#4 Snake-BBQ
「相変わらず口の悪いセレーネだな」
「ロックだろ?」
俺の酷評に対して、朝月のセレーネ《パンドラ》は飄々(ひょうひょう)とした態度で返す。その姿は、ボロボロのコートを身に纏い、真っ黒な手袋を着け、黒い宝箱を小脇に抱えたもの……なのだが、そのコートの中には肉体が無い。
形容するのなら、まさに《幽霊》。
「さってと、始めるか」
「取り敢えずある程度の物なら今朝用意しといた。いつでも《出せる》ぜ」
校舎前に現れたコブラ型のシンシアを前にしてなお、この2人は余裕の態度を崩そうとはせず、むしろ自然体にも見て取れる。
「じゃあそうだな……ギャルのパンティおくれ」
「はいよ」
「なんつって……え?」
朝月がふざけてパンドラにブツを頼むと、パンドラが女性物の下着を黒い箱から取り出す。
「お前、これどこから」
「さっき大量にあったろ?」
パンドラがおどけてそう言うと同時に、俺が脱出して来た窓から1人の影が飛び込んでくる。
「朝月ィ……お前だったのか」
「え、何の話?」
「その下着、今の今まで無くて探してたんだよねぇ」
その人影の正体はルナであった。その顔はまさしく修羅と形容するにふさわしく、眼前の朝月を屠らんという決意を感じ取れる。
「ぱ、パンドラ?何で持って来ちゃったの……?」
「夜斗の逃走を手伝うよう頼んだのは翔の方だろ?だから一騒ぎ起こしたんだよ」
「なんでよりによってルナちゃんのを……?」
「風紀委員のお堅いお嬢さんよりマシだろう?」
目の前で茶番を広げられ痺れを切らしたのか、コブラは2人に向かって飛びかかる。しかし、それに動じることなく朝月は下着に隠していた小瓶を手に取り中の液体をシンシアの顔にかけた。
「グァアアアアアア!!貴様、何を……!」
「塩酸だよ。そっちが警戒して中々来れないみたいだから怒るのを待ってたのさ」
「歯ばっかじゃなくてオツムも磨くんだな蛇ちゃん?」
2人の誘導作戦にまんまと引っかかったシンシアが苛立ちの余り尻尾を地面に叩きつける。
「ふざけた戦いしやがって……ここにいる人間もセレーネも全員喰い殺す!!」
「……来るみたいだね。ルナちゃん、力貸してくれるか?」
「ったく、後で覚えときなさいよ」
そう言うとルナは彼女の目の前に2メートルはあろうかという騎士のセレーネを現出した。
「行くわよ」
「仰せの通りに」
騎士のセレーネ《パラディン》が腰から剣を引き抜き、盾を構える。と、ここで俺は周りを見渡し先ほどの少女がいなくなっている事に気づく。
「……逃げ切れたのかな」
俺はそこで考えるのをやめて、万が一に備えて戦いを観察する事にした。
◇
病院のフェンスに寄りかかり、戦況を見つめるフードを深く被った少女は電話をしている。
「フレア、セレーネ使いを2人見つけた」
「ほう、随分手際がいいな」
「たまたまツいてただけ。あの竜のシンシア使いのお仲間っぽいね」
コロナは朝月たちの戦闘を見てニヤついている。そして、ある事を思いつき携帯の向こうにいる青年に告げた。
「あいつらが危機に遭えば竜のシンシア、本気出すかな?」
「……今はまだ待て。上手くいっている時こそ慎重に動け」
はーい、と電話を切り、コロナは再び校舎に目を移す。
「しばらくはデータ集めかな?早く暴れたいのにな〜」
◇
コブラのシンシアは早くも塩酸のダメージを回復させ、2人とセレーネ達を睨みつける。上体を起こし、いつでも攻撃できるといった風だ。睨み合いが続き、先に動いたのは朝月のコンビだ。
「パンドラ、アレ頼むわ!辛いやつ!」
