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側妃って幸せですか?  作者: 岩骨
第四章 恋する二人
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#92.結婚式

クラウド視点です

「はあ、はあ、はあ、はあ」


 肩で大きく息をしながらなんとか剣を構える。しかし三時間以上に及ぶ稽古で私の手は痺れ、剣を握っている感覚が皆無に等しい。


「ふ〜。バケモンだ」


 隣のアブセルも同様に、肩で大きく息をし、剣を握る手に力が入っていない。


「終わりか? 婿殿」


 対して、もう四十近いこの男は息が荒れるどころか二対一であるにも関わらず本気を出しているようには見えない。加えて、我々が休んでいる間にアンドレアスの相手までしているのだ。まあアンドレアスとは互角の打ち合いになるのだが、二人は正直次元が違う異常な強さだ。


「まだまだ加減しているのだがなぁ」


 どこまで規格外な怪物揃いの家なのだ? 現当主に嫡男、奥方、末娘。いずれも負けず劣らずの怪物だ。それに加えて――――


「結局楽しんでませんか父上?」

「筋は良いからな。まだまだ鍛練不足だが。それに――――」


 クリス。私は君にだけは負けるわけにいかないのだ。


「良い目をしている。以前会った時の迷いだらけの目ではない。決意をした男の目だ」

「行くぞぉ!」


 普段はやらない上段に構え、気合いを入れた。このままでは“稽古”にならない。


 全力で相手に向かって走り出した私は、衝突する三歩手前で踏み切り、アルヘイル殿に飛び込むように全体重と全腕力更に突進力を込た剣を振り下ろす。


「はっ!」


 それを正面から剣で受けたアルヘイル殿はあっさりとそれを跳ね返した。


「ぬあ!」


 弾き飛ばされた私は宙を舞い、数瞬の間ののち背中から地面に叩きつけられた。


「痛っ」

「クラウド様!」


 なんとか受け身は取れたが、これでは稽古を続けられそうにないな。


「大丈夫でしょうか?」


 倒れた私に直ぐに駆け寄って来たのは、声を上げたアブセルではなくアンドレアスだ。父親に似た美形の彼だが色彩は母親そっくりだからクリスと被る所がある。


「自力で座れますか?」

「……ああなんとか」


 うっ。少し背中を強く打ったようだ。なんとか声を出さずに起き上がれたが、これではクリスと一緒に馬に乗ることは出来ない。


「背中を打ってますな?」


 思わず声のした方へと顔を上げるとアルヘイル殿がニヒルな笑みを向けていた。


「隠しても特はないですぞ婿殿。背中では自分で治療することも出来ないしクリスと過ごす時間が減るだけだ。アンドレアスちゃんと診てやれ」


 ……どこまで見抜かれているのやら。


 指示を受けたアンドレアスが背中を隈無く触れて行く。


「痛っ」


 アンドレアスの手が肩の付け根に触れると激痛が走った。


「ここですね。上着を脱いで下さい」

「ああ」


 上着を脱ぎアンドレアスが<治療>の魔法を使っている間にアルヘイル殿は再び話し始めた。


「先程の一撃。威力は充分だったが何故上段切りを選択したのです? 本来なら突きを選択すべきですぞ?」


 確かに渾身の力を込めた突進からの一撃なら上段切りより突きの方が有効だろう。だが、


「それは出来ない」

「出来ない? 何故?」

「貴殿がクリスの親だからだ」


 突きによって付いた傷は深く<小治療>ではまず治せない。場合によっては<治療>ですら治せないこともある。剣の訓練中の死亡事故も、突きによるが事故が圧倒的に多い。だから、幾ら実力差が有ってもクリスの家族相手に突きは選択出来ない。


「そんなことで私に媚を売って、結婚を認めて貰えると思わんで下さい」

「……認めてくれないのか?」


 そんな話はまだ一度もしていない。この稽古が多少“試験”的な意味があるとは想像が付くが、「王国最強」の騎士相手に勝てる者などまずいない。勝利が条件だとしたら、クリスは一生結婚出来ないだろう。


「終わりましたよクラウド様。序でに小さい傷も治しておきました。下らない戯れは止めませんか父上」


 ……早いな。流石はアンドレアスと言った所か。


「ありがとうアンドレアス。戯れなのか?」

「戯れですよ」


 アルヘイル殿に尋ねるとアンドレアスから答えが返って来た。


「戯れは言い過ぎだ。おふざけだ」

「同じでしょう」


 同じだな。


「クリスとの結婚を認めて貰えるということか?」

「いいや」


 アルヘイル殿は私の質問に首を横に振った。ダメなのか? この気持ちはどうしたって抑えられるモノはないが……。


「そんなに落ち込まなくてもそういう意味ではありませんよクラウド様」


 ん?


