#81.意地悪な王子様
ケイニー様の結婚式は素晴らしくて、最後はお姉様と一緒にボロ泣きしました。ハンカチを沢山持っていて正解でしたね。リシュタリカ様は泣いてはいなかったようですが感動していたのは間違いありません。まあ正確には結婚披露舞踏会の最後の両親へのスピーチですけどね。この形式は何故か前世と共通です。
ケイニー様はお別れの時「次はミーティアでしょう? 絶対呼んでよね」と元気に言っていました。来年もこの時期に会うことが出来る筈です。まあ妊娠する可能性が充分ありますから、出られないかもしれませんが、その時はその時で何らかの形で会う機会があるでしょう。
ただ気になったのが、「実際はクリスの方が先かも」とリシュタリカ様が呟いていたことです。まあ自分達で許可を出しますから貴族より王族の方が手続きが早いのは確かなのですが……否定出来ない自分がちょっと怖いです。
それは兎も角として、帰りの馬車ではお姉様と共謀してリシュタリカ様に猛攻を仕掛けました。残念ながら成果は上がりませんでしたけど。
リシュタリカ様は今のところ全くその予定もなく気になっている男性もいないようです。縁談はある程度来るそうですが容赦なく切り捨てているようですね。まあそれに関しては他人の事は言えませんけどね。だいぶ落ち着きましたが私も切り捨てていますから。
リシュタリカ様は本当に美人さんなので、余程の問題を起こさない限り結婚したいと思えばいつでも出来る気もしますが、リシュタリカ様ももう十九です。貴族は二十一歳を迎えてしまえば晩婚と言われてしまいますからね。したくないなら仕方がありませんが、実家と上手くいってないリシュタリカ様ですから……大丈夫ですか?
本人がそれを気にしている様子が一切ないので様子見ですが、リシュタリカ様にも幸せになって欲しいですね。
王太子となったクラウド様の秘書はケブウス様と私だけというわけにはいきません。侍従と侍女合わせて五人体制になりました。新たにクラウド様に付いたのは、クラウディオ様に付いていた壮年の侍従ルイサット様と、クラウディオ様付きだった侍女で侍女次長の一人、アビーズ様。そして去年二年遅れで侍女となった――――
リーレイヌ・ゼオン様です。
イブリックでの人質生活一年目の四月。私のところに後宮から手紙が届きました。概要は「リーレイヌ・ゼオン子爵令嬢が侍女見習い復帰を希望しているからどう思うか返事が欲しい」というモノで、メリザント様がリーレイヌ様に下した命令の詳細が添えられていました。
国家機密では? と思いながらも「リーレイヌ様は命令されなければあんなことをしたとは思わない。復帰に反対はしない」という返事を書きました。
そして結論として、リーレイヌ様は一昨年侍女見習いを修了して去年から後宮で侍女として働いていたのです。
今回クラウド様付きになったのは少し驚きましたが、男性側は兎も角、後宮官僚で彼女の事を「問題を起こし兼ねない」と見ている人は今いません。
というのも、私はてっきり武官希望の侍女見習いとして復帰したのかと思っていたのですが、彼女は侍女見習いの激務をこなしながら武官としての鍛錬を積んでいたそうです。今も侍女として働きながら後宮武官としての訓練も積んでいるのですから、それを生で見ていてリーレイヌ様を認めないのも難しいでしょう。
私はそれ程接触機会がありませんでしたが、クラウド様付きになってからは毎日顔を合わせますしそこそこ仲良くやっています。そして当然、私とクラウド様が親密なのは良く、どころか、ひじょ〜に詳しく知っている一人ですね。ややもすると「私に相談されても」と言われるぐらいです。
いえ、流石に相談はしていません。ただ、「どう思うか」は訊いたりします。
ん? それって相談ですかね?
どちらにしても、私がどう考えているかまでバッチリ知っているのがリーレイヌ様です。
夕方、九連休から王宮に戻った私が王太子の間に向かうと、リーレイヌ様にこんなことを言われました。
「クリスティアーナ様が戻りましたら桔梗殿の裏庭に来るようクラウド様が仰っていました」
私の方が階級が上なのでリーレイヌ様が敬語なのです。これはずっと慣れないでしょう。それは良いとして桔梗殿の裏庭とは例の大きな池の在る庭のことです。
大事な話でしょうか? でも今更……思い付きませんね。
と、思いながらも、私は直ぐに桔梗殿の裏庭へと踵を返しました。大体夕方に帰城することは伝えてありましたからそう長い時間待っていたわけではない筈ですが、早足になっていたのは自分の心中故なのでしょうかね?
