#2 Buddy
「待て夜斗。こいつ……」
アイクスが急ぐ俺を止める。俺は苛立って声を荒げてしまう。
「何だよ!?やっと殺せるんだぞ!」
「美味い匂いがしないどころか、味そのものを感じ取れない。こりゃ、疑似餌だ」
「疑似餌だと?」
俺たちのやり取りを観察していたシンシアが、くつくつと笑い声をあげる。
「そこのシンシア、中々鋭いな。この方法で今まで2人の人間とセレーネ1匹を食ったんだが……バレたら仕方ない」
と、そのダミーが真上に巻き取られるように引き寄せられ、大きな影がアパートの屋上から現れた。そいつは、馬鹿デカいガマガエルのような容貌をしていた。大きさは、ゆうに5mを超えている。
「人前にこの姿を見せるのは久々だぁ……お前ら3人、まとめていただくぞ!!」
カエル型のシンシアがいきなり猛スピードで舌を打ち付けてくる。アイクスが弾いてくれたおかげで、俺は少女をなんとか路地から連れ出す。
「アイクス!しばらく持ちこたえてくれるか!?俺は……えーと、名前は?」
「……ナッツ=クロニクス、ナッツって呼ばれてる」
「そうか、ナッツを連れて安全なとこに置いてく!」
そう言い残し、俺はナッツを抱え突っ走る。どこへ行くか、と候補を立てていると、女の子だしルナのところが安全だろうと安直に決める。
「あ、あの……」
「ん?どうした?」
全力疾走する俺に、ナッツがぽつりと話しかけてきた。
「彼だけに任せて……大丈夫なんですか?あのシンシア、かなり大型でしたけど」
「あー、心配ないだろ。アイツなら何とかなる」
そう話しているうちに、ルナの家に着く。インターホンを鳴らすとすぐに出て来た。
「ちょっと、何その子。……ま、まさか誘拐!?」
「ちげえよ!シンシアに襲われてたところを抱えて逃げて来て、知り合いの女子で真っ先に思いついたのがお前だから来たまでだ!!」
俺は冤罪を払拭すべく、必死に弁明をした。その返事はかなりあっさりとしていた。
「あ、そう。で、夜斗はどうすんの?」
「俺は鞄どっかで落としたから探してくる、じゃあまた明日な!」
俺は何か文句を言いたげなルナを置いてアイクスの元に走っていった。
「この子どうしたらいいの……」
「不束者ですが」
「えー……」
◇
俺は先ほどの路地まで戻ったが、アイクス達はアパートの上で戦闘を繰り広げている。
「うーん、どっか登れるところは……おっ?」
アパートの横に非常階段がある事に気づき、柵も簡単に超えられそうだ。
「あとはまあ、小石何個か持ってくか」
アイクスに隙を狙ってもらうため、投擲用の小石をその場で拾い、屋上まで向かう。
「待たせたな、アイクス!」
「やっとか、さっさとやっちまうぞ!」
「とは言うものの……」
俺はガマガエルの身体を全体的に観察して、ダメージがあまり通っていないことが分かった。
「どうすんだ?お前の拳でダメージが入ってないとなると、相当厄介な相手だぞ」
「アイツの皮膚だ!厚い脂肪で守られてまともなダメージが入らねえ」
「皮膚、か。もうしばらく気を引いてもらえるか?突破口を考える」
「おうよ!」
そこで俺たちは二手に分かれ、ターゲットを分散させる。アイクスがすぐさま敵に攻撃を仕掛けてくれたおかげで、狙いが俺から逸れる。
アイクスの攻撃を見てみると、打撃がクリーンヒットしてはいるが、皮膚がクッションのように衝撃を吸収してダメージを減らしている。その後カエルの舌が高速でアイクスに向かい、彼を打ち付けた。俺は即座に吹き飛ばされたアイクスの元に駆け寄る。
「無事か!?」
「……ああ、何とかな。アイツのベロ、速いことには速いが、それだけだ。威力は俺のパンチとは程遠い」
「なら……次は試しにベロに攻撃してみてくれ!」
