルデュールは左右にフェイントを掛けながら熊との距離を詰めて行く。

一方俺はいつものように熊に向かって一気に跳躍した。

俺の剣が熊の脇腹を浅く捉えた所で熊の右手が俺の顔面に迫る。

何とか左腕のガントレットで熊の一撃を受けたが凄まじい衝撃で体が宙に舞った。

何とか身体をひねって着地出来る体勢を整えると全体が見渡せた。

バルデュールが熊2体相手にチクチク刺しながら押されている。

俺を飛ばした熊は俺を追って走って来ている。

そして俺は地上4m位を舞っていた。

着地する前に熊の餌になるタイミングだ。

俺は右手に持った剣を何の躊躇いも無く熊の顔面に向けて投げ付けた。

剣は真っ直ぐに熊の眉間に突き刺さる。

一瞬熊の足が止まったが倒すまでには至らなかった。

しかし俺が着地するには充分な時間だった。

熊は左右に首を振って剣を振り落とすと再び俺に飛び掛かって来た。

俺は熊の突進をジャンプして飛び越えると投げた剣を拾い上げた。

「硬いな」

俺は剣が通らない熊の体毛の硬さに驚いたが何故か余裕を感じていた。

後ろを振り返ると熊もこちらに顔を向けたところだった。

俺はある事を思い出していた。

イメージもバッチリ湧いていた。

あと足りないのは何なのか。

熊の右前脚が俺の側頭部目がけて振り下ろされる。

さっきは辛うじて受けたが当たり所が悪ければどこかの骨が折れてもおかしくない。

俺は屈伸する要領で熊の一撃を回避すると熊の脇腹を右斜め下から斬り上げる。

浅い。

多少皮膚を切り裂いた手応えはあるが大したダメージでは無いだろう。

熊が体勢を立て直す前に右手の剣を右上に向けて振り上げる。

剣は熊のこめかみの辺りを浅く切り裂く。

熊は怒り狂って左前脚を振り上げた。

万事休す。

俺は記憶に賭けた。

左手にズッシリとした重みを感じる。

俺は熊の左前脚が振り下ろされる前に熊の口の中に左手の物を突っ込んだ。

確かな手応えがあった。

熊が煙の様に蒸発して掻き消えると俺の左手に握られた物が姿を現した。

「やっぱりそうか」

俺は確信した。

「神の剣」

シャーロッテは俺の左手に握られた剣を見て驚きの声をあげた。

無骨なシルエットを持った黒光りする剣は長さ80cm程で、重さも勇者の剣より重く、俺の手にとてもしっくりしていた。

バルデュールが戦っている熊は2体ともバルデュールに釘付けでこちらには背中を向けている。

俺は迷わず右の熊に向けて跳躍した。

普通に斬っても刺しても丈夫な毛皮に弾かれてしまう。

俺は左足で着地すると右足を後ろ回し蹴りの要領で振り上げた。

その回転を加速させる様に左足で地面を蹴って飛び上がると熊の右側頭部目がけて攻撃する。

勇者の剣は熊の毛や皮膚を切り裂く様に滑らせてそのまま振り抜き、左手の神の剣を全く同じ場所に叩き込んだ。

勇者の剣より長くて重い神の剣は熊の頭蓋骨を砕きその内部を破壊した。

俺が熊を倒した瞬間、バルデュールは残りの1体の顔面に剣を深々と突き刺した。

目から入った刃は熊の脳を一度大きくかき混ぜる様に動き、引き抜かれた。

俺は剣を地面に突き刺すと男達の首筋に手刀を叩き込んだ。

全員の気絶を確認するバルデュール。

「2体同時ではのんびり倒している余裕が無かった、助かった」

バルデュールが剣を鞘に収めながら礼を言ってきた。

俺も勇者の剣を背中の鞘に収めると左手に持った神の剣をどうしたものかと眺めた。

刃はかなり鋭く裸で持ち歩くのは危険だと感じた。

それにしても俺は熊1体相手でもギリギリだったのにバルデュールは2体を相手にしても危なげ無く凌いでいた。

俺の力量はまだまだだった。

俺が倒した熊は掻き消えたがバルデュールが倒した熊はそのまま動かなくなった。

バルデュールはそれを見下ろして憂鬱そうに溜息をつく。

「私が処分して差し上げましょうか?」

レフレッシが他人行儀に声を掛けてきた。

「是非ともお願いしよう」

バルデュールの返答に軽く頷くレフレッシ。

「相場で良いわよ」

軽くウィンクすると短い詠唱が聞こえた。

瞬く間に炎が熊を包み込み、後には灰も残らなかった。

「そー様危ない!」

シャーロッテの声に反応して取り敢えず右に跳んだ。

虫だ。

見た事のある空飛ぶ虫が俺のいた空間に向かって口から針を出した所だった。

