出発進行!
熱は下がったものの、翌日は準備をするのに大忙しで、俺は邪魔にならないように自室で大人しくしていた。
いくらセキュリティーが凄くても一人で歩かせるのは皆反対していたし、熱のこともあったので本をずっと読んでいた。
旅の間、余計なことを考えないように馬車で読もうと思っていたものなんだけどね。
準備をしている合間を縫って入れ代わり立ち代わりで俺の様子を見に来てくれたけど、伽羅まで忙しそうだったから申し訳なくて途中で断った。
熱の出た夜、伽羅とお父様とお母様は夜中離れずに看病してくれて疲れているはずなのに、翌日の朝から明るく俺に接してくれたのも心苦しかった。
結局みんなの足を引っ張ってばっかりのダメっこです。
自分の無力さだけじゃなく、足を引っ張るどんくさいヘタレぶりにがっかりした一日が終わり、本日は出発日。
皆準備万端で、旅の装いに着替えてリビングに居ました。
俺は、いつも通りの下は何着ても一緒なフードマントスタイルで、馬車に乗るまではお面付けです。
この国の料理は何を食べても美味しかったけど、熱が下がり出した時に兄様が作ってくれたスープ麺が一番美味しかった。
落ち込んでいた俺を元気づけようと、今日の朝食も兄様が作ってくれました。
ピザというものの改良版だそうです。
兄様は何でも知っているし何でもできるので本当に凄い。
朝はたっぷり兄様の料理を食べ、名残惜しいけど馬車に乗り込みました。
また、スライムクッションにお世話になります。
お面を取って、すぐに取れる自分の脇へと置いて本に目を落とします。
俺とお父様とお母様、伽羅は馬車で。
兄様と姉様は馬車の馭者台。
ブルーノは自分の足で、ポールはこの町で数頭しかいない馬を譲り受けることになり、馬でブルーノとは逆側から馬車を守っています。
見るからに貴族の馬車だけど、警備は万全です。
馬車が走り始めてしばらくすると、お父様とお母様は仲良く寄り添って眠ってしまいました。
俺の膝の上にいる伽羅も同様に眠ってしまっています。
昨日一日中のんびりまったり寝て過ごしていた俺は、睡魔に襲われることなく読書にのめり込めましたが…途中までは良かったんです。
ただの冒険友情物の本だと思って読んでいたら…友情で結ばれていたはずの二人がキスをしたり、愛を語り合ったりし出して慌てて本を閉じました。
「姉様の本…混ざってた…うーん…終わり近くまで読んじゃったし、最後まで読んじゃうかな…本の中途半端って気持ち悪いし。」
誰に言うでもなく一言呟いてから再び本を開いて読み続けました。
数十分後、伽羅専用のにゃんにゃんゾーンと命名した大き目のクッションへ、伽羅を起こさないようにソッと置いて、馭者台の窓を叩いて姉様を呼びました。
〈どうしたの?具合悪くなった?〉
「違うよ。これをうっかり読んじゃったんだけど、続き物みたいで読みたいから続き貸して。」
馭者台の窓から見えるように本を上げて指さすと、姉様が鼻の穴を大きく開いて兄様をチラッと見て、Vサインを見せ座っているように促されました。
馬車は緩やかに止まり、姉様が自分の荷物から本を3冊取り出して俺に渡してくれました。
「いいですか?お兄様に知られてはなりませんよ…これは、私と二人だけの秘密です。そして汚してはいけません。名作なので!」
「は…はい。分かりました。」
今迄見たことがないような、爽やかで男前な笑顔を俺に向けて馭者台へと去っていく姉様は、男装の麗人のようです。
兄様に知られてはいけないという事は、お父様とお母様にも知られてはいけない…二人だけの秘密だから、これはとんでもなく難しいミッションですね。
同じ空間に居るのに気づかれてはいけない…って本を読んでも内容を見られなければ問題ないか。
念の為、続き以外の本は、俺の鞄に丁寧にしまいました。
汚したらお仕置きされそうだからね。
どれだけ時間が経ったのか、本に集中しすぎて辺りが暗くなってきたことにも気が付かなかったみたい。
お父様とお母様は、本から目を離した俺に微笑みかけ、何度も話しかけたけど返答がなかったからよっぽど面白い本だったのね。と優しく頭を撫でてくれました。
ごめんなさい…
この本、姉様コレクションです。
俺は、大人の扉を少し開いて覗いてしまっています。
あの国に着くまでに、俺は耳年増になってしまうかもしれません!
