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側妃って幸せですか?  作者: 岩骨
第四章 恋する二人
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#83.月下の決闘

 奇しくもその夜は満月だった。月の色に似た髪を持つ絶世の美女の運命が決したその夜は。


 時刻は深夜。セルドア王国王都エルノア。

 その北に位置する王宮の歴史は古く、現存する最も古いこの建物は建築から裕に千年の時が経過している。当時まだ王都の貴族街の一角であったこの場所に建てられたのは、闘技場。今では近衛騎士の鍛練場と化した建物ではあるが、嘗ては、多くの奴隷達がその生涯を閉じた狂乱の宴の舞台であった。


 全体を覆っていた屋根はなくなり客席の一部と舞台を残すのみとなったその闘技場に、一人の男が現れた。面を脇に抱えた鎧姿のこの国の王子だ。

 ゆっくりと歩く王子が舞台の手前まで出て来ると一人の少女が駆け寄った。その少女は濃紺のお仕着せを纏った王子の侍女だ。彼女は男の傍まで来ると声を掛けた。心配を孕んだ小さい声で。


「クラウド様」


 金髪の侍女が声を掛けると銀髪の王子は振り向き笑顔を見せる。愛しい人以外には向けないその優しい笑みで、侍女の顔に浮かんでいた不安が若干和らいだ。しかし、侍女のその青い瞳にはまだ充分に大切な人を憂う気持ちが浮かんでいる。


「私はそんなに信用ならないか? 心配するな。必ず勝つ」

「勝負は時の運とも言いますから」


 王子は首に掛けた細い鎖を引っ張り上げた。鎧の中から引き上げられた鎖の先には、小さな青い宝石の付いた指輪がくくり付けられている。


 それを見た侍女は少しだけ笑顔を見せる。だがやはり不安が勝っているのだろう、直ぐに心配気な顔に戻ってしまう。――まさかこんなことになるとは――そう思いながらも、今はただ勝利を願うしかない。生涯を捧げると誓った相手の勝利を。


 そんな愛しき侍女を見て王子は苦笑いを浮かべる。――負ける気などさらさらない――そう思いながらも自分を心配してくれる侍女を嬉しく思って。


 何かに気付いたように侍女の胸元に手を伸ばした王子。既に舞台上に居る対戦相手がそれに気付いて怒気を放ったが、王子はそれを無視して侍女の首から下げられた宝石に触れた。プレゼントして以来この一ヶ月半一度も着けていなかったそれを見て、王子は決意を新たにする。


「着けて来てくれたのか」

「はい。その……証ですから」

「今指輪も準備しているもう少し待ってくれ」

「ありがとうございます」


 侍女の迷いのない返事を聞いて満足そうな笑みを浮かべた王子。そして決意を口に出した。


「クリス。他の誰にも君を渡さない。他でもない君の幸せの為に」


 少し驚いたあと、泣きそうに成りながら王子へと笑顔を向ける侍女。彼女は王子の想いに応えようと口を開き、


「私――――」

「応えはあとで良い。あいつに勝ったあとで」


 舞台へと踵を返した王子にそれを阻まれた。


 王子は魔法の灯りに煌々と照された舞台の中央へとゆっくり歩いて行く。――誰が相手だろうと関係ない。私は勝たねばならない。他でもないクリスを泣かさないために――そう思いながら。


「……クリス嬢が貴殿に想いを寄せているというのは本当だったのだな」


 対戦相手が王子に声を掛けた。負ける相手と解っていて何故こんな真似をしたのか。彼の本心を知る者は今この闘技場には彼以外に一人しかいない。


「クリスもそう言った筈だ」

「私を避ける為の嘘。そう考えていた」

「彼女を信じないで彼女が欲しい? 笑わせるなアントニウス。クリスは嘘が下手だ。そんなことすらお前は知らない」


 普段なら敬称を付けて呼ぶ相手の名を敢えて呼び捨てにした王子。――ここは一人の男として対峙する――そんな気持ちを込めて。


「決闘することが決まっているのですから、問答は不要でしょう。二人共剣を私に」


 審判として二人の間に立つ侍女の兄が割って入った。その求めに応じて己の剣を長身の美男子に託した二人。


「良いでしょう」

 

