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側妃って幸せですか?  作者: 岩骨
第一章 侍女見習い
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#7.王家の愛妾

「離されて少し寂しいですが元気ですわ」


 後宮に住む子供は男の子でも女の子でも6歳になったら親から離されて別の部屋で過ごします。それから男の子は、10歳になる前に後宮を出て王宮の居住区に移動する規則です。まあ6歳未満は同じ部屋で暮らしてるとは言っても、寝室は別だったりしますけれどね。ベニート様は丁度6歳の筈ですからお別れしたばかりでしょう。


「ああでも――――」


 モイラ様はそこでタメを作って流し目をしました。キメ顔ですか?


「殿下が癒して下さいますからそうでもありませんわ」


 ――ピキリ――


 温かい筈の今日の薔薇園ですが、鳥肌が立つぐらい寒くなったのは気のせいでしょうか?


「そうですか。しかし殿下はお忙しい方ですから、ご無理なさっていなければよいのですが」


 いつもは高い透き通った声が今は低く尖っています。怖いですよレイテシア様。


「不肖の身ではありますが、わたくし殿下を癒す術ならば心得ております。その点お忙しい妃殿下の気を煩わすような事は致しませんわ」


 モイラ様に全く引く気は無いようです。というか……生々し過ぎます! 何でレイフィーラ様と再会して初日にこんな修羅場を見なくてはいけないのですか!


「殿下はお優しい方ですし、言葉になされても本心が別の所にあることが良くありますわ。お心を素直に出して頂ければご負担も少しは軽くなるでしょうに……。

 殿下にお気を遣わせるようなことは王太子妃として慎むべきだと思いませんかモイラ?」


 言外に孕んでいる言葉が凄く毒々しい気がします。いえ、毒々しいですね。間違いなく。


 そういえば、貴族に愛妾が居るとは良く聞きますが法的には赤の他人だった筈です。王族は側妃が許されているのに愛妾はどういった立場なのでしょう?


「……それはわたくしの意見するような事ではありませんわ。敢えて申し上げるなら、殿下のお心は殿下が決めるのであって周りがとやかく言う物ではありませんわ」

「そうね。殿下の心も貴女の心もわたくしにはどうにも出来ないわ。でもわたくしは王太子妃で己の職務は全うしなければならない。貴女が貴女の職務を全うしているように」


 職務? 素直に受けとると愛妾は仕事だと言っているようにも聞こえますが……モイラ様の顔が盛大に歪みました。妃殿下が彼女を侮辱したことになるのでしょうか?


「母子の時間を奪うのは無粋ですわね。わたくしはお暇させて頂きますわ」

「気を使って貰って悪いわね。久しぶりに話が出来て良かったわ。ごきげんようモイラ」

「わたくしもです。ごきげんようレイテシア様」


 モイラ様は怒っているというより悔しそうな顔で去って行きました。妃殿下を含め皆から音無きため息が漏れたようです。一人を除いて。


「フゥ。怖かった」

「ミーティアさん。思っても口に出さない」


 モイラ様が見えなくなると、つい、と口に出してしまったミーティア様。それをポーラ様が窘めます。ただ、そのちょっと微笑ましい光景を意外な人物が再び壊します。


「ああもう! なんなの!!」


 ヒステリックな高い声を上げたのは、長い銀髪が美しい女性、レイテシア妃殿下御本人でした。






 主が庭を散策している時の侍女の仕事は、基本的に見守っているだけです。私達の場合はレイフィーラ様とキーセ様が居るので少し流動的ですが、それでも見守っているだけであることに変わりはありませんでした。


 私以外は。


「驚いたわ。レイフィーラ様があんなに懐くなんて」


 そう言って私に笑い掛けたのはレイテシア様付き侍女の一人のナビス様です。黒髪が素敵なアラサーの美人の彼女は、副班長で実質リーダーに成っている事が多いです。ポーラ様は侍女次長の職務で忙しいので一緒に居ない事がザラに在りますからね。


「レイフィーラ様って人見知りなさる方なのですか?」


 そんな印象は一切ありませんでしたよ? まあ、レイフィーラ様との出会いはかなり特殊ですから私に人見知りしなかったとしても不思議ではありませんが、私の印象はちょっとお転婆で元気なお姫様だったので少し意外です。


「そうよ。私達も最初は距離を置かれてたわアニシャだって最近だったわよね? レイフィーラ様と普通に話せるようになったのは」

「2年近く掛かりました」


 アニシャ様は14歳。2年先輩の侍女見習いです。魔法学院の受験を予定しているそうです。


「私には全然お話して頂けませんでした。寧ろ避けられてたぐらいです」


 少し拗ねたように話すミーティア様。流石に避けられてはいないと思いますよ?


