#78.求婚
王位継承式に集まった賓客の大半が式の翌日には帰途に着きましたが、親族が留学生や人質がとして王宮で暮らしている一部の賓客等は、数日の間王宮の迎賓区に残こる予定になっています。その一人が、他ならぬイブリックの大公ハドニウス様です。
ただ私には、と言うか女性には、ハドニウス様に対する「接近禁止令」が出されていますから、大公様と口を利くことは出来ません。もっと言えば、近づいたらクラウド様に何を言われるか分かりません。なんだかんだで束縛の多い人ですから。
え? 嫌ではありませんよ?
上森さんは全く違いましたが、玲君も相当束縛の強い人でしたからね。ただ理解しないで実行していた自分が今でも恥ずかしいです。「男の番号は全て消せ」とか。「自分から男に挨拶なんかするな」とか。結果的に杏奈さんから玲君に雷が落ちてましたけど。
話を戻しましょう。ハドニウス様は男性に丸投げしたわけですが、アンリーヌさんは事件がショックで男性に近づけない状態にあるようです。幸い後宮の侍女ですから、取り敢えずは普通に生活出来ているようですね。この先リハビリの必要はありますが、彼女の場合は時間を掛けて慣らしていけばなんとかなると思います。
問題は、ハドニウス様に対して忌避感を爆発させたローザリア様がまたもや引きこもり作戦に出たことです。クラウド様曰く「私の配慮の無さが原因」だった前回と比べると今回は非常に深刻です。
何せ、ローザリア様の嫁ぎ先であるイブリック公国の最高権力者がハドニウス様なのです。不安になって当然です。いえ、不安どころではありませんね。心配している状態でしょう。
当然放って置くわけにはいきませんので後宮官僚も王族の方々も色々と動いていますが、ローザリア様のケアをするのにはどうしてもこの人の協力が欠かせません。舅に幾ら問題があろうと旦那様がしっかりしてれば良いのですから。
この人とは他でもない。アントニウス様です。
「……今のところ何故私が呼ばれたのか解らないのですが、まさかお茶をする為にわざわざ仕事中の私を呼び出したわけではありませんよね?」
居住区では今、クラウディオ様が離宮に、ジークフリート様が王の間に、クラウド様が王太子の間に引っ越している真っ最中なのです。更には、王弟も引き継ぎがありましたしから前王弟クラウザード様の系譜も離宮に引っ越しますし、後宮でも当然同様の引っ越しの最中です。
詰まり、王宮は今とても忙しいのです。その上でローザリア様の問題が発生したわけですから下らないことで呼び出しをされたら幾ら私でも怒ります。
ああ、そう言えば私は、前世から通して本気の憤りにあまり縁がありませんね。本気で怒った経験はそれこそデビュタントの時にクラウド様に対してぐらいです。いえ、あの時ですら感情が入り雑じって混乱して泣き出してしまっただけで、怒りよりもどかしさや落胆の方が強かったように思いますし、真理亜さんに対してすら……止めましょう。
「もしそうなら今すぐこの子は帰らせますわよアントニウス様」
暫く何も話さず困ったような表情を見せていたアントニウス様に容赦なく言葉を浴びせたのは、私と同時に昇進した副女官のリシュタリカ様です。リシュタリカ様は何故かローザリア様の件でアントニウス様と接触していまして、先程私を呼びに来たのです。「アントニウス様はクリスと話がしたいみたいだわ」と。
ここまでは問題はないのですが、この部屋に来た途端何故か座ってお茶をすることになってしまったのです。まだ雑談しかしていませんし、アントニウス様の狙いは何なのでしょう?
「クリスティアーナ嬢。第二夫人としてイブリックに来て欲しい」
な。ナンですと!
「この子を呼んだのはそんな積もりではではなくてよ。ローザリア様の話が何故この子への求婚になるのかしら? 親子揃ってバカにも程があるわ」
本当に容赦ないですねリシュタリカ様。私ではそこまで言えませんから同席に感謝します。ただアントニウス様は本気みたいです。今の彼から感じるモノはクラウド様が毎日私に向けて来るモノと同じ種類のモノですから。遥かに弱いですけどね。
「ローザリアが引きこもった理由の一端は私のこの気持ちにある。ならばそれに決着を付けるのはそう間違っているとは言えまい」
理屈は間違ってない気がしますが、どう考えてもそれは現状に即してないですよ?
「今は父親がやったことに対してローザリア様とどう向き合うかが先ですわね。わたくしを本気で怒らせたいの貴方は」
「恐らくそれは違う。ローザリアは元々父に対して一切の信用を置いてなかった。レイフィーラ王女に対してしたことをそなたらから聞いていたからな」
ん? 意外とちゃんと向き合っていたということですか?
「引きこもったのが舞踏会のあとなのは事実よ。それでも貴方は違うと言うの?」
「本人に聞いたのか?」
残念ながら、本人は黙秘状態です。どうにも気が弱い方なんですよねローザリア様って。
「そもそも、私はアントニウス様と結婚したいと思いません。お断りします」
もう殆ど心は決まっていますから。もっと言えば、イブリック大公の第二夫人とセルドア王の側妃では多少法的立場が異なりますが、二番手以降なのは一緒ですし。
「……イブリックに立つまでまだ半年ある。それまでにクリスティアーナ嬢の心が動かなかったら諦める。私にその機会をくれ」
「私にはお慕いしている殿方がいます。私がアントニウス様に心惹かれることはありません」
「どこの誰だ?」
うっ。その質問は……。
「答えられないということは嘘なのだろう? 慕っている相手の名前ぐらい言える筈だ。私は何も強制しているわけではない。機会をくれと言っているだけだ。週一回で充分だお茶を共にさせてくれ」
この展開は面倒です。何故なら私とクラウド様の関係は基本的に秘密だからです。リシュタリカ様を含めて、現状の関係を知っている人は数えると結構いるのですが、王宮内でも大半の人は知りません。殆どが「仲が良い二人」という認識に留まっています。
秘密にしている理由は幾つかありましていずれも大きな理由ではありませんが、現状秘密になっていますからこの要望を正式に断るのは大変です。これは一旦クラウド様と相談するしかなさそうですね。
「名前は言えませんがお慕いしている方がいるのは事実です。それから、ローザリア様と向き合わないならば私がアントニウス様とお茶をすることはあり得ないと思って下さい。前にも言いましたが、アントニウス様が優先すべきなのはローザリア様です」
私が淀みなく告げるとアントニウス様は恋情の籠ったその顔を残念そうに歪めました。私に本気なのは分かりましたけど政略結婚はどうにもなりませんよ?
「向き合えと言われてもな。後宮には入れないしローザリアは出て来ないのだろう?」
「貴方はやはり馬鹿ね」
毒舌過ぎませんリシュタリカ様。アントニウス様が睨んでますよ? 気にも止めてないみたいですけど。
「なんの為にわざわざ後宮から女官が来ていると思っているのかしら? しかも副女官のわたくしが」
断らないで流してしまいましたけど……クラウド様。怒らないで下さいね。
次回 2015/10/28 0時更新です。




