#91.家族の企み
リリに腕を引かれたまま入った両親の居室。そこで見たモノは――――
「エマヌエラ様?」
エマヌエラ様はベイト伯爵家の侍女でデビュタントの時私を仕上げてくれた方の一人です。何故こんな所にいらっしゃるのでしょうか?
「またお綺麗に成りましたねクリスティアーナ様。やはり恋とは偉大ですわ。一年前には十二分にお美しかったお嬢様を更にお美しくしたのですから」
一年前にもお姉様にそんなことを言われた気がするのですが……。
「お久しぶりでございますお嬢様。ああ、まさかこれ程までお美しくなられているとは驚きです。ご結婚なされた頃のセリアーナ様を見ているようですわ。わたくしは二年に一度しかお会い出来ていませんから驚きもひとしおです」
エマヌエラ様に続いて私を絶讚したのはヨアンナさん。ボトフ家の使用人の一人です。
「クリスティアーナ様はご幼少の頃よりお綺麗な方でしたが、本当にお美しくなりましたね。新しい王太子様が見初めたというのも納得です」
二人の言葉を後押しするように続いた方はルイーナさんです。ヨアンナさんの娘で、25歳。子供が二人居るお母さんですね。……後の二人は兎も角、エマヌエラ様が何故こんなド田舎に?
「三人共お顔を拝見出来て良かったです。しかし、何故エマヌエラ様がこんな所に? まさかベイト家を首になったわけではありませんよね?」
エマヌエラ様はお母様より少し年下で侍女見習いを修了している優秀な方です。そんな方をベイト家が放出するとは思えないのですが……。
「はい。幸いまだ首にはなっておりません。私が今此処にいる理由はあとにしてお嬢様、クラウド様は優しくして下さいますか?」
え? エマヌエラ様は下世話な話はしない方だった筈なのですが……。
「はい。とても優しくして頂いています」
「ベイト家の舞踏会ではとても無愛想にしていらしたけれど、二人キリの時はお優しいのですか?」
これはただ話題にしているのではなくて明らかに狙いの有る質問ですね。クラウド様がお父様に連れていかれたのもそういう意図なのでしょう。解らないのは――――
「二人キリの時というよりは仕事ではない時には優しくしてくださいますね。社交で無愛想なのはご令嬢がたくさん寄って来てしまうことを避けるためです。そうでない時はとても紳士な面もありますね」
「まだ正妃をお決めでないのに社交で無愛想なのはどうかとも思いますが、お嬢様を大事になさっているのは間違いないようですね」
「ええ。わざわざこんな田舎まで足を運んで下さるだけでも、お嬢様が大事にされている証拠ですわ。しかし、結局は側妃なのですねぇ」
やっぱり作為的な匂いのする会話です。ヨアンナさん演技臭いですよ?
「正妃に成ったとしても良いことばかりではありませんよ? 国の中枢の一人なのですから女性でも相応の苦労がある筈です。それに最終的に選ぶのはクラウド様ではなくジークフリート様ですから」
この件でクラウド様を悪く言わないで下さい。それにまだ正妃に成る可能性もあるのです。
「そうでした。陛下がお決めになることでしたね。しかし、お嬢様としてはどちらがよろしいのですか?」
「どっちでも良いのです。私は妃に成りたかったわけではなくて、クラウド様と結婚したかっただけですから」
三人がどこか安堵したと思ったら、
「クリス。良く帰って来たわ。クラウド様にお礼を言わなくてはね」
突然視界の外から登場したお母様が私を抱き締めました。ギュッとされたので私もギュッとします。この部屋は大して広くないのにどこに隠れていたのですかお母様。
「はい。帰って来れて良かったです」
帰って来ないまま籍を入れてしまう可能性の方が高かったですからね。思っていた以上に皆が祝福してくれているようで良かったです。
数十秒間思い切り私を抱き締めていたお母様は、丁度同じぐらいの背丈となった私の両肩に手を置き、真剣な顔つきなって話し始めました。「嘘は許さない」そうはっきりと告げるような瞳で私の瞳を覗き込みながら。
「一つだけ訊くわクリス」
今日の私達の目的はご存知の筈です。ならば訊くことは一つしかありません。それは――――
「貴女が望んだことなのね?」
私の意思の確認です。ただ、私自身の意思を確認する為に二人を別々するというのは充分納得の行くことですが、この状況は、と言うかエマヌエラ様が何故……。
「はい。私はクラウド様の傍にいたいです。ずっと」
真剣な表情のまま私の目をじっと覗き込んでいるお母様。私も偽りない想いを口に出してお母様の目を見詰めます。
暫しして、
「おめでとうクリス」
優しい笑顔になったお母様が祝福してくれました。
「ありがとうございますお母様」
今度は私からお母様に抱きついてギュッとすると、お母様も私をギュッとしてくれました。なんだか凄く落ち着きます。クラウド様に抱き締められるのとは全然違いますね。当たり前ですけど。
頭では必ず祝福してくれると考えていても、どうやら私はお母様がちゃんと祝福して下さるかを気にしていたようですね。今凄く嬉しいです。
また暫く抱き締め合ったあと、笑顔のままのお母様が私の胸元を見て唐突にこんなことを言い出しました。
「これの方が良いのではないかしら? エマヌエラどう思う?」
私の胸がエマヌエラ様の視界に入るように身体をずらしたお母様。悪戯っぽく笑うその顔は……何か企んでいるのですか?
「え? あ! 凄く大きな宝石ですね。クラウド様に頂いたモノですか?」
今私の胸元で輝いているのは、他ならぬクラウド様から頂いたネックレスの赤い宝石です。今回の旅に持って来たのに一度も着けることは無かったそれを、私は今朝、ふと思い付き身に付けて来たました。昨日までは一切そんなことは考えていなかったのですけどね。
「はい。ちょっと大きすぎて普段は付けられないのですけど、今日は休日ですから」
「凄く良いと思いますセリアーナ様。クラウド様から頂いた物なら文句の付けようが無いでしょう」
……何の話ですか?
「うん。王子様は真っ赤な目をしていたし、お姉様は肌が白いから色が際立つよ。凄く良いと思う」
リリまで何?
「決まりね。それにしても、相手ではなくて自分の瞳の色と同じ宝石を贈るなんて随分と独占欲が強い方なのね」
いえ、それ私です。正確にはクラウド様にして欲しかったのではなくて自分がしたかったのですけど。
そんなことは今良いのです!
「先程から皆何の話をしているのですか?」
「ふふふ。貴女の今日の午後の予定は何?」
楽しそうに笑いながら謎の質問をしたお母様です。午後の予定も何も此処に来ることが予定だったのですが……?
「午後の予定ならお茶の時間までこの家でゆっくりしてから要塞に帰るだけですけれど……」
「いいえ。違うわ。午後の予定は――――」
たっぷりとタメを作り、何故かいたずらっ子の笑みを全面に浮かべたお母様は、爆弾を投下しました。
「貴女とクラウド様の結婚式よ」
えええええええ!!