「人見知りなさるだけで、素直な方だから大丈夫よ。そのうち打ち解けられるわ」

「はい」


 ナビス様が微笑みながらお話しても、ミーティア様の返事は不安いっぱいでした。


「ミーティアさんはもっとはっきり返事をした方が良いね。ちゃんと伝わっているか指示をした方が不安になるわ」

「畏まりました」


 一応はっきり返事をしたミーティア様ですが……その返事は微妙に意味が違う気がしますよ?


「……まあ良いわ。夜の連絡会は終わりです。何か質問は?」


 私と同じような考えを持ったのでしょう。ナビス様は少し考えて様子見することにしたようです。


「……あれってどういうことですか?」


 質問しようか迷いましたが訊くことにしましょう。解らないままだと粗相をしてしまうこともありますからね。質問して掻く恥よりしないで掻く恥の方が大きいとも言いますし。


「ああ、あんなの信じてはダメよ。ウソなんだから」


 嘘ってどの部分ですか?


「嘘なんですか?」


 驚きを孕んだ声を上げたのはミーティア様です。怖がっていたのに随分と食い付きますね。


「証拠はないけれどまず間違いなく嘘よ。ベニート様がお産まれになってから殿下がモイラ様の所に渡られたのは数回だわ」


 証拠はないと言う割には随分とはっきり仰いますね? 因みに国王陛下と王太子殿下以外の男性は、王族ですら後宮に渡るのに許可が要ります。奥さんの所に行くのに許可が要るって厳し過ぎですよね。


「それも気になったのですけれど、もっと気になったのは「職務」ってどういうことかなって」

「貴女は本当に頭が良いのね。うーん。子供に聞かせるような話ではないのだけれど……」


 ナビス様は考え込んでしまいました。


「教えて下さい。子供ですけれど私は皆と一緒に働く侍女見習いです」


 そう言って私はナビス様の目を見ます。彼女は数瞬迷うように目を揺らし、


「分かったわ。話しましょう」


 話すと決めて下さいました。






 後宮は税によって賄われています。そして、国の税をどう使うか最終的に決めるのは国王陛下です。どちらも当然の話ですね。中央で大臣を勤める貴族でも国の予算を執行するには最終的に国王の認可が必要です。勿論、各省庁で遣り繰りすることは出来ますがそれは飽くまで認可の範囲内でのことです。

 しかし、予算の割り振りだけを決め、国王の認可無しに予算を執行出来る部門が二つあります。一つは魔法学院。此処の予算の決裁権を持っているのは王太子殿下です。そしてもう一つが、


 後宮です。


 後宮の決裁権を持っているのは当然王后陛下、正妃様です。と此処までは私も知っていた話で、だからこそ、侍女見習いという制度が女性の出世街道だと思ったわけです。って話が逸れてますね。


 先程申し上げた通り、後宮の決裁権を持っているのは正妃様なのです。予算を握っているということがどういうことか解りますか? そう、人事権も握っているということです。当たり前ですよね。給料払わないなら雇っていることになりませんし。


 そして重要なのが、愛妾の立場です。勿論公的な、後宮に於ける愛妾は、


 特殊侍女


 と名付けられている、官僚と呼ぶと分かり難いですね。要は国家公務員なのです。一部とはいえ予算を握っている人間が公務員一人を首に出来ない筈はありません。詰まり「職務」とは本当に「職務」だったということです。


 女性としては極めて複雑な心境だと思いますが、それで国が荒れたりすることもあるので「仕方がない」と思ってしまった私は冷たいのでしょうかね? そもそも愛があるのか疑問を挟む余地が多分にあるので、結局の所ケースバイケースですね。


 ただはっきり言えることは、


 私は嫌です。


 王族に恋したりしないように気を付けなければなりませんね。あ、私は一応貴族令嬢なので妾ではなく側妃になるのでしょうか?





次回 2015/09/08 12時更新予定です。


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