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側妃って幸せですか?  作者: 岩骨
第四章 恋する二人
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#90.最後の帰宅

 今回のルダーツ行きが決まったのはクラウド様とアントニウス様の決闘から程無くして、詰まり、私がクラウド様のプロポーズをお受けして直ぐのことでした。

 確かに新太子として、もしくは甥としてルダーツ国王に挨拶に赴き親善、社交を行う必要はあるのです。そしてそれを、魔法学院の寮に入ってしまう前に急いで済ましてしまいたいというのも、焦るように外遊を決めた理由としては充分と言えるでしょう。


 ただ、ただです。その復路の日程でゴルゼア要塞に丸一日滞在するというのはクラウド様の我が儘に他なりません。

 クラウド様はその一日を休憩ではなく息抜きに使いました。いえ、今はその真っ最中です。護衛二人と侍女一人を連れて早朝から遠駆けするという息抜きの。


 お察しの通り、侍女一人とは私のことで、護衛二人の中の一人はお兄様です。護衛のもう一人は色々事情をご存知のアブセル様なのですが、彼は部外者です。巻き込んでしまって申し訳ありません。


 そして目的地は当然私の実家、ボトフ男爵家の在るゴバナ村です。


 お兄様が外遊以前に休みを取ってゴバナ村まで往復してくれたのは、今日のことを事前に両親に説明する為でもありました。お二人を驚かせるような事態にはならないのですが、押し掛けることに変わりはありませんし、「クラウド様の顔を見たら気が変わった」なんて言い出したりしませんよね? なんて心配しているのは何故かをお話しなければなりません。


 以前お話した通り、私はまだ結婚していません。でも、側妃が輿入れするには勅命書を本人に突き付ければ終わりですし、正式な婚姻は王宮が書類を作成し陛下が著名すれば成立します。詰まり、女性側の承諾がなくとも側妃は正式に結婚出来てしまうのです。

 まあそこまで問答無用なやり方はしたら王権乱用に他なりませんし、実際は実家の同意無しにご令嬢を側妃とするようなことはしないそうですが、そういう場合でも書類上実家の著名は必要ないそうです。

 そんなお話をしたということは、クラウド様がお父様の著名を必要とする書面を認めたということです。今日の目的は結婚の挨拶と共にその書面にお父様の著名を頂くことなのです。


 結婚を秘密にすると決めた以上正式に挨拶に行く事は出来ませんし、ド田舎村の領主代理のお父様を理由を拵えて王宮に呼び出すのも無理があります。だからこんな強引な方法を取ったわけですが、幾らなんでもこの日程を私の誕生日に合わせるのはやり過ぎではないでしょうかね?


 結構忙しいのですよ? この時期の侍女は。






 早朝。近衛の黒い軍服を着て遠駆けに出たクラウド様に、横抱きにされる形で馬に乗せられゴルゼア要塞から東へ向かう街道を駆けること僅か半時間。ゴバナ村への道へ曲がると直ぐ、二年ぶりの我が家が見えて来ました。何度も見て来た風景ですが……。



「どうかしたか?」

「……これが最後なのですね。この家に“帰って来る”のは」


 考えてみたらこれが最後なのです。この家の住人として此処に帰って来るのは。いえ、本当の意味で此処に住んでいたのは九歳まででした。以降ずっと私は王宮で暮らしていて、この家に「滞在」する事はあっても「居住」する事は無かったのです。……急に申し訳なくなってしまいました。


「……来ない方が良かったか?」

「いえ、来れて良かったです」

「最後にちゃんと挨拶する機会を下さってありがとうございます」


 すっぽりと包まれた腕の中から顔を見上げてそう言うと、クラウド様は満足そうな笑みを見せました。


 ゴバナ村の入り口に位置するボトフ家の屋敷の門前で、私達は馬を下りました。家の中からも道が見えていますので、訪問者があれば執事のデラさんが直ぐに出てくる筈なのですが……。


「私、近衛騎士のクラウドという者。ご当主のアルヘイル様がご在宅ならばお通し願いたい」


 クラウド様が門の鉄格子の間から母屋に向かって声を張りました。小さな庭を挟んでいるとは言え、間違いなく家の中まで聞こえた筈です。


 ……反応がありません。正しく門前払いですか? お父様もお母様も怒ってらっしゃるのでしょうか?


