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側妃って幸せですか?  作者: 岩骨
第四章 恋する二人
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#77.深夜に訪ねた理由

 クラウド様の王太子就任式を眺めたら「今日の仕事は終わり!」とは行きません。来賓達はそのまま向日葵殿に移動して「新国王披露舞踏会」に移行したのですから、仕事が終わりどころか侍女陣としてはここから本番だったのです。と言うのも、今日の舞踏会は「年越しの夜会」とは全く形式の違う、一人一人に席が用意され食事も出される晩餐形式の舞踏会でした。


 「年越しの夜会」ですら侍女陣は相当忙しいと言いますから、今日の忙しさは並大抵ではなかったのです。

 幸い私の担当は子爵家と商家ですのでそれ程ではありませんが、外国からの賓客相手は言葉とマナーの違いがあって大変そうでした。

 いえ、王族やその名代となるような方々に国毎でマナー異なるということを理解していない方などそうはいません。通常ならそんな問題は起こらないのです。マナーの違いに戸惑いこそすれ、周りを見ればマナーはなんとなくでも分かりますからね。

 そしてコチラもそれを理解していますから、全くマナーが異なる国からの来賓の方々にはそれとなく人伝に“注意事項”を伝えてあったのです。一年前から後宮官僚達はこの日に備えて様々な準備をして来たわけですからね。


 ただ、殆どマナーの異ならない国から来た賓客が、こんな下らない問題を起こすとは誰も思いませんでした。と言うか、マナーは殆ど関係ありませんけどね。常識はずれも良いとこですから。日本だったら犯罪ですし。






 深夜。王太子就任とその御披露目を終えた直後のクラウド様の部屋を訪れた私は、今ソファーに座り向き合っています。他ならぬクラウド様と。


「ハドニウス大公が?」


 “事件”の犯人はイブリック公国の現大公ハドニウス様だそうです。私は現場に居合わせたわけではなく後から聞いてそれをお話しているだけなんですけどね。


「はい。しかも複数回です。本気で泣いていました」

「……アンリーヌ・デイク嬢か。正直記憶にないがどんな侍女だ?」

「去年侍女見習いを終えたばかりの方です。私も殆ど接点がありませんので人柄までは」


 アンリーヌ様は、いえ、アンリーヌさんはデビュタントの日に控え室で最初に声を掛けて来た二人の男爵令嬢の中の一人です。彼女は担当には付いていなくて、忙しいところを助ける役目だったのですが結果的に一番手間の掛かる外国からの賓客のところに付きっきりだったそうです。

 因みに1月の終わりに副侍女に昇進したので彼女のことは「さん」と呼ばなければなりません。彼女はマシですけどね。歳上や先輩で「さん」と呼ばなければならない方が沢山いますので。


「クリスと同じ年か。ならあしらえなくても不思議はないな」

「そもそも、周りに気付かれないように女性のお尻を触るという行為が彼女の頭の中に無かったそうです」


 はい。そうです。ハドニウス大公は痴漢をしたのです。しかし残念ながら強制猥褻罪は存在しません。「男は守り女は守られる」という倫理観の強いセルドアでは痴漢の発想自体がないのです。そしてそんなことをされたら、「容赦なく踵で足の甲を蹴り潰せ」と教えられますからその場で騒ぎになってある程度事が収まるのが普通なのです。まあ残念ながら騒ぎを起こせない状況でそれが行われてしまったわけです。


「理性の無くなったクズはいるが、セルドアの貴族にそういう馬鹿は珍しいからな。頭になくても仕方がないか。……普通なら王家が睨みを利かすだけで話しが済むが、小国とは言え一国の主。簡単には行かない」

