お父様が帰ってきた!
夢の中だろうか…先ほどまであれほど寂しかったのに、今はなんであんなに寂しいと思ったのか不思議なくらい気持ちが落ち着いている。
ふと場面がスライドしたように動くと、白い何もないところで小さな藍色の光る玉が何か言ってる。
それを柔らかな微笑みを浮かべて撫でてる、赤とオレンジのグラデーションがかった焔のような綺麗な髪の人。
本当だったら微笑ましいのかもしれないけど、俺はイラッとした。
あの玉は俺だと思う。
アイツ、あんな顔して俺の話を聞いてやがったのか。
〈あんな顔してるなんて、貴方が大好きなんですよ。〉
声のする方を見ると海の様な髪をした美男子が、俺を見下ろしていた。
あんなに邪険に扱ってるのにか?
〈その態度も嬉しいみたいで、貴方に甘えられてると思ってるみたいですよ。〉
そうなのか…今度会ったら、もう少し優しくしてやるかな。
ん?
今度また会えるのか?あれ?この人は…人?人なんていたか?俺は何の夢を見てるんだ?
風邪をひいて高熱が出た時のような全身の倦怠感、熱く火照ったように感じる頬、夢なのか現実なのか分からない微睡んだ状態でいたら、柔らかい毛が俺の頬をくすぐる感触。
伽羅だ。
時々ポタポタと温かい滴が顔に落ちてくる。
誰か泣いてる。起きないと。
「誰…?…泣かないで…」
腫れぼったくなっているようで、突っ張る感覚のある瞼を開くとお父様とお母様が俺を挟んでベットに泣きながら寝そべっていた。
目を開いた俺に安心したのか、お母様は泣きながら微笑んできつく抱きしめてくれた。
《うわーん!エル、ごめんね!俺が余計なこと言ったせいだ!》
「うっぷ!伽羅…どうしたの?」
《伽羅のせいじゃない…俺たちのせいだ。》
「白檀まで…お父様もお母様もどうしたの?…あっ!お父様おかえりなさい!」
「エル…ただいま。」
顔に張り付いてきた伽羅を宥めて胸へと抱きなおし、ベットの下で蹲って落ち込んでる白檀を覗き込むためにお母様の腕から抜けて、少し重く感じる上体を起こした。
お父様もお母様も顔に疲れが出ていて、何かあったのか分からなかったが、不安そうにしていたので微笑みかけた。
お父様は、いつ帰ってきたんだろう。気が付かないで寝てるなんて風邪でも引いてたのかな?
「お父様、帰ってきたのに気が付かなくてごめんね。お母様も俺を起こしてくれてよかったのにー。」
「エル…貴方、何も覚えてないの?」
「へ?何が?」
キョトンとしている俺を見て、起き上がった二人は肩を抱き合って頷き合っていた。
「なんでもないわ。お腹空いてない?」
「空いた!なんでだろ…すっごくお腹ペコペコ!」
「よし!パパが久し振りに料理するぞ!」
「「やったー!!」」
お父様は、料理も上手だからお母様も俺も伽羅も大好きなんだ!