 暫くして玄関の扉が勢い良く開き、少女が一人門まで駆けて来ました。その少女は勿論妹のリリアーナです。11歳の彼女はこの一年でだいぶ成長したようで、私の顎ぐらいまで背が伸びています。体つきも大人びて来たようですね。


 普段は村の娘と変わらない綿のワンピース姿なのに、何故かドレスを着た彼女は門を開けるなり、


「何で入って来ないのですかお姉様。お兄様も開いているのだから入って来て下さい」


 文句を言いました。成る程そういうことですか。門前払いでなくてなによりです。


「ここへ訪ねて来たのは飽くまでクラウド様であって、私でもクリスでもないのだから勝手に門は開けられないよ?」

「あ! う〜もう! これだからお父様は!」


 お父様? 出迎えは基本的に使用人のお仕事ですから、お父様に文句を言うのは間違いだと思いますが……。


「クラウド様。この子がリリアーナです。リリ、ご挨拶して」

「あ、はい。リリアーナ・ボトフです。お姉様を宜しくお願いします」


 こらリリ! ここで「お姉様を」は要らないでしょう!


「クラウド・デュマ・セルドアスだ。君の姉上は私が必ず幸せにする」


 クラウド様まで!


「リリアーナ・ボトフと言えば正妃候補の一人だな」


 アブセル様も余計なことを呟かないで下さい!


「絶対ですよ?」

「約束する」


 まあ本人には聞こえていなかったようですが……肝が冷えます。というか、王太子様相手に軽く口を利き過ぎです。いつからこんなお転婆さんになったのでしょうか?


「ご案内してリリ。王太子様に立ち話をさせてはダメですよ」

「はーい。どうぞぉ」


 ……こんなに天真爛漫な子だったでしょうか?


 リリが先導して小さな庭を真っ直ぐ進みます。私はいつも王宮でしているようにクラウド様の斜め後ろに侍るように付いて歩き、直ぐに玄関に到達しました。


 私……緊張してますね。身体が硬くなっています。


 間髪入れずに勢い良く扉を開けるリリ。その向こうにいたのは――――


「待ち兼ねたぞ婿殿」


 腕を組んで仁王立ちし黒い笑みを浮かべたお父様でした。しかも王国騎士と同じ紺の軍服を纏って帯剣までしています。


「……ご健勝そうでなによりですアルヘイル・ボトフ様。本日は折り入って――――」

「良い天気ですな王太子殿下。風も爽やかだし身体を動かすには丁度良い陽気だ。そうは思いませんかな?」


 確かに良いお天気ですが……お父様。回りくどい言い方は必要ないのでは?


「確かに気持ちの良い朝だが……」

「領主代理の仕事は書類仕事と雑用が殆どですが、我々有事の際にはゴルゼアの守り手となって戦場に馳せ参じなければなりませぬので、鍛練は欠かせません」


 言い訳なんかしないで一言言うだけで良いと思いますが……。


「貴殿方がそういう心掛けを持ってくれているから我々は安心して暮らして行ける。勿論貴殿方だけでなく我々王族も、有事の際の準備を怠ってはならぬ」

「ええ。ですから是非とも稽古を付けて頂きたい。有事に備えての稽古を。

 如何かな――――婿殿」


 最初から「稽古をしよう」と言うだけで充分なのでは?


「……分かった」


 その返事には恐れが孕んでいました。見えませんがクラウド様の顔は引き吊っているでしょう。


「では参りましょう」


 お父様が私達の間をすり抜けるように門の方へ歩き出すと、クラウド様がそれに付いて行きました。


「久々に私も父上に稽古をつけて貰うか」

「ん? 稽古場は近いのか?」


 お兄様が二人に付いて行こうと歩き出したのを引き留めるようにアブセル様が問い掛けました。


「少し離れていますね。馬で行く距離ではありませんが」

「ならお前は残れ俺が稽古を付けて貰う」

「一緒に来れば良いだけでは?」


 そうですね。残る意味が分かりません。


「クリスだって要警護者だろう? お前はいつでもアルヘイル殿に稽古を付けて貰えるのだからお前が残れ」


 ん? 私はお家に置いてきぼりですか?


「「金髪の魔女」の噂ぐらいはご存知でしょう? 必要ありませんよ」

「きんぱつ……ああそうか」


 お母様が居るから私の警護は必要ない? 何で私は置いてきぼり?


「お姉様早く!」


 え?


「急がないと夕方までに帰れなくなっちゃうよ」


 リリに腕を引かれて家の中に引っ張り込まれた私です。……急がないと?


「急ぐって何? どうして夕方までに帰れなくなるの?」

「ふふ。直ぐに解りますよぉ」


 少しイタズラっぽく笑ったリリに素直に従い連れて行かれたのは、何故かお母様とお父様の部屋でした。


 そして四時間缶詰にされたそこで――――






2015年11月中は毎日零時と十二時に更新します。

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