#3 Milk or Mummy
週一の定期更新目指します
カエル型シンシアとの戦いの後、二つの影が戦場跡に降り立った。
「あーあ。あのカエルちゃん、せっかくチカラを分けてあげたのに残念だなー」
黒いコートを纏い、フードを深く被った少女に対し、長身のワインレッドのスーツを着た少女の仲間らしき男は煙草をふかしながら応える。
「"記憶の断片を奪い取る能力"、これでヤツは疑似餌を操れるようになったが、所詮は図体に身を任せる無能だったか」
「ちょっと協力者に対して冷たいんじゃないのー?」
男のカエルに対する評価に関して、少女は頬を膨らませる。どうやら相当お気に入りだったようだ。
「だが、まあセレーネを3匹処理した功績は認めなくてはな。形はどうあれ、芽は摘まなくてはならない」
「セレーネもシンシアも、元は同じ化け物。にも関わらず……」
少女はアパート端に高く跳躍し、柵の上にバランス良く着地する。
「セレーネだけ褒め称えられるのはオカシイと思わない?」
「口を開けばすぐそれだな……だが同意だ。『我々』の保護もあって然るべきだ」
「そこでさ、提案なんだけど」
少女は振り返り、男に向かって悪巧みをしているような笑みを浮かべる。
「さっきの竜人型のシンシアと一緒に戦ってた人間。私たちの仲間にスカウトしない?」
「……『人間側』の理解者、という事か」
「そゆこと」
そう言って少女は後ろに倒れかかり、アパートから真っ逆さまに落下していく。
「これから楽しみだね、フレア」
「せいぜいハメを外すなよ、コロナ」
青年と少女は互いに別れの言葉を交わし、コロナは影に沈み、フレアは突如燃えたかと思えば、その直後その周辺には何も残らず、彼のいた場所に焦げ跡があるだけだった。
翌日
「あー……くっそ眠みぃ」
俺は大あくびをかきながら学校の廊下を歩いている。昨日2回も戦った上に、久々の戦闘だったからか筋肉痛で夜何度も起こされ、結果寝不足だ。
「よーっす夜斗、お疲れか?」
「ああ、まあな。察してくれ」
後ろから朝月が元気良く俺の肩をぶっ叩きながら挨拶を交わしてくる。俺はそれに適当に返事する。
「お前もよく続けるよなぁ、妹さん命に別状ないんだろ?」
「……お前アイクスと同じ事言うのな」
こいつはアイクスとシンシア狩りの事を知っている。昔シンシアに襲われた時アイクスが勝手に現出してきて、ガキの俺達を助けてくれて以来、朝月も協力者だ。昨日はルナがいたため一芝居打ってもらった。後でチキンか何か奢ってやろう。
「そういやお前、アレ知ってるか?アレ!」
「アレじゃ分かんねえよ。名詞出せ」
「シンシアに接触する謎の集団!これでシンシアが活性化するだとかなんとか!」
「……んな都市伝説レベルの情報で俺が食いつくと?」
と、俺が呆れていると何やら教室からペチャクチャ会話が聞こえてくる。耳をすましてみると、朝月と同じ内容の噂で持ちきりのようだ。
「……結構広がってんのな、その噂」
「信憑性高いっしょ?」
「どうだか」
俺は適当に流し、ドアに手をかける。朝月が急に慌てだしたが、そんな事など気にもせずドアを勢いよく開けた。すると、今まで続いていた会話が止まり、「ピシッ」と空気がヒビ割れる音が聞こえたような感覚がした。
「新月夜斗……お前という男は……」
「あ、あ〜これはその、事故と言いますか」
クラスメイトで風紀委員に所属してる、北条要が俺に嫌悪そのものの視線をぶつけている。それだけに留まらず、クラス中の女子が俺に敵意を向けている。
「あ、朝月?これは……」
「ん?今日は定期検査だぞ?」
完っ全に忘れていた。この学校では週1で現出とか何やらの関係で定期検査があんだっけか……そんで確か……その日の登校時間は……。
「もしかして、俺大遅刻?」
「遅刻に飽き足らず女子の着替えの覗きとは……この不埒者!!」
そう……端的に言えば教室は今、女子の着替えの真っ最中であったのだ。
「待て!誤解だ!!俺は見たくて見たんじゃない!!朝月弁護人、弁護を……」
俺は朝月の姿を探すが、あいつは先に逃亡したようだ。
「あんのやろォオオオオオ!!」
俺は救いを求めてルナにアイコンタクトを試みた。向こうもこちらに気づいたようで、俺にサインを送った。親指を真下に突き刺すそのサインで彼女の意図を汲み取った。
『逝ってよし』
俺に残された道は二つ。土下座か逃亡か。しかしこの空気、謝って許されるのなら警察はいらない感じのやつだ……なら一択しかない!
