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側妃って幸せですか?  作者: 岩骨
第四章 恋する二人
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#89.正妃か側妃か

 深夜。ルダーツの王城の庭を手を繋いで散歩する私とクラウド様。頭一つ分以上低い位置からその綺麗な顔を見上げながら歩くのもだいぶ慣れて来ました。いつの間にか更に身長差がついてしまいましたね。


「小さい頃この城に来る時、私はいつも一人だった」


 政略結婚そのものに人質の意味もありますから、レイテシア様がここに来るには最低一人はセルドアに子供を置いて行くしかありません。皆一緒には来れないのです。


「レイフィーラ様がお産まれになってからもですか?」

「ああ。母上が人見知りのレイフィーラを置いて行くのを嫌がったからな。キーセは父上にすらなついていなかったから余計だ」


 キーセ様は人見知りではなくて他人に無関心なのだと思います。10歳にして図書館を寝床にしている方ですから。


「あれ? 私と初めて会った時はキーセ様を置いて行ったのでは?」

「あの時が初めてだ。母上はずっとキーセの事を心配していたな。その上レイフィーラが風邪を患ったのだから、母上はあの時随分と焦っていたと思う。でなければ、感染病が蔓延している状態で近隣から人を集めたりしないだろう」


 当時はまだレイテシア様のことなんて全く知らなかったので疑問を持ちませんでしたが、今考えてみるとレイテシア様は冷静さを欠いていたようですね。


「うちではお兄様がそのことについて怒っていましたね。死んだらどうすると怒られました」

「アンドレアスか。確かに怒るだろうな。彼もミーティア嬢もあの時は本気でクリスの事を心配していた」


 あの時とはいつでしょう? お兄様とお姉様が心配していたとすると……あ!


「「年越しの夜会」の時ですか?」

「ああ。彼らはあの時私に「クリスを悲しませたら許さない」と本気で言っていた。その場で彼らに絶対に悲しませないと誓っていなかったら私は追い返されていただろう」


 ……お兄様もお姉様も一国の王子様相手に無茶しますね。


「ご免なさい。あの時の私は本当にぐちゃぐちゃで、あの前にも何度も泣いてしまったからお兄様もお姉様も過敏になっていたのだと思います」

「いや、あれは全く問題ない。あの時警護に付いていたアブセルと少し揉めた程度でお互いあの後蟠りはない。アンドレアスとアブセルもそうだろう。寧ろ二人は仲が良いようだしな。それに――――あの時の約束、誓いはまだ有効だ。私はクリスを悲しませたりしない」


 クラウド様……。言葉を返せなかった私は、クラウド様の目を見て小さく頷きました。


「――――求婚とは別にクリスを守ろうと誓いを立てたことがある」


 ……なにやら色々誓いをお立てになっているのですね。


「あの時クリスはレイフィーラを救ってくれた」


 この「あの時」とは私とクラウド様、レイフィーラ様が初めて会った時ですか?


「看病のことを仰っているのなら大したことはしていないと思います。本当に看病をしただけですから」

「いや、あの時のあの病は本当に危なかったのだ。セルドアでは知られていないが、ルダーツでは子供が三人、同じ症状で死んだそうだ」


 え! 子供が三人も?


 馬車が主な移動手段のこの世界では人の往来が少ないですから、感染症と言ってもそこまで拡大しないで終息することも少なくありません。ゴルゼア要塞の付近は人口も少ないですし、三人も亡くなるということは子供に対してはかなりの致死率だったということです。