夕食は、街道沿いにある露店広場で馬車を止めて取ります。
馬車から降りて、読み終えた2冊をマントの中に隠し、コソコソと姉様の元へと近づきました。
「姉様…これを…」
「ええ。これだけ読んだんですね…感想は後程伺わせていただきます。」
「分かりました。」
何かのイケナイ取引のように、視線を外したまま本の受け渡しを完了させ、何食わぬ顔で伽羅やブルーノの元へと走って向かいました。
走っている途中で兄様が見えましたが、こちらを見ていなかった模様。
ほぅ…兄様にはバレていないようで安心です。
「なーに、コソコソしてんだ?」
「うっひゃい!…ポールか…ビックリさせないでよ。」
もう少しでペット達の元へ到着と思っていたところに声を掛けられ、変な叫び声をあげて飛び跳ねてしまった。
後ろを振り返ると、ニヤニヤと御見通しですよ的に笑っているポールの顔にちょっとだけイラッとした。
「コソコソ何か隠してるから勝手に驚くんだろ…で?」
「べべべべべ…べつに?」
「下手くそだなぁー…エッチな本でも借りたのか?」
ポールから早々に逃げようとしたのに、手首を掴まれて身動きが取れないなか、当たらずも遠からずなことを言われてアワアワと動揺してパニックに陥った。
「ななななな!?…ちょっと、離してよ~!」
「言えば離してやる。俺に隠し事するなって言ってるだろ?」
「姉様と約束したの!内緒!」
これ以上は話さないと空いている手で口を覆い、顔を背けた。
ポールは、呆れたように溜息を吐いて後頭部をガリガリと掻いて俺を解放すると、姉様の方へ変なオーラを背中に背負いながら歩いていってしまった。
姉様、ごめん!内容は言ってないからね!
その後、ここで野宿することになった俺達は、各々食事を済ませてから寝袋を用意し、ブルーノと姉様、兄様とポール組で交代制の見張りをすることになった。
一応、お父様とお母様は雇い主になるというので見張りは、兄様が丁重に断っていた。
そして…俺はいつもの如くポールの隣で寝そべっているんだけど…ポールの手には俺がさっき読んだ本が。
姉様から話を聞いて、俺が読んでいい本かどうか判断するそう。
焚火に当たりながら片目で本の字を追っている姿が、真面目に映って少し意外だった。
ポールを眺めて少しウトウトしてきたところへ伽羅が珍しく顔の目の前で座った。
寝るときは、俺の体の側で寝るのになんだろ?
「どうしたの?」
《あの本…本屋で一番売れてるって…ここって本の印刷って技術が進んでて、ある程度人気があるのは沢山作られてるらしい。》
「そうなんだ…」
《でも、すっごく高かったぞ…リブラって金持ちなのか?》
《Sランクの冒険者なんだからお金持ちに決まってるじゃん…ふわぁあ…寝ないの?》
背中のもっふりとした温もりから声が掛かった。
沢山歩いて疲れ切ったブルーノが、瞼を閉じたまま眠そうにしている。
「寝よっか…おやすみ…」
《ブルーノ、そんなに疲れてんなら明日交代してやろうか?》
《いいよ…俺だって冒険者で雇われてんだから…おやすみー》
俺達が話していてもポールが話に入ってくることはなく、本を真剣に読んでいた。
うん、そうなるよね。
姉様が姫から借りていたものと違って、ちゃんと物語になってるから、ついつい引き込まれて読んじゃう。
明日、続き読もうっと。
この本が、旅の間、俺と姉様とポールだけじゃなく他の全員に回っていき、全員でこの本はまだまだ続く上、新しい本が来月発売される事実を知って焦れるのである。