 渡された剣の刃が磨がれていないことを確認し二人に剣を返した審判は告げる。


「勝負は剣のみ。魔法を使った時点で負け。判定は明らかな戦闘不能となるか、どちらかが負けを宣言した時のみ。良いですね」

「解った」

「了解した」

「では面を」


 決闘の正式な作法では神に誓う儀式であるが、正式な決闘はどちらかが死ぬまで終わらない。そんな方法を取るわけにはいかない。


 彼は知らないのだ。


 二人が二つの国にとって大事な人材であるから決闘の法式がこうなったと考えているから。


「始め!」


 月下の決闘の勝敗は、それを知っているモノと知らないモノで、既に決している。




 ◇◆◇◆◇◆◇◆




 アントニウス様の気持ちがそこまで強いモノだと考えていなかった私にも問題はありますが、決闘なんて申し込むアントニウス様は異常です。そして、結果それを受けてしまうクラウド様はもっと異常だと思います。


 本当にこんなことってあるのですね。物語の中の事だと思っていました。


 一人の女性を争って決闘するなんて。しかも争っている女性が私で、よりによって二人とも本物の王子様。

 いえ、私がどこぞのお姫様で、それこそレイフィーラ様みたいに可愛らしかったりシルヴィアンナ様みたいに別格な美人さんだったら解ります。でも……私の顔を良く見て下さい二人とも。どう見ても怖いでしょう? お母様のお陰で遠目でみれば美人かもしれませんが、こんな能面顔の何処が良いのでしょう?

 まあ顔だけで人を好きになるわけではありませんが、身近に居るクラウド様は兎も角アントニウス様はいったいどうして私の事を好きに成ったのでしょう? まともに会話したの三回ですよ?


 そして受けたは良いけれど私とクラウド様の仲は基本的に秘密にしなければなりませんから、深夜、事情の知っている人のみが見ている状況で決闘が行われる事になったのです。だから多少贔屓目の可能性があるお兄様が審判になって「納得するまで戦う」というルールになりました。


 そもそも、アントニウス様には私をどうこうする権利が全くないので、仮に勝ったとしても私に対する拘束力はないのですけどね。ただ道義としてクラウド様は身を引く事になりますから二人が引き裂かれるのは避けられないでしょう。


 でも私は心底アントニウス様には興味が持てないのですよねぇ……。


 と、まあここまでは、有り勝ちな物語の展開に何故か巻き込まれています。という話なのですが、普通この展開なら多少なりともクラウド様が苦戦して私がドギマギするというのが大筋だと思います。しかし実際は────


 一方的です。相手になってません。誰が見てもそうとしか見えません。


 初手こそ間合いを伺って大きく仕掛けて行かないクラウド様と、積極的に仕掛けるアントニウス様で撃ち合う場面が見れました。

 しかし、少ししてクラウド様の強烈な一撃が一度入った後は、なんとか立っているだけのフラフラなアントニウス様が大ぶりな攻撃を仕掛けると、それを余裕で躱したクラウド様が明らかに手加減をした一撃を入れる。そんな状況の繰り返しになっているのです。


「もう降参したらどうだ? 疾うに負けはみえているだろう?」


 敢えて大きな声を出したのでしょうか? クラウド様のその声は観客席の私にもハッキリ聞こえました。


「ふっふ。随分甘ちゃんだなセルドアの王太子は」


 舞台の上の声は客席に響く造りになっているようですね。どう考えてもアントニウス様の声は大きく無いです。


「甘ちゃんか……そうかもな」

「フッ!」


 力なく振るわれた剣を余裕で躱したクラウド様が横から蹴りを入れると、アントニウス様は抵抗できずに横に転がりました。舞台に仰向けに転がされたアントニウス様は全くと言って良い程動きません。気絶するような威力の蹴りではなかったと思いますけど?


「もう良いだろう」

「まだだ。私は戦闘不能などではない」


 殺気も怒気も逆に同情的な感情も込められていない無機質なクラウド様の声に、舞台に仰向けになったままのアントニウス様が応えました。口以外全く動かいてないので説得力のない言葉です。


「だったら攻撃して来い」

「お前がな。寝ている状態の相手に攻撃してもルール上問題無い。気絶でもなんでもさせれば良い」


 確かにその通りですが流石にそれは……。


「アントニウス。お前はやはりクリスを知らない」

「碌に接触出来なかったのだから仕方あるまい。お前が命じたのではないのか?」


 うーん。命じられてないわけではありませんが、そうでなくても近付かなかったでしょうね。


「この決闘のルールが何故こうなったか解るか?」

「お前が甘ちゃんだからだろう?」

「違う。クリスが悲しむからだ。例え死ぬのがお前でも」


 クラウド様……。


「……私の負けだ」


 力なく告げられたその言葉で、月下の決闘は幕を閉じました。



2015年11月中は毎日零時と十二時に更新します。

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