「レイフィーラ様は本当に命の危機だったのですね」

「ああ。クリスもな」


 え? ああ。私も子供でしたね。


「そうなるとクラウド様もですよね」

「だから誓った。必ずクリスに恩返しをしなければ、と。私とレイフィーラを全力で守ってくれた君を全力で守ろうと誓ったのだ」


 偶然も偶然なのですけど……。


「私はただレイフィーラ様が苦しんでいたから助けたいと思っただけで……」

「それでも助けたことに変わりはないだろう?」


 クラウド様は何故か、語気を強めました。


「偶然にも、私は自分の命を助けてくれた相手に恋をした。初恋だ。そして運良くその恋が実った。

 今はその女性を深く愛している。それこそ、命懸けで守りたいと思う程に」


 随分と回りくどく想いを告げただけですか? 正直……今更? 私はクラウド様の想いに一切の疑いは持っていないのですが。


「クラウド様私は――――」

「その上で正直に訊かせて欲しい」


 ん? 詰まり前フリだったのですね。


「クリスは正妃に成りたいのか? それとも側妃でも良いのか?」


 本題はこれみたいですね。この話題ならクラウド様がわざわざ深夜に私を連れ出したのも納得です。一瞬私の気持ちが伝わってないのかと思いました。


「先程リーレイヌ様とも同じ話をしていたのですが、私それはどっちでも良いです。正妃でも、側妃でも」


 驚きました? そうですよね。


「どっちでも良いというのは以外だな。クリスはずっと側妃を嫌がっていた。確かに正妃に成ったら成ったで大変だろうが、どちらかと言えば正妃の方が良いと言っていなかったか? 気が変わったということか?」

「いいえ。どちらかと問われれば正妃の方が良いのは今でも変わりませんし、クラウド様がその為に色々して下さっているのはとても嬉しいです。でも私がクラウド様の婚約者としてそれをどう答えるかと言えば「どっちでも良い」です」


 訝しげな目で私を見詰めるクラウド様です。はい。ご免なさい。解り難いですよね。


「……正妃候補がまた増えたという話からクリスはずっと何か不安そうにしていた。ならば正妃に成ってしまえば不安を取り除けると思ったのだが私の見当違いということか?」


 ああ、クラウド様にまで心配を掛けてしまったのですね。申し訳ないです。


「私は正妃にも側妃にも成りたいとは思っていないのでそれは確かに見当違いですね」


 いえいえクラウド様。まだ話の途中ですからそんなに落ち込まないで下さい。


「私は王太子の妃に成りたいわけではありません。クラウド様の傍に居たいのです」


 完全に歩みを止め、正面から向き合ったクラウド様と見詰め合います。


「クリスはどこまで私を翻弄すれば気が済むのだ」


 暫く無言で見詰め合った後、言葉と共に極自然に伸びて来た大きな手が、私の髪に触れました。愛でるような優しい手つきのそれを受け入れると、いつの間にかクラウド様の顔が間近に迫っています。


「クリス――――綺麗だ。本当に君は美しい」


 髪に触れていた手が頬に移ります。壊さないようにそっと。そんな優しい感触と温もりに身を委ねていると、心の底から沸き上がって来た想い。それを素直に口に出した次の瞬間、


「大好きですクラウドさっ」


 唇が塞がれました。勿論クラウド様の唇で。


 一瞬硬直した自分の身体をいつの間にか腰と後頭部に回されていた手に委ねると、クラウド様はそれに気付いたのか口づけを交わしたまま私を抱き締めました。

 そのまま身を委ねること……十数秒と言ったところでしょうか? 腕に込めた力を抜いたクラウド様は私の両肩に手を添え、一歩後退しました。


「これ以上すると我慢出来なくなる」


 目を逸らし息を吐きながら放った言葉は、続けたいという気持ちとの葛藤がありありと見えていました。これが分かっていたので、クラウド様は最近私に極力触らないようにしていたのです。


「はい」


 返事をして数歩身体を遠ざけると、クラウド様は凄く名残惜しそうな表情をしていました。あと少しの我慢ですクラウド様。


「クリスあの〜大丈夫だったか? いきなりだったし嫌では――――」

「とっても嬉しかったです。大好きな人にキスして貰えて」


 少しハニカミながら正直に告げて笑い掛けると、嬉しそうな笑顔になったクラウド様。何も後悔なんてありませんよ?


「そうか。私も愛する女性と人生初の口づけを交わせて良かった」


 ファーストキスですね。勿論、私もです。いえ、小さい頃お兄様とした記憶は有りますよ。でもそれはノーカンですよね?


「戻ろうクリス」

「はい」


 手を繋ぐのではなくエスコートする仕草を見せたクラウド様の腕に軽く手を添えます。

 いつものように私の歩幅に合わせてゆっくり歩くクラウド様と並んで歩きながら、私は半分予想の範疇だったことに気付きました。


 全て捧げられる。


 そう思う人が目の前に居るのに――――私は何が不安なの?






2015年11月中は毎日零時と十二時に更新します。

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