いっつもだったら、伽羅も白檀もはしゃいだりするのに…二匹とも大人しい。
伽羅なんか何度も何か言いかけてるけど、すぐに黙り込んでしまう。
きっと伽羅は大事なことを言おうとしてるんだけど、皆から止められてるのかもしれない。
このうちでは、よくあることだから聞かないでおいてあげるのがルール。
無理やり聞いたら伽羅が困っちゃうだろうし、きっと聞いてもどうにもならないことだと思うから。
今日は、お父様が料理をしてくれて、俺の大好きなトロトロ卵のオムライスとお母様の好きな野菜たっぷりポトフだった。
そして、お父様のいつもと変わらないお土産を皆で開けて楽しんだ。
暖かい暖炉の周りでみんなで笑い合いながら変わったカード遊びをして、大好物のドーナツを競争しながら食べ、俺と伽羅はホットミルクでお父様とお母様と白檀はホットワインで乾杯した。
とっても楽しい!お父様が帰って来ると皆笑顔になる。
それも少しの間だけだった。
夕食の時に、お父様の口から重々しく出たのは、外交で新たに立ち上がった魔国の外れの国へ行かなくてはならなくなったという言葉だった。
俺は、そんな国があることを知らないでいたが、お母様は真っ青な顔で隣に座っていた俺を抱きしめた。
「嫌です!!よりによってなんであそこへ…殆ど人国じゃないですか!私とエルは残ります。」
「ダメだ。家族で行く。これは…王命だ。」
「そ…そんな…」
「外交の意味を知らないわけじゃないだろ。私たちの結婚を認めてくれた王からの命令だ…拒絶は出来ない。王も苦渋の選択だったんだ。」
「……領地にエルを出すのも心配で出していないのに…いきなり外国だなんて…」
「お父様、お母様…俺なら大丈夫だよ?ちゃんと、お母様と伽羅の側にいるからさ。」
場を和ませようと伽羅の両手を掴んで、にゃんにゃんとふざけてみたが、当の伽羅が嫌がるどころか真顔のままでいた。
伽羅の雰囲気が違う事で、思い当たったのはいつも言おうとして途中でやめていたこと。
「俺の名前?」
その場にいた俺以外の全員が息を飲んだのが分かった。
伽羅に至っては、抱いていたから動揺がダイレクトに伝わってきた。
《もう、ここまでだろ…二人とも。》
《俺達もそう思っている…エルに告げるべきだ。》
真相を知ってるであろう二匹は、俺に申し訳なさを誤魔化すために、甘えて頬を擦りつけてきた。
視線は両親に向けたまま、沢山擦り寄ってくる頭を犬っぽかったり猫っぽかったりするなー。などと重い空気に耐えきれずにどうでもいいこと思った。
「エル、伽羅からどこまで聞いた?」
「えっと…他の魔族と違って生まれてすぐに名付けられたって…この石があるから。」
「名前の入った宝石や金属とかを持って生まれてくる魔族は、稀にいる。珍しいことだ。
そういったもの全員、前世からの意思を継いできているものなんだが…お前が生まれて、名付けた数か月後…」
「さっき話に出てきた国が出来たの。魔族は、瘴気がないと力を発揮できないから魔国からは出ないんだけど、その国は魔国と人国の堺で誰のものでもなかった場所なの。瘴気が不安定で、発生する季節もあればしない季節もある。だからどちらも手を出さなかった。」
「ところが…ママと同じように覚醒魔人が現れた。覚醒魔人は瘴気を必要としない元人間。瘴気があってもなくても意味を持たないんだ。」
「その覚醒魔人が…複数現れたの。こんなこと歴史上類を見ないことでね…更に、魔族とも人間とも仲が悪かった龍までその場所に住んでいる…」
「その国の名前が…エルグラン…」
ショックで言葉が出ない。息がちゃんとできているかもわからないような錯覚に陥った。
世界を震撼させるような国の名前と俺の名前が一緒だなんて…マーサ以外の使用人が俺の名前を呼ばないわけだ。
俺にその事実が知られないようにするために、皆気を張ってくれていた。
色々見えてきた気がするよ。
俺とその国は何か関係があるって、皆思っていたんだ。
人以外の者に攫われる。
その国の覚醒魔人を恐れていたんだ。
「お父様、お母様…その国へは…この国と仲良くしてくださいって交渉しに行くの?」
「ああ…いや…」
「この際だから、はっきりおっしゃって!」
「その国は、この魔国と人国を手に入れようと動きだそうとしているそうだ。そうならない為に……王は、私ではなく…エルを…」
「……」
「お母様!!」
お父様の話の途中で、お母様があまりのことに気を失って倒れてしまった。
咄嗟に白檀とお父様がお母様を支え、見たことのない険しい顔をしてお母様を寝室へと連れて行った。
とんでもない国に俺を連れて行かなくちゃいけないなんて…お母様が倒れるのも無理ない。
これだけ大切に守って来てくれたんだもん…でも、この国のピンチってことは、この家もピンチってことだよな!
俺でなんとかなるならやってみるしかない!何もやらないでいるより、やってダメだった方が後悔しない!
決心した俺は、なんとなく…宙ぶらりんだった自分を取り戻しているような気がしていた。