魔法って難しい
お説教も終わって、不出来な弟が反省はしたけど、イマイチ気持ちの切り替えが上手くいかなくて不貞腐れ状態の本国のエルグランを連れ、ガイドブックにあった食堂へと入った。
黒装束の人たちも当然行動を共にすることに。
こんな危険人物たちを友達が統治に関わっている町に野放しとか絶対できないでしょ。
「エル、まだ怒っているのか?」
「怒ってないよ?どうして?」
トンっと眉間にポールが指を押し当ててきて、顔を覗き込んできた。
どうやら、皺が寄ったままになっていたみたいです。
苦笑しながらポールが離れ、眉間に変なムズムズする感覚が残り、掌で感覚がなくなるように擦り続けた。
《さっき、地味に怖かったね…》
《ああ、この子があんなに怒ったの初めて見た。》
「俺だって怒るときくらいあります。」
案内された席に着き、お品書きなるメニューを開いて看板メニューである麵料理の種類の多さに目を瞬かせた。
ただの麵料理のはずなのに、いろんな味やトッピングがあって迷ってしまう。
あれも食べたいけど、これも食べたいし…でも、そんなに沢山食べられないから慎重に選ばないと絶対に後悔する。
お品書きと睨めっこしていると、ポールがお品書きを取り上げて店員を呼んだ。
「ちょっと!まだ決めてないのにー!」
「端から端まで全部持って来てもらえばいいだろ。それで、お前が食いたいものを少しずつ食べて残りを俺とブルーノと伽羅で食えば問題なし!」
「ええ!?…そんなの悪いよ…」
《《問題なし!!》》
俺の返答も聞かずに皆でとっとと注文を済ませ、やることの無くなった俺は、隣のテーブルでうんうん唸っている本国のエルグランを見た。
やっぱり、俺と同じで迷ってるみたいだ。
「沢山あって迷っちゃうよねー。」
「うむ…我は嫌いなものが入っているのが多くて決められないのだ。」
「……何でも食べないと強い子になれないよ?」
「ぐっ……だから、我はお前に負けたというのか…」
うわ、ポールのこと言えないな…藪蛇ってやつだよ。
どうしたら良いかな…って思いを顔に書いてブルーノを見ると、スッと顔を背けた。
もう!ブルーノだけじゃなくて伽羅まで顔を背けたよ!仲が良いことで!
頼りにならない相棒たちに苛立ちながら、唇を尖らせて再び隣を見る。
何やら懸命に好き嫌いとお品書きに書いてあるものの間で戦っているようです。
好き嫌い克服頑張れ!
テーブルの下で小さなガッツポーズをして応援。
気がついたらまた拗ねそうだから声には出さないよ。
「エル…さっきの魔法だが…前から使えたのか?」
「ふえ?魔法?」
ポールがいつになく真剣な声で質問してきた途端、ブルーノも伽羅も俺のことをまっすぐ見つめてきた。
魔法なんて使えない。
使えないはずなのになんで…
徐に自分の両手を見つめ、もう一度使えるかテーブルの上のコップに向かって先ほどと同じように掌を向けた。
「グラビティー…」
うっわ!恥ずかしい!!!!全然何にも起きないよ!!!穴があったら入りたい!!
うんともすんとも言わない状況と羞恥心で隣に座るポールに抱き着いて顔を隠した。
抱き着いていたポールの体が小刻みに震え出し、頭の上から言われた言葉に、まさかの追い打ちを掛けられた。
「使えないのか…ぶはっ!」
《ポール…笑ったら…ぶぶっ!》
《おまえら、笑ったらこいつが可哀想…わーわー!!!》
酷い!何も目に涙を溜めるほど笑うことないじゃないか!!
俺は、声を出すこともできない位の恥ずかしい気持ちで半泣きになりながら一人と二匹をべしべし叩いた。
笑うのも酷いけど、可哀想ってなんだよ!