左手に持っていた神の剣を下から上へ振り上げ虫を両断すると、空間に溶け込むように消えていった。

「あれは純粋な魔物です、刺されると憑依されてこうなります」

バルデュールが気絶した男達を指差した。

なるほど、俺は最初に目が覚めた時、今の虫を見た気がする。

刺されたかどうかは覚えていないがあまり気持ちの良いものでは無い。

シャーロッテはポケットから取り出した袋の中から鈴を取り出した。

悪魔祓いの儀だ。

彼女が鈴を振るたびに力のある澄み渡った音色が波紋の様に広がっていくのがわかる。

土気色になっていた男達の顔に血の気が戻って来たのが解る。

途切れ途切れになっていた呼吸も正常に戻っていった。

シャーロッテは優雅にくるくると回りながら美しい音色を奏でた。

その姿は妖精か天使の様でありその音色は音楽のようであった。

誰が聞いても最後のひと振りと解る音色が響き渡ると、憑かれていた男達がゆっくりと目を覚した。

シャーロッテのその姿、そしてその音色に魅了されていた人々から拍手喝采が巻き起こる。

バルデュールがシャーロッテをに近寄ろうとする街の男達を牽制する様に移動した。

なるほど。

俺もうっかり見惚れていたが中には良からぬ輩もいるのだろう。

左手の神の剣は邪魔だから地面に投げ捨てるとシャーロッテをお姫様の様に抱き上げた。

「失礼、お嬢様」

びっくりした表情の彼女にウィンクすると、全力で跳んでみた。

どれ位跳べるか全く分からなかったが、それでもかなり跳べるだろうという自信はあった。

それでもぐんぐんと地面が遠ざかって行くのは驚きだった。

高さで10m、後方へ30mは跳んだだろう。

人垣どころか平屋建ての屋敷まで飛び越えて立派な門の前に降り立った。

「随分とロマンチックなご来店ね、状況は見てて知っているわ、ほとぼりが冷めるまで奥の部屋を使って頂戴」

それは決して若くは無いが綺麗な女性だった。

「貴方、すごく素敵だったわよ」

彼女はシャーロッテに笑いかけると綺麗な布を被せた。

「でも今はその服では目立ってしまうからそれに着替えると良いわ」

「あの、有難う御座います」

たじたじになりながら礼を言うシャーロッテは色々ついて行けていない感じだったが確かに野次馬に見つかる前に隠れたかった。

「すみません、お言葉に甘えさせて頂きます」

俺はシャーロッテの手を取って玄関をくぐった。

玄関脇には立派な立て看板があった。

『蓬莱陣屋』とある。

何かの店だったら売上に貢献しようと思った。

シャーロッテと一緒に部屋に入ろうとする俺を女性が引き止めた。

「レディの着替えは外で待つのが礼儀よ」

そう言うとシャーロッテと2人で部屋に入って行った。

まぁ確かにそうだ。

中から鍵を締める音が聞こえる。

取り敢えず残りのメンバーと合流しないと。

もと来た廊下を戻ろうかと思っていると聞きなれた声が聞こえてきた。

バルデュールは勿論オルソ、リナルド、レフレッシも一緒だ。

一行を引き連れているのは10歳位の少女だった。

「あれ?シャルちゃんは?」

俺に気付いたレフレッシが声を掛けてきた。

「今着替え中ですよ」

俺はシャーロッテの入った部屋をちらっと見ながら答えた。

「それにしても兄ちゃん、こりゃ何だ?」

オルソが持っていたのは俺が投げ捨てた神の剣だった。

しかし

「オイラが触ったときは緑色だったんだ、まぁ持ち上がらなかったけどね」

オルソが持つその剣は鮮やかな赤色だった。

「糞重たいし、よくこんなので戦ってたな」

オルソも呆れ顔だった。

アンタには言われたくないけどな。

「持つ人間によって性質を変える金属とは興味深いな」

バルデュールも興味津々といった面持ちだ。

「この付近でその剣は目立ち過ぎるわね」

俺達をかくまってくれた女性の隣には綺麗な服に着替えたシャーロッテが立っていた。

「おぉう、シャルちゃん良いな良いなー」

レフレッシはシャーロッテの服に釘付けだ。

「貴方もいかが? 夕食と宿も用意できますよ?」

「泊まりまーす」

レフレッシが即答した。

絶大な決定権を持つ彼女に逆らう者はいないのだった。

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