「決めるのはクリス。それがうちの考え方です。クリスが良いなら良い。嫌なら嫌。母上がその確認をして連絡がないということは、もうそろそろ準備が終わる頃でしょうね」


 ならばこの稽古は私とクリスを引き離してクリスから本心を聞き出す為の時間稼ぎか。


「しかし準備とは?」


 何のことだ?


「結婚式の準備です」


 結婚式だと!?


「ああ、式前に軍服を汚してしまったな。セリアーナに怒られる」

「上着だけなら私ので充分でしょう。どうせ正装ではないのですから」

「それもそうか」


 ……クリスがズレていると思っていたがこの家族は皆ズレているようだ。






 ゴバナ村に在る小さな教会は、セルドアの街中に良くある小さな教会より更に二回りは小さい教会だった。何せ参列者が十人入ればいっぱいで、祭壇から教会の入口まで十歩と言ったところなのだ。


 そんな距離をエスコートする意味があるのかとも思ってしまうが、父親としては感慨深いモノがあるのだろう。剣を持った時とは別人のようにそわそわしているアルヘイル殿のお陰で私の緊張は少しで済んでいる。


 それにしても、まさか結婚式を計画しているとは思わなかった。しかもアンドレアスの話では、彼がここへクリスの婚約を伝えに来た時既に準備が進んでいたというのだから恐ろしい。

 実際、クリスの着る純白のドレスは勿論、アクセサリーや靴、それから私用の黒髪の鬘まで用意されていたのだ。細部を整える為にわざわざベイト伯爵家の侍女にここまで来て貰ったという話も聞いた。更には、私の側妃と成ることを秘密にするため、村人は勿論近隣の村にまで根回しを行ない、今日私は近衛騎士グラードなのだそうだ。

 どうにも考えることが予測出来ないが、やってくれたことには感謝したい。なによりクリスは喜ぶだろうし、私もクリスの純白のドレス姿を見てみたい。天使などという言葉では片付かないだろう。


 はやる気持ちを抑えながら、小さな教会の中でクリスの到着を今か今かと待っていると漸くその時は訪れた。

 教会の前が騒がしくなったかと思えば、少しだけ扉が開きアルヘイル殿が呼ばれて外に出ていった。間違いないクリスが到着したのだ。


 アルヘイル殿が出て行ってから少し待つと、ゆっくりと両開きの扉が全開にされた。時刻は昼の十二時。扉から入って来た強い日射しに視界を奪われる。そして白くなった視界が正常さを取り戻した時――――


 私は思考を奪われた。


 裾の長い純白のドレス。腰まである白金の髪。ベールの向こうでも分かる深い青色の瞳。純白の手袋に隠された細く長い腕。胸までしかないドレスで露になった華奢な両肩と白磁の肌。そして胸元で光る真っ赤な宝石。一つ一つ称賛していたらキリがない。兎に角――――


 完璧だった。


 美しいなどという言葉は当てはまらない。敢えて言うなら神々しいだろう。そんな彼女の歩みはとてもゆっくりで、馬車から私の所までは僅か20歩程だ。たったそれだけの距離を彼女は十分以上掛けて歩いて来た。


 いや、私がそう感じただけだろうな。アルヘイル殿から引き継ぐ形で私が手を最後の一歩をエスコートするとクリスはベールの奥で笑みを見せた。ここ数週間見ていなかったその自然な笑みに安堵する。


 クリスは、新たな正妃候補の話をした頃からずっと不安そうにしていた。ならば正妃にすると決めてしまえば不安は解消するだろうと思って話をしたら、それは見当違いだった。クリスは正妃に成りたいとは思っていないようだ。だとしたら何が原因なのか本人に訊いてみても答えは「分からない」だった。

 だが、ここに来て不安が解消したように見える。セリアーナ様が不安を解消したということだろうか? それならそれで問題はない。ただ、私はまだまだ力不足ということになるな。


「――――この者を守り生涯愛すると誓うか?」

「誓う」


 私の名が私でない以上この誓いは意味がないがな。まあクリスを愛し守る誓いなど疾うに終えている。


「――――貞淑に努め、この者を生涯支え続けると誓うか?」

「はい」


 迷いの無い返事をくれたクリス。皮肉にもこの教会、デイラード教の成婚の誓いに男の操についての宣誓はない。宗教というヤツも結局は男が作ったモノなのだろうな。


 まあ、今はそんなことより、


「では誓いの口づけを」


 ベールの向こうの彼女の笑顔を守れれば良い。






 その後行われた小さな披露宴の最後に、


「――――ボトフ家の娘として生まれて、私は幸せでした。お父様、お母様、今まで本当にありがとうございました」


 原稿無しにこんな挨拶をしたクリス。彼女がこの時流していた涙を、私は絶対に忘れない。






2015年11月中は毎日零時と十二時に更新します。

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