「エル…今のお前じゃ使えないに決まってる…ブレスレットで封印されてるぞ。」
「…封印?」
隣のテーブルのエルグランから言われ、手首に下がっているブレスレットへ目を落とす。
ポールが、ブレスレットの藍色の石の部分を摘まんで力を入れるが、割れるどころかヒビすら入らない。
「伽羅から聞いて、特別な石だろうとは思っていたが…俺の力でも傷つけることができないとは相当だな。」
「お前達には見えないのか?その石は、魔素とは違う他の力で覆われているぞ…さっきは、その力が魔素へ変換されたがな。」
本国のエルはやっぱり違うな。
俺にはあまり分からない話だったけど、ポールやブルーノは妙に納得して頷いていた。
「エルグランは、超上級魔族だから目も特別なのかな…?」
「本国ではこれくらい当たり前だ…それに、瘴気が少ない為、本来の力が発揮できんから何の力かまでは分からん。」
「それでも凄いよ。エルグランの話を聞いて思ったんだけど、さっきのなんて俺の怒った気持ちに、ブレスレットが力を貸してくれただけだと思う…だから、エルグランは俺に負けたんじゃないよ。」
「…エル…キスしてくれたら機嫌が直る。」
「《《エル、殴ってやれ!》》」
いつものブルーノと伽羅の同調に、ポールまで綺麗にハモりましたよ。
俺としては、ずっとどんより気味だったエルグランを褒めて気分よくなって貰って、いい方向へ伸ばそうとしたけどダメみたいです。
エルグランは、叱られないとまっすぐ育たないで、すぐにダメな方向にいってしまいそう。
当然キスなんてするわけもなく、皆でワイワイ騒いでいるうちに頼んでいたものが次から次へとやってきて、本当に俺は少しずつ味わっては、皆に残りを食べてもらうようになってしまった。
色んなものが一気に味わえて幸せだったけど、今度は一つに絞ってゆっくり味わいたいかな…
明日もあるし、またここにきてもいいかもしれない。
好きな味も分かったしね。
「お前たちは、いつここを出発するんだ?」
「俺達は、北の国から乗ってきた高速馬車があるから明々後日に出発するよ。エルグランは?」
「こっちはもう少し後だな。町の外れにライド用のウィングキメラを停泊させているから乗ってしまえばあっという間だ。」
ウィングキメラ!!本で読んだことあるけど、ほんの一部のセレブしか所有していない貴重なものだって…エルグランって本国でどれくらいの地位なんだろ…
俺は、生唾を飲み込んで勇気を出して聞いてみた。
「エルグランってさ…本国でどれくらい偉いの?」
「どれくらい…第5皇子だ。」
…俺は、第5皇子の求婚を断って、ポールの婚約者に…仮だけどなったとか…怖い!!!
平静を装って、そうなんだーくらいの返答しかできなかった。
本国の皇子様って…そんな立派な地位があるのに危険な夜会へ出張しなくちゃいけないなんて…本国って本当に謎すぎる。
他の国じゃ絶対に考えられないよ。
貴族の子供を出すのだって皆渋ってんのに…王様は自分の子が可愛くないのだろうか…
無意識に、麺料理を食べながらジッとエルグランを見つめていると、頬を赤らめて俺の頭を撫でてきた。
「あまりじろじろ見るな…我は料理じゃないぞ。」
「ふぁ!?ごめん!」
ジッと見ていたことに気が付き、誤魔化す様に料理を平らげポールに会計を頼んだ。
ところが、店員が会計を既に隣のテーブルから貰ったといって受け取らなかった。
さり気無く奢ってくれるとか…スマートな優しさに、ちょっとだけドキッとしちゃったよ。
互いに腹も膨れたところで、あれこれ注意事項を教えて念を押してからエルグランと別れた。
さて、次はどこを堪能しようかと鞄に入れていたガイドブックを取り出す。
お腹は、皆いっぱいだし、俺とポールが婚約者だとエルグランにも理解してもらったし、ある程度目標としていたことが終わってしまった。
本も買ったしな…これはなんだろ?
「ポール、女郎屋ってなに?」
「お前は知らなくてもいい、大人のナイトスポットだ。」
「エッチな店だってことがよくわかったよ…ところで、ポールは行ったことあるの?」
《あるに決まってるだろー》
《この顔と見るからに老けてんだから行ってなかったら逆に可哀想。》
ペット二匹が示しを合わせたようにゲラゲラと笑い出し、ポールは無表情のまま俺を担ぎ上げた。
あれ?なんで俺?
「ポール?」
「頭に来たからあの二匹を引きはがす!」
嫌な予感がしたと思ったらグワンッと視界が揺れ、景色が溶ける様に後ろへと流れていく。
うわぁああ!気持ち悪い!!暗躍スキルってやっぱり合わない!ってか、ポールも使えたの!?
頭がかき混ぜられたように、フワンフワンと視界も思考も回っている状態で地面へと降ろされた。
「ぽぽぽ…ぽーるぅぅううう。」
「なんだ、ストラトスとリブラの弟なのに暗躍酔いするのか?」
上下の違いも麻痺していて、立っていることができない俺は、ポールにしがみつくしかなかった。
気持ち悪いー…食べたものが出ちゃいそう…
あんな何でもスマートにこなしてしまう兄様と姉様に、このダメっこな弟って…さりげなくレッテル張ったな…回復したら鼻の頭を噛んでやるんだから!
暫くして、やっと酔いが治まってきたころ、視界にはオレンジと紫の綺麗なグラデーションがかった空が映った。
窓越しでしか、あまり見たことのなかった絶景に溜息しか出ない。
…ん?窓越し?それ以外でも見た気がするなぁ。
あっ!俺が今、鞄に入れているガイドブックの挿絵だ!!!
隣を見るとドヤ顔のポール。
ここは、気が付かないふりをしてあげるのが優しさだよね…
「ポール…綺麗だね。」
「そうだな…暗くなったら花火も上がるんだってよ。」
うん…それもガイドブックに書いてあったよ。と心の中で相打ちを打ってあげる優しい俺でした。




