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側妃って幸せですか?  作者: 岩骨
第四章 恋する二人
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#93.不安の正体

 結婚式には思っていた以上にたくさんの人が集まっていました。いえ、侍女見習いになってから知り合った方はほぼいませんでしたが、それ以前からの知り合いは沢山集まって皆に祝福して貰えました。本当に嬉しかったです。

 残念ながら疎遠になってしまった村の友達。近隣の村に嫁いだ村のお姉さん。それから少し離れた町でうちが贔屓にしている宿のご主人と奥さん等々、あまり縁の無い方に祝福されても嬉しいものは嬉しいのですね。

 なんて言いつつ、お姉様やリシュタリカ様、ケイニー様それからレイフィーラ様等々、まだまだ祝福して貰いたい方がいっぱい居るわけですが、取り敢えず私とクラウド様は結婚しました。


 あ、取り敢えずも要りませんね。主たる目的だった筈なのに結果的に雑事と化したお父様の著名も頂きましたし、通常最後になる陛下の著名はルダーツに発つ前に入れて頂きました。書類は完成しているのです。

 あとは、どのタイミングで婚姻が成立するのかという話に成りますが、考えてみると側妃が結婚した日というのはかなり曖昧なのです。書類が完成した日なのか、本人に通達が行った日なのか、輿入れした日なのか、いずれも成婚した日と言えてしまいます。ただ、私に輿入れはありませんし、他の二つの条件はは満たしています。

 更には、側妃以外が「結婚した日」となる結婚式も終えました。まあクラウド様ではなく近衛騎士グラードという名で式を挙げたわけですが、宣誓の著名にはちゃんとクラウド・デュマ・セルドアスとお書きになったのです。


 だとしたら既に「結婚した」と言って問題はないと思います。


 え?


 いや……だってきっとクラウド様もそう考えるでしょうから、「結婚した」となると次の段階に移行してしまうわけです。結婚してまで我慢する理由は全くないですし、王宮であろうとなかろうと二人キリなら場所を選ぶとも思えません。そもそも私には側妃として後宮の部屋は与えられませんから、クラウド様の部屋以外に場所がないのです。


 そうなると……今夜なのでしょうか?


 幸せいっぱいの結婚式からの帰り道に他のことに思考を走らすなんて……。いえ、私はそちらの欲求は強くないどころか拒否しようと思えば幾らでも拒否出来てしまうと思います。ただ、嫌ではありません。寧ろ嬉しいです。名実共にクラウド様のモノに成れるのは嬉しいのですが、“男性”を求める気持ちは皆無と言って良いのです。クラウド様以外の方など断固拒否です。

 あ、貴族でもいるのですよ。舞踏会や夜会で一夜の相手を求めて男性を誘う女性。私には全く理解出来ない感覚ですけど。


 結論。今の私はクラウド様に求められれば簡単に応じるでしょう。前世の記憶のお陰で恐怖心はありませんし、何より拒否する理由が見当たらないのです。


 ん? 考えてみれば当たり前の展開を今の今まで考えていなかった自分にびっくりです。覚悟無しに迫られたら拒否してしまったかもしれません。クラウド様を傷付け兼ねない事態に気付けて僥倖でした。

 玲君も私の初めてに対する期待は凄く大きかったようですし、男性は女性に対してそういったモノを求めますからね。明らかに自制心をフル稼働させていたクラウド様の期待を裏切るわけにはいきません。


 何か自分に言い訳しているみたいですが、クラウド様以外の男性を断固拒否なのは絶対ですよ? それからクラウド様の要求に応えられるのも凄く嬉しいです。


 ……前世もそうでしたが、考えてみると私の恋愛は基本的に受け身みたいですね。相手の要求に応えるか応えないかで自分から何か要求した覚えがありません。あ、プレゼントは要求しましたね。赤い宝石。でもあれは……。

 私からもっと何か要求した方が良いのでしょうか? でもするとしたら「傍に居たい」です。侍女としてですが傍に居るので要求する理由がありませんけど。






 私をその両腕の中にすっぽり隠したクラウド様の駈る馬がゴルゼア要塞で一際堅牢な建物の前で止まりました。


 そう言えば私とクラウド様が出逢ったのはここでしたね。


「下ろすぞ」

「はい」


 颯爽と馬から下りたクラウド様が、横乗りの鞍から担ぎ上げ、私を横抱きにしてくれました。侍女のお仕着せのスカートは長いので見えてしまう心配はありませんが、出迎えがいっぱい出ているので恥ずかしいのは間違いありません。


 え?


