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側妃って幸せですか?  作者: 岩骨
第四章 恋する二人
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#84.初恋

「クラウド様!」


 決着がついたので本当は駆けて行って抱き付きたいのですが、何気に見て居る人が沢山いるので自重します。……抱き付きたいとか平気で思うようになりましたね。まああとは結婚するまで耐えるだけですけどね。主にクラウド様が。


 舞台上のクラウド様の所まで少し早足で歩いて行きますと、面を取ったクラウド様はそれはもう強い愛情の籠った優しい瞳で私を見詰めて来ました。そしてなんとも言えない嬉しそうな笑顔を見せるのです。


 返事が欲しいのですね。解りますけど、もう少し待って下さい。


「アントニウス様」


 私とほぼ同時に観客席を降りて来ていた一人の少女。優しい顔つきで長い黒髪が綺麗な美人さんが、仰向けに倒れたままのアントニウス様を心配そうに覗き込みました。


「ローザリア。済まなかった」


 ローザリア様にはちゃんと想いが育っていたということでしょうか?


「いいえ。わたくしもすっきり致しました」


 すっきり? ……まだ返事はしてないのですが決闘前のやり取りで充分ということでしょうか? まあ直接私達のやり取りをご覧になったのは当然初めてでしょうから、それで満足というのも解らなくはありませんが……なんともやりきれませんね。


「随分と待たせてしまって本当に悪かった。これで後腐れなくイブリックに帰れる。そして胸を張って君を迎えることも出来る」

「アントニウス様の初恋だったのでしょう? 忘れられないのも無理はありませんわ」


 やはりアントニウス様は気付いていないようですね。すっきりの意味に。

 それにしても、アントニウス様の初恋が私なのですか? だとしたらいつなのでしょうか? 去年初めて呼ばれた時だとしたらアントニウス様は15歳です。遅くありません?


「去年じゃないぞ」


 え?


「三年前だ。あの時は一度も会話していないが」


 三年……イブリックに行く前ですね。ということは、アントニウス様の侍女ルル様を訪ねた時。


「私は顔を合わせた覚えがないのですが」

「だろうな。私も横顔しか見た覚えがない」


 横顔で初恋して三回会っただけで決闘……イブリックが心配になって来ました。


「それはいくら初恋でも暴走し過ぎでは?」

「また見当違いの事を考えているねクリス。母上を綺麗だと絶讚するくせに自分の顔は怖いとか言うからね。君は少し自分の魅力に自覚を持った方が良い」


 いえいえお兄様。怖いモノはどう見ても怖いですよ?


「初恋がいつかなどどうでも良い。問題はこれからだ。

 アントニウス様。謝った程度で今までローザリアにして来たことを大目に見て貰えると思っているなら私は父に破談を進言するが?」


 クラウド様がアントニウス様を威圧しています。


「ふー。悪いが起こしてくれないか?」


 アントニウス様が頼んだのはお兄様です。お兄様は無言でその言葉に応え、アントニウス様はお兄様に肩を支えて貰いローザリア様の前で跪いた形になりました。


「ローザリア。私は誓う。生涯君を愛すると。幸せにするとここに誓う」


 それはシンプルですが想いの籠ったプロポーズでした。


 想いを告げたアントニウス様の右手がゆっくり差し出され――――躊躇なくその手に自らの白い小さな手をのせたローザリア様。


「ありがとうございますアントニウス様。わたくしは貴方にこの身の全てを捧げたいと思います」


 その返事は想像以上に強くはっきりしたモノでした。


 初恋が終わって数分後のことだと思いますが……ローザリア様もクラウド様と同じように責任感が強い方なのでしょうかね? 初めて一対一で話したのがつい先程なのでまだまったく分かりませんが、なんだかローザリア様の人物像が掴めなくなって来ました。






 闘技場にアントニウス様が現れて直ぐ観客席に来たローザリア様。クラウド様が来るまでの僅かな時間でした会話は私が思った以上に濃厚なモノでした。


「こんなことになってしまって申し訳ございませんローザリア様。もっとしっかり断って置けば良かったのですけど……」

「貴女は悪くないわ。アントニウス様が暴走しているだけよ。それにアントニウス様も理解しているのだと思うわ。諦めなければならないと」


 だからといって決闘は異常です。本来なら死ぬまで終わらないモノですよ?


「不安ではないのですか? クラウド様が負けたりしたら……」


 下手をすれば、私が第二夫人として迎えられてしまいます。


「第二夫人が入ることはそれほど嫌ではないの。そもそもそういう制度が無かったら私は存在していないわ」


 あ。全然そこに考え至っていませんでした。私もまだまだですね。


「とすると何故……。

 アントニウス様は、アントニウス様の私への想いが原因だと仰っていましたけれど、第二夫人に忌避はないと仰るならローザリア様が――――理由にはなりませんよね?」


 引きこもった理由はなんなのでしょうか?