「クラウド様!」
庭の入口で淡い灰色の軍服を着て木剣を振るクラウド様を見付け、遠目から声を掛けてしまいました。
「クリス」
振り向いて笑顔を見せたクラウド様に思わず胸が高鳴ります。たった九日会わないだけで、こんなに嬉しいとは思いませんでした。ダメです。頬の筋肉が一切言うことを利きません。
自然と笑顔になってしまう自分に驚きながらも少し早足でクラウド様に近づくと、木剣を近くで控えていた近衛騎士アブセル様に預けたクラウド様が早い歩調でこちらへ歩いて来ました。そしてそのまま――――
「無事で良かった」
すっぽりと抱き締められました。
「クラウド様?」
……決して欲情しているとは思えないので拒否し難いです。恋人ならありですか? うーん、全く嫌ではありませんが、ちょっと行き過ぎですか?
「会いたかった。思っていた以上に寂しかった」
ゴツゴツはしていないのに逞しい私を抱き締めるクラウド様の腕。その腕に更に強い力が籠りました。私に出来るのは辛うじて動く手をクラウド様の胸板に添えるだけです。
そのまま暫くして、
「ゴホン」
アブセル様の咳払いで、クラウド様は私を解放してくれました。
「済まない」
「いえ」
一歩離れた私達はお互いがお互いから目を逸らして顔を赤くしています。物凄く恥ずかしいです。途中からアブセル様の存在を忘れていました。
「まあ殿下なら大丈夫でしょうが、クリス嬢とはまだ婚約もしていませんからね」
「分かっている。それに普段のクリスならこんなことはさせてくれない。ここが桔梗殿の裏庭だからだ」
確かにその油断はありましたが、単純に受け入れてしまった部分もあります。マズイです。色んな意味で。
「どうせ時間の問題でしょうし、まあいいでしょう」
……アブセル様までそういう認識ですか?
「では行こうかクリス」
「はい」
クラウド様のエスコートする仕草を見て、私も空かさず手を添えました。
散歩は散歩で普通に二人の会話を楽しんだのですが、クラウド様が本題に入ったのは、部屋に戻り晩餐を済ませたあとのお茶の時でした。因みに晩餐も二人きりでしたよ?
「これをクリスに渡したかったのだが、庭に持って行くのは邪魔だったのだ」
そう言って王太子の間の豪奢なソファーテーブルの上に置かれたのは、
「宝石ですか?」
……大き過ぎませんかこの宝石箱。絶対指輪ではないですよね?
「前に言っていただろう。クリスがクリスの気持ちを示す証が欲しいと。それを付けていてくれれば私も嬉しい」
宝石箱を一目見た瞬間からそれは思い立ちましたけど……。あ、因みにクラウド様は就寝時と入浴時以外ずっと私の贈った青い宝石の付いた指輪をしてくれています。
「開けて良いでしょうか?」
「ああ勿論」
三十センチ四方はあるその赤い宝石箱。恐る恐るその蓋を開けると、
――やっぱり――
中に入っていたのは特大の赤い宝石の付いたネックレスでした。宝石は一個だけですし、他の意匠のないシンプルなネックレスなのに上品さがある辺り、クラウド様のセンスの良さを感じさせますが……。
「少し大き過ぎる気もしたのだが、女性ならそれぐらい身に付けるだろう?」
いえ、確かに多少着飾る時なら最適ですし、他のアクセサリーとも合わせ易い思いますけど……。
「ありがとうございますクラウド様。とっても嬉しいです」
礼を言わないわけにいきませんし、実際とても嬉しいのです。しかし、クラウド様。満足そうな笑顔をしていますが肝心な所が抜けていますよ?
「でも、これは流石に侍女として普段身に付けるわけにはいきません。目立ち過ぎます」
欲しいのは普段身に付けられるモノなのです。
「あ!」
気付いてませんでしたね。
「……あ〜あ」
物凄く落胆していますね。下を向いて項垂れてしまいました。慰めた方が良いですかね?
「落ち込まないで下さい。これはこれで凄く嬉しかったですから」
ってあれ? もう一つ寄越せと言ってしまった気がします。
うぅ。クラウド様が黙ったままです。……もうこうなったら多少は覚悟の上です。
「ミスは誰にでもありますから」
対面のソファーから少し身を乗り出してクラウド様の頭を撫でました。クラウド様は少し身体を硬直させしましたがそのまま私の手を受け入れてくれました。
慰めになってますか? 私は凄く落ち着くのですけど。
暫くそのままでいた二人。数十秒経って頭を上げたクラウド様は、
「クリス。君は案外簡単に男を受け入れてしまう女だったのだな」
黒い笑みを浮かべていました。その言い方酷い!
「私を身持ちの悪い女性みたいに言わないで下さい!」
「なら何故あれ程簡単に抱かせてくれたのだ」
だから何ですかその言い方! 意地悪です!
「……クラウド様だからです」
「ん? なんだって? 声が小さくて聞こえない。もう一度言ってくれ」
うぅ。何故かとっても意地悪なクラウド様です。
「相手がクラウド様だからです!」
「ああ、私もクリス以外にあんなことをしたいとは思わないよ」
向けられたその優しい笑顔に完全に見惚れていたのは、今のところ秘密です。
……なんだろうこの敗北感。
次回 2015/10/31 0時更新です。