作戦の練り直しと共にベロの一撃がこちらを狙う。
「丁度良い。これでも喰らえ!!」
アイクスの重い拳がジャストに入る。カエルは急いでベロをしまい、痛みに身を震わせている。
「効いてるな、なら……もう一回アイツの周りを飛び回れるか?」
「ああ、何かわかったのか?」
「次の一手で全部分かる。俺の考えが合ってれば……この勝負、俺たちの勝ちだ」
俺の合図でアイクスが勢いよく飛び出し、カエルの身体に殴打を浴びせる。相変わらずダメージは通ってはいないようだが、先ほどの一撃が効いているのか、わずかに怯んでいるように見える。
そして、俺はその隙にポケットから地上で拾ってきた小石を取り出した。さっきベロ殴って痛がったって事は、皮膚以外はめちゃくちゃ脆いはず。この仮説を確かめるには、剥き出しの部分を狙う他ない…………例えば、"目"とかな。
「決まりだ。おい!プレゼントだ、受け取れバケモン!」
俺は全力で小石をカエルの眼球にぶん投げる。そこそこの速度で飛び出した小石が、そいつの眼球に届こうという時に、カエルのシンシアは顔を横にずらした。
____ビンゴだ。
「アイクス!来い!!」
俺はラッシュを与え続けていたアイクスを呼び戻し、最後の作戦会議を始める。
「見たか?」
「ああ。避けたな、あの野郎」
「どうやら俺の読み通りだ。アイツの弱点は、あの皮膚に守られていない場所の"全て"だ!」
「はっ、化け物の正体見たり何とやらだな!夜斗、石は残ってるか?」
アイクスは何か思いついたかのように、俺に尋ねる。
「あと三個だな。何に使うんだ?」
「一個寄越せ。アイツを倒すにはそれで十分だ」
俺は確信めいたその顔を信じ、小石を一つ渡す。そして一個という事は、トドメに使うつもりなのだろう。
「俺が陽動で良いんだな?」
「ああ。頼んだぜ、夜斗」
「よせよ気持ち悪ぃ」
そして、アイクスが空に飛ぶと同時に俺はカエルの目の前まで走る。アイクスに意識が向かないよう、一つ目の小石を目ん玉に投げつける。
「おっと、人間ごときの浅知恵が二度も効くと思うなよ?」
カエルの両目が、完全に俺一人を捉えた。俺は挑発するようにもう一度小石を投げてみる。
「なめるなよ、人間!!」
「こっちの台詞さ。目先の怒りに捉われて、大事な敵を忘れてるんじゃないか?」
「何……?はっ、ヤツは!?」
と、カエルがアイクスを探し始めて顔を上げた時には既に時遅し。カエルの目の前には豪速球の石が迫っていた。
「人間様の浅知恵ってのも、悪くねえだろ?」
「じゃあな、良い余興になったぜ」
「き、貴様ら……」
断末魔を上げるまでもなく、竜人の全力投球による石はシンシアの眼球を通り抜け、その身体を貫いた。しばらく痙攣した後、その巨体は倒れる。
「うっひょー!デカい餌だぜ、こいつはご馳走だな」
「良く食う気になるよなお前……流石にカエルは無理だわ」
「結局腹に入れば同じさ、美味けりゃ形なんざ関係ねえよ!」
食欲旺盛な相棒を横目に、俺は月を見上げる。
「月、か」
最近、やけにシンシアの発生事件が増えているように思える。ヤツらはヒトの負の感情から生まれ出るとされてるが、相当強い感情でないと出てこないハズなんだ。だから、本来そんなにポンポンと湧いて出てくるようなもんじゃない。
それに、セレーネの現出技術は以前よりずっと向上して、常識的に考えれば、シンシアの被害なんか抑えられるはず。
「まさか……」
セレーネの増加、という前提からの可能性として考えるならば、俺のように、セレーネからシンシアになるケースが増加している……?
「……まさかな」
◇
大型のシンシアを喰らう竜人型シンシアと、その協力者であろう人間を見ている一人の影が、とあるマンションの一室にいた。
「シンシアと組む人間、か。面白いね」