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側妃って幸せですか?  作者: 岩骨
第四章 恋する二人
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#85.譲れない役

「クリス。私達の番だ」


 アントニウス様とローザリア様が実は周囲で見守っいたそれぞれの侍女侍従と共に闘技場を去ったあと、隠す気のない想いを私に向けたクラウド様。本当に容赦がなくなりましたね。


「クラウド様。明日学院は休みですよね?」


 確認しなくてもクラウド様の予定はクラウド様より私の方が正確に把握しているのですけどね。


「ああ。だから決闘を今夜にしたのだろう?」


 鎧を着た相手を昏倒させようと思ったら死んでしまう可能性がありますし、クラウド様が“勝つ”には基本的に「まいった」するまで終わらないルールだったのです。相当時間が掛かっても不思議ではありませんでしたからね。


「仕事も午前中はありません」

「そうだな。そうしてくれたのだろう?」


 確かに日程を組んだのは私ですが、それはクラウド様の為だけではありません。寧ろ、私欲の為なのです。


「クラウド様は騎士ではありません」

「は?」

「私のお慕いしている人は騎士ではないのです」


 あれ? 凄く嬉しそうなんですけど……今更この程度の言葉でそんなに喜びますか? 思った以上に伝わっていないのでしょうか?


「折角月が綺麗な夜に屋内では勿体無いですし、闘技場というのも雰囲気の良い場所とはどうにも言い難いです。そして一生の思い出はやっぱり大事にしたいのです」


 私利私欲でお話を進めているのは充分自覚があるのでそこに突っ込みは入れないで下さいね。


「何が言いたいのか解らないのだがもっと解り易く言って貰いたいのだが」


 解りませんか?


「一生の思い出に残る大切な想いを告げるなら、時と場所は重要だということです。ましてや正妃として後宮に入るわけではない私にとっては本当に一生モノの大事な思い出になるかも知れません」

「それは詰まり……」

「着替えて場所を替えてからにしませんか?」


 完全に私利私欲ですが、もうほぼ答えを告げてしまっていますので我が儘を通させて下さい。


「何処が良いのだ?」

「王宮内では桔梗殿の裏庭が一番好きです」

「分かった。お義兄さんと一緒に先に行って待っていてくれ。三十分で行く」


 お義兄さん? ……確信持って呼びましたね。お兄様は――――苦い顔をしています。まあ反対はしないと思いますが、兄妹の時間は長かったとは決して言えませんからね。寂しいのでしょう。


「分かりました。お待ち申しております」






「後悔はないのだね?」


 桔梗殿の裏庭の入り口まで移動すると、お兄様は直ぐ尋ねて来ました。


「はい。ありません」

「母上は兎も角父上は寂しがるよ」


 お兄様。それ狡いです。


「遅かれ早かれ女の子は家を出て行くものです。ましてや成人した女の子ならいつそうなってもおかしくないかと。お兄様意地悪ですね」

「悪かった。クリスがそれを考えないとは思わないけれど、なんとなく父上に同情してしまっただけだよ」


 私の侍女見習いもお母様が推し進めたことですからね。勿論同意した部分もあったと思いますが、夫婦の力関係を考えれば妥協したのがどちらかなんて一目瞭然です。


「諦めて貰うしかありません。手紙でそれとなく伝えてありますから察して頂けると思いますし」


 全てを話すには直接会うしかありませんが、お互い簡単に会える状況ではありませんからね。


「「年越しの夜会」でのこともあるし私も手紙は出しているからそれは大丈夫だろう。だけどクラウド様のあの様子では間髪入れず輿入れになるのではないか?」


 お兄様にはクラウド様が焦っているように見えるのでしょうか? 私にはただ単に制限されていた感情が解放されただけで焦っているようには見えないのですけれど。


「具体的な日程までは分かりませんけど、クラウド様は私を妃として魔法学院に付いて来て欲しいようですから、普通に考えれば年内だと」

「本当に秘密にする気なんだね」

「それは学院関係なしにだと思います」

「準正妃か。確かに大変な騒ぎになるかもね。かといって、正妃になったらなったでクリスが大変な立場に追い込まれる」


 そうですね。余程頑張らないと認めて貰えないでしょう。


「どちらにしてもそれは私が決めることではありませんけど」

「クラウド様が決めるなら兎も角決めるのはジークフリート様だからなぁ」


 どの王族も国王の同意無しに妃は入れられませんからね。


「どちらにせよ――――おめでとうクリス」

「はい。ありがとうございます」


 私の頭に軽く手を置いてゆっくりと撫でたお兄様。

 ああ。この先お兄様がこういうことをしてくれることも少なくなるのですかね? クラウド様はやってくれるでしょうか?