「クラウド様?」


 おろして下さい。私をお姫様抱っこしたまま何処へ行く気ですか?


「流石にこのまま寝室に行くのは無しか」


 ヤル気満々ですか!


「それは嫌です。よりにもよってお兄様が見ている前で止めて下さい」

「……そうだな」


 もっと言えば、横抱きされて歩かれるのは怖いです。お兄様以外も見ている人が沢山います。中には私が側妃になったことを知らない人もいます。そんなことをしなくても付いて行きます。汗もかいていますからお風呂に入りたいです。


 若干の混乱と恥ずかしさから、“今”拒否する理由を羅列していると、そっと地面に下ろされました。


 ふう。良かったです。そんなことをされたら明日皆の顔を見られません。少し仄めかされただけで赤色満面になるでしょう。まあ今もきっと顔は赤いと思いますが。


 ん?


「どうかしましたか?」


 今更何故私の身体をジロジロ観察しているのでしょう? 何かおかしいことでもありましたか?


「馬上ではあんなに小さいのに立つとそこまで小さくないのだなと思って」

「身長は少し高いぐらいありますが、華奢ですから」


 男性と比べると肩幅や胴の厚みが全く違いますからね。


「そうか?」

「お帰りなさいませクラウド様。予定より少し遅くなりましたね」


 少し首を傾げたクラウド様に、アビーズ様が横から声を掛けました。


「ああ遅くなって済まない。アンドレアスの父君アルヘイル殿に稽古を付けて貰っていたのだが、ついつい熱くなってしまった」


 予め用意されていた言い訳を口にするクラウド様です。護衛だけでなく私を連れ出したのも「折角だから実家に寄ろう」という口実を作ったのですからこう言って置く必要があります。


「何か変わりは?」

「特に大きなモノは何もございません。強いて言うなら馬具に破損が――――」


 建物の中へと歩きながらアビーズ様の報告を聞くクラウド様。その後ろに付いて歩いていると、出迎えに出ていた一人の方がするすると私に寄って来ました。

 その方は私の直ぐ横に付くと前を向いて歩きながら小声で話し始めました。


「上手く行ったようですね」

「……私そんなに分かり易いですか?」


 嬉しいのが顔に出てましたか? 切り替えた積もりだったのですが。


「いいえ。クラウド様は分かり易く嬉しそうだったけれど貴女は“普段通り”だわ」


 クラウド様ですか。確かに嬉しそうですね。私も嬉しいですが、表に出すのは自重しなくてはいけません。侍女ですからね。


「不安は両親にあったのね」


 え?


「今貴女は全然不安そうではないわ」


 私の不安がお父様とお母様にあった?


「……そうかもしれません。私はお父様とお母様を、家族を裏切りたくなかったのだと思います。お兄様から祝ってくれていると聞かされても信じ切れていなかったのかも」


 いえ、お兄様が嘘を吐くとは思いませんよ? でもお父様とお母様がお兄様に嘘を吐くことはあり得るのです。お兄様も大人ですが、やはり両親には遠く及ばない部分がありますからね。


「直接顔を見るまで安心出来なかった……。なんにしてもおめでとうクリス」

「はい。ありがとうございます」


 リーレイヌ様が優しい笑みを見せて下さいました……不思議な縁もあるものですね。リーレイヌ様が私の心配をして下さるなんてあの頃は思ってもみませんでした。ましてや私の不安を解消しようとしてくれるなんて。


「クラウド様にもちゃんとお礼を言わないといけませんね」

「クラウド様は貴女を大事にしているという自分の筋を通したかっただけでしょう?」


 確かにそうかもしれません。でも今日、教会の前でそわそわしたお父様を見て、ずっと優しく微笑んでくれていたお母様を見て、面と向かってお礼を言えて、結婚したあとで聞かされてもどこか疑ってしまうだろう祝いの言葉を貰えて、本当に良かったです。

 全てはクラウド様が我が儘を通してくれたお陰なのです。本当に本当に、


 ありがとうございましたクラウド様。






2015年11月中は毎日零時と十二時に更新します。

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