「……誰にも言わない?」


 ……それは内容に寄りますが、ここで聞かない限り話して下さらない気もします。


「何故私にお話する気になったのでしょうか?」

「話す気になったと言うより、貴女には話したいし貴女以外には話したくないの」


 へ? 詰まり私が関わっているということでしょうか? やっぱりアントニウス様の想いが原因なのでしょうかね。否定はされていませんが……ここは素直に約束して訊き出して置きましょう。仮に裏切る事になったとしても心配の種は排除しておいた方が良いと思います。


「解りました。誰にもお話しませんから教えて下さい」


 ローザリア様はじっと私の眼を覗き込んだあと、夜空に浮かんだ真ん丸のお月さまを見上げてゆっくり語り始めました。


「わたくしがジークフリート様の従妹なのは知っているかしら?」

「はい」


 クラウド様と一歳しか変わらないので忘れがちですが、ローザリア様は先の王弟殿下のお子さんですから当然ジークフリート様とは従兄弟同士です。……それが引きこもりと関係あるのでしょうか?


「詰まり同じ王族とは言えクラウド様とは結構離れているの。母上がセルドアの平民でレイテシア様がルダーツ出身だと考えると余計に離れているように感じてしまうわ」


 詰まりクラウド様とは血の繋がりが薄いと? ……まだクラウド様がローザリア様を軽んじていると思われているのでしょうか?


「だからと言って言い訳にもならないけれど――――」


 言い訳ですか?


「わたくしは恋をしたの。他ならぬクラウド様に」


 え?


「クラウド様に?」


 ついそのまま聞き返してしまいました。ああでも、それで私にだけ話したいというのも合点が行きますし色々と辻褄が合いますね。


「ええ初恋。学院でクラウド様はわたくしだけに紳士だったものだから実ったのかと思ったわ」


 よりによって初恋ですか。罪な男ですねクラウド様。まあクラウド様は身内には紳士ですからね。レイテシア様やレイフィーラ様をエスコートする場面を見るのは珍しくありません。でも身内とは言え年頃の女の子を気易くエスコートなどしてはいけません。実の兄弟なら兎も角この国でも従兄弟同士なら結婚出来るのですから。


「でも、貴女がクラウド様の侍女になってそれが間違いだと直ぐに気付いたわ」


 ……私何かしましたか?

 ローザリア様とはクラウド様を中等学院に見送る時に顔を見る程度でした。しかも、社交で抜けてしまう時クラウド様は別の馬車に乗って行きましたから一緒の方が珍しかったのです。特に何かすることもされることも無かったように思いますが……。


「クラウド様が貴女に向けている視線は本当に優しかったわ。凄くね。貴女が大事なのだと直ぐに解ったけれど、とてもショックだった。クラウド様と結ばれるなどあり得ないのに馬鹿な女ね」


 クラウド様は他人の目があるところでそういう態度はとりませんので、これはたぶんローザリア様が恋をしていたから気付いたことなのでしょう。ただ――――


「そうでしょうか?」

「え?」

「私はローザリア様が馬鹿な女だとは思いません」


 自分でどうにかなるのなら、私はもう疾うに辞表を出して王宮を去っているでしょう。どうにもならなかったから私は今ここにいるのです。


「メリザント様の事件を体験した私にとっては足枷以外にはならないのが側妃です。恋していなかったらクラウド様から逃げ出していたのは間違いありません。それぐらいどうにもならないモノが恋だと思います。もし、その心を自分で操れるのならそれは恋ではなくて他の別のものではないでしょうか?」


 私にとってあの事件は暴走した側妃の象徴なだけであって、本当に嫌なのは別の部分ですけどね。まあ、誰に嫁いでもそういう部分はあるのですが、「もし自分の子供が王位を望んだら」それを考えずに側妃になることは出来ません。「仮に望んだとしても諦めさせる」その覚悟なしに側妃になるわけにはいかないのです。


「メリザント様の事件……」


 ローザリア様はぼそりと呟いて考え込みました。外から見たらあの事件は「側妃が怖くなる理由」としては充分ですからね。説得力はあると思います。


「クリスティアーナさん。――――貴女はクラウド様が好きなのね?」

「はい。大好きです」


 全く躊躇なく言えてしまいましたね。もうその積もりでいたので良いのですが……言ってから恥ずかしくなって来ました。


「それを聞けて良かったわ。ありがとう」


 月明かりに照らされたローザリア様の笑みは優しく、とても綺麗でした。




2015年11月中は毎日零時と十二時に更新します。

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