「逃げるんだよォオオオオオ!!」
「「待てぇええええええ!!!」」
女子が急いで着替えている間に俺は朝月が逃げたであろう窓から脱出し、学校を抜け出す。
◇
「おいおい良いのか?今日検査なんだろ?」
「どうせ結果変わんねえんだ、サボっても何も言われねえよ。シンシアのお前はセレーネを見つける機械には引っかからねえし」
アイクスの力を借りて上空を飛んで近所にある獣座山に降りて、適当に散歩している。あまりにも暇すぎるのでアイクスを現出したまま会話している次第だ。
「そのおかげで俺はエサに困らねえから良いんだけどよ」
「現金な奴め」
「はっ、言ってくれるな……おっと」
アイクスは人影に気づいたようでシュッとその場から消える。俺は近づいてくる人の方を観察してみるが、どうやら俺に用がありそうだ。
「えーと、俺に何か用っスか?」
「あ、あの……げほっ、この近くに竹原医院ってありますかね?さっき人に聞いて月ヶ原高校の近くにあるって言われて、ネットも使ってみたんですけど……どんどん離れちゃってるみたいで」
その人は黒いコートを着てフードを深めに被り、マスクをしているいかにも風邪ひいてますって感じの少女だった。
「あー……俺月ヶ原通ってるんでそこまで案内しましょうか?」
「ほ、本当ですか!?あ、ありがとうございま……げほげほっ」
「あー、無理しないでください!えーと、こっちです!」
そんな具合で、俺はその病気の少女を連れて下山した。
街に出てくるや否や、少女は電話したいと言い、今時珍しい電話ボックスに入って行った。……ケータイ、あるんだよな?
◇
「フレア、夜斗に接触できたよ」
フードを深く被った少女、コロナは相方のフレアに報告を行う。
「随分早いな。となると、もう送り込んだ方が良いか?」
「そうだね。あと5分したら投入して」
「分かった。……怪しまれるなよ?」
◇
「いや〜、すみませんね。ちょっと通話代危なくて」
「ああ、そういう。困っちゃいますよねえ」
電話が終わったらしい少女はそんな風なことを言って、再び俺はナビゲートを続ける。そろそろ学校が見えようかという時、校門辺りでざわざわしているのが聞こえた。
さっきの騒ぎがまだ収まってないのかと思った俺は早々に別れの挨拶を切り出そうとした。
「ここが月ヶ原っス。ここまで来ればすぐそこです」
「ああ、ありがとうございます!ではここで!」
と、少女が校門を通り過ぎようとしたが、突然彼女は目を見開き、腰を落とす。そして今まで気づかなかったが、唐突にシンシアの気配がエントランス辺りからした。
「何でだ……!?こんな近くに来るまでシンシアの反応を察知できないなんて!」
「それより夜斗、どうする……?俺の姿を見られるわけにはいかねえが……あの場所じゃあどうにも見つかっちまう!」
アイクスは意識だけ現出して俺に話しかけてくる。俺たちが突然現れたシンシアに困っていると、真上から聞き慣れた声が聞こえてきた。
「ようシンシアハンター、お困りのようだね?」
「……テメェ、さっき逃げやがって」
「まあまあ、ここは俺に任せてくれって」
塀の上から俺を茶化し、軽やかに着地したのは他でもない朝月だった。そのまま俺の横を通り過ぎて、朝月は校門の前に堂々と立ちはだかった。
「シンシアさんよ、ちょっと俺らと遊んでかない?」
シンシアはその声の持ち主に振り向いた。そして朝月は現出を行う。暗い紫のオーラがその後方で渦巻き、一体のセレーネが現れる。
「せめて手加減してくれよ?請求書渡されても知らねえからな」
「善処しまーす、と」
俺の話を聞いてるんだか聞いてないんだか、朝月とそのセレーネ『パンドラ』は息ピッタリに挑発した。
「ショータイムといこうじゃねえか!」
「帰ってママのおっぱい吸うか、さもなくば死ね!」