「良いが……蛇、というかシンシアに効くのか?」
「元は人間から出て来たモンだし、痛覚があるなら期待はできる」
「まあ物は試しだな、ほらよ」
パンドラががさごそと箱をまさぐり、スプレー缶のようなものを手渡した。その様子を見ていたコブラのシンシアがおちょくる様に口を開く。
「何だ?殺虫剤か?」
「悪ぃが、そうやすやすと楽に殺せる能力持ってねえからな、チマチマやらせてもらうぜ!」
そう答えて、朝月は缶を手にコブラの元に駆け出した。ルナが機転を利かせ、パラディンを朝月と並走させ援護に向かわせる。
「助太刀する」
「サンキュー、にしても見た目洋風なのに武士言葉なのな」
「まあ、それはマスターの思考が移ったが故……」
「とにかく、頼んだぜ」
コブラは缶を持った朝月から視線を向けつつ、尻尾の先端を勢いよくルナの方へ突き刺す。咄嗟にパンドラが彼女の目の前に移動して箱を開き前に突き出すと、尻尾が箱の中にどんどん飲み込まれていった。
「くっ……」
「女の子から攻撃するなんて、そんなレディファーストはノーセンキューだ」
そう言ってパンドラは箱を思い切り閉じようと蓋に手にかけると、シンシアは驚くべき速さで尻尾を引っ込める。
「あれ?ビビっちゃった?」
「抜かせセレーネ如きが。その程度で勝ったつもりか」
コブラは引いた尻尾をその勢いのまま薙ぎ払う。パラディンとパンドラは共に防御の姿勢を取り、2人とも怪我はなく済んだが、シンシアとの距離が大きく開いてしまう。
「催涙スプレーでチマチマやろうかと思ったが、別の作戦だな。パンドラ!アレやるぞ!」
「えっ、いやアレはマズいっしょ!始末書レベルの損害が」
「コブラ野郎にここまで壊されてんだ、今更関係ねえ!」
パンドラは諦めたように箱から大量のスプレーを取り出す。ルナは察したのか、パラディンに盾を構えるよう指示し、朝月は紙を丸めてライターに火を点けた。
「あいつまさか、ここであの技やんのか……?」
「諦めなさい、ああなったあの朝月が止まらないのは夜斗が1番知ってるでしょ?」
そう。朝月翔太という男は、目的の為なら手段を選ばない奔放なやつだ。シンシアを倒すためならば……。
「爆発もやむなし!!」
「ボンベ投擲よォオオオオオし!!」
パンドラがスプレー缶をシンシアに投げつける。スプレー程度が何だと言わんばかりに、長い尻尾で缶を切り裂く。朝月はその時を見逃さなかった。
「着火!投擲よーい!!」
紙玉に火を点け、大量の《ガスボンベ》に向けて投げつける。
「弾着〜〜〜今!!」
朝月の掛け声と共にその銀柱は赤い光を放ち、小規模の爆発を引き起こした。その爆発は3mはあろうかというコブラ型のシンシアを包み込み、土埃と煙が巻き上がる。
「ハッ、やったか!?」
「やめろパンドラ。その台詞はいけない」
煙が消えた跡には、黒焦げになった巨大なコブラの姿が見られた。
そして、その焦げた皮膚がぺりぺりと捲れ始め、傷一つないシンシアが悠然と上体を起こした。
「無傷……だって?」
「私が《授かった》能力は超回復……そんなチンケな攻撃では傷を残すのも不可能だ」
その様子はまさに《脱皮》だった。そして、俺は朝月が今朝言ってた噂話を思い出した。
『シンシアに接触する謎の集団!これでシンシアが活性化するだとかなんとか!』
「さて、万策尽きたか?」
コブラのシンシアがこちらを見据え、尻尾を思い切り地面に叩きつける。辺りが揺れ響き、自販機や下駄箱が倒れていくのが確認できた。
「戦いはこれからだな」
「野郎……ッ」