「待たせたなクリス」


 いえ、寧ろ早いです。三十分も経ってません。なんて考えながらも自然と笑顔になっている自分にビックリです。


「いいえクラウド様」


 声のした方に振り向くと、そこに居たのは淡い灰色の軍服を着た長身の王子様でした。正装ですか……お兄様の言う通り直ぐ輿入れという話があるかもしれませんね。


「行こうクリ――――」

「クラウド様。「年越しの夜会」での誓い。忘れたら許しません。私もミーティアも勿論両親もあの時言っていたことは全て本心ですから」


  お兄様が「年越しの夜会」での誓い? あ! 扉の前でのやり取りですね。クラウド様。あの時何を誓ったのですか?


「分かっている」


 お兄様と目を合わせて頷いたクラウド様。男同士の義理の兄弟の感覚は分かりませんが、友情とは違うようですね。と言うより、クラウド様とお兄様の間にあるのは元々剣と魔法のライバル的な空気ですからね。


「行こうクリス」


 私をエスコートするような仕草をみせたクラウド様は、私が手を添える寸前でそれを止め手の甲を私に向けて右手を差し出して来ました。


 ん? 低い? あ!


「私は王太子だ。他の女性をエスコートしなければならない事はあるかもしれない。でも君は特別なんだ」


 ここは素直に成りましょう。自分の気持ちに抗った所で今更意味はありませんからね。


「ありがとうございます。クラウド様のその気持ちがとっても嬉しいです」


 私は敢えて手袋を外して差し出されたその右手を左手で握りました。少し驚いた顔を見せたクラウド様ですがそのまま無言で歩き出しました。


 いつもの庭を。いつものようにゆっくりと。そして少しだけ近くなっていた二人の距離。ほんの少しのその違いに気付いたのは、お兄様に指摘された時でした。






 慈しむように愛でるように私の手を握り、ゆっくり歩むクラウド様が口を開いたのは、庭の大きな池を半周した辺りでした。


「月が綺麗だな」


 ……暫しの沈黙を破って話す最初の言葉がそれですか? それともクラウド様は文学家ですか? まあ今日はそれを言わせる積もりはありません。何故なら――――


「はい。とっても」


 奇しくも今夜は満月です。灯りがなくともクラウド様の表情までくっきり見えているのです。まあこの星のお月様が大きいせいもあるのですけどね。地球のお月様より三倍ぐらいある気がします。


「しかし私の目にはもっと美しいモノが見えている。それは他でもない――――」


 ……回りくどいですね。半周する時間で出てきた言葉がそれですか?


「クリス。君だ」


 素早く私の前に跪き、目を見て告げたクラウド様です。恋情が惜し気もなく注ぎ込まれたその瞳から今の私は逃げ出したくなどありません。寧ろ全力でそれに応えたいです。

 私はクラウド様に負けないぐらいの愛しい想いを注ぎ込んでその目を見返します。伝わっていますかクラウド様?


「私の天使よ。我がつま――――」

「クラウド様。私を妃にして下さいますか?」


 クラウド様は目をパチクリさせています。強引に求婚を遮った私に驚いているのでしょう。


 今夜の私の目標は二つありました。一つは想い告げること。もう一つは出来れば自分から告げること。クラウド様からは何度となく告げられていますからね。今夜だけは、と思いました。ちょっと強引ですが成功です。

 いえ、本当は自分から会話を誘導すべきなのですが、そっちの方向へ持って行くのは凄く苦手です。男性が女性を守る習慣のあるセルドアでは男性から告るのが常識ですから余計に難しいのです。


「クリス。君は……」

「クラウド様からは何度も仰って頂きましたから」


 厳密な求婚とは言えなくとも、想いを告げられた数を数えたらキリがないですからね。


「しかしこういうことは男から告げるのが普通だろう? というか私にも意地がある。告げる役は譲って欲しかった」


 その気持ちはなんとなく解ります。だけどこれは譲れないのです。


「クラウド様の気持ちに応えただけではなくて、私が私の気持ちとしてクラウド様の傍に居たいとお伝えしたいのです。だから譲れません」

「クリス君は本当に――――」


 驚いたように沈黙したクラウド様の顔が、徐々に笑顔へと変わって行きます。そしてクラウド様の口が開きかけた瞬間を狙って私はもう一度告げました。


「私を妃にして下さいますかクラウド様」


 月明かりが無くとも判る程綺麗な赤を宿した瞳。初めて見た時から見惚れる程綺麗だったその瞳には間違いない強い愛情が浮かんでいます。


「勿論だクリスティアーナ。愛している」





2015年11月中は毎日零時と十二時に更新します。

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