「だからと言って泣き寝入りは嫌でしょうし、個人的にこのまま終わりでは納得出来ません」


 イブリック行きは結果的に何事も無く終わりましたし私が後悔するようなことも一切ありませんでしたが、ハドニウス様が無茶苦茶な要求をして状況を理解出来ていない言動を繰り返す人だということは間違いありません。今回のことも、報復までは言わなくても何かしら“解らせる”手段を高じたいですね。いえ、“解らない”からこういう事件を起こすのですけど。


「とは言っても……さてどうするか」

「ローザリア様のこともありますし」


 実は「そう見えた」と言い出したのがローザリア様なのです。10月にはエルノアを経ち輿入れとなるローザリア様ですから、本人にも相談した結果アントニウス様と一緒に大公と同席しました。それが幸か不幸か今回の事件の発覚に繋がったのです。舅があんな人だなんて知りたく無かったでしょうね。


「……また他人事で動いているのだなクリスは」


 他人事?


「全く他人事ではありません。アンリーヌさんは侍女見習いを終えた立派な侍女です。間違いなく同僚です」

「いや、そうではなくて……てっきりこんな時間にクリスが訪ねて来たのは私に“落ちた”のかと思ったから……」


 あ……照れて違う話を始めたら熱くなってしまいましたね。


「深夜ですからね。でも残念ながら違います。まだ側妃は嫌だと言えますから」


 まあ時間の問題なのですが今ここでそれを告げて甘やかす必要はないでしょう。前回から一週間した経ってませんし。


「そうか」


 そんなに残念がらなくても。ちゃんと用意してますよ?


「これを渡しに来たのです」


 ポーチから上品な小箱を取り出した私はクラウド様にそれを渡しました。プレゼントを包む習慣がないので剥き出しなのが少し残念ですが、それは――――


「宝石箱?」

「はい。プレゼントです。開けてみて下さい」


 「私がアクセサリーに興味が無いことぐらい知っているだろう?」そんな顔と瞳の色を見せたクラウド様ですが、慎重にその蓋を開けました。


「指輪か。大きくはないが綺麗な青だ。しかし何故指輪なのだ? プレゼントでは他のモノでも良いだろう? 去年は部屋着だったし」

「それは“私”です。一番邪魔にならないと思って薬指に合わせて作りました。クラウド様は右利きですから左手が良いと思います」


 ちょっと気が早いのですが、セルドアにはそういう習慣がありませんのでバレないでしょう。相手が王太子様でなければ私は疾うに結婚を承諾しているでしょうしね。まあ準備に掛かった時は微妙でしたが、今日は躊躇なく渡せました。照れはしますけど。


「成る程。だから青い宝石なのか。解った大事にする」

「いえ、出来れば付けていて欲しいです。嫌なら良いですけど、私に対する気持ちとして」


 狡いですかね? ちょっとした束縛なような気もします。まあクラウド様は社交のダンスもするなと言うぐらいですから思いっきり束縛してますけど。ただそういうのは嫌ではないのです。正直他の男性は見えていませんから。


「クリスは私の気持ちを疑っているのか?」


 ああ、そちらの解釈になりますか。


「逆です。クラウド様にプレゼントして欲しいのです。私の気持ちを示す証を」


 出来るだけ正直にありたいですが、決してそういうことが上手なタイプではありませんから。


「……解った。必ず贈る」

「はい。ありがとうございます。あ! ちゃんと言ってませんでした。おめでとうございますクラウド様」


 少し驚いた後、蕩けるような笑顔を私に向けたクラウド様です。

 マズイです。落ちます。まさかお兄様より破壊力のある笑顔の持ち主だと思いませんでした。本物の王子様のキラキラスマイルです。美しさが留まるところを知りません。私の心臓を壊す気ですねクラウド様。


「散々言われたから全く心に響かなくなっていたが、やはり愛しい人に言われると全く違うモノだな。ちょっと嫌にもなっていたが、君に祝って貰えてとても嬉しい。ありがとうクリス」


 クラウド様それ違うと思います。あ。私の言葉足らずですね。


「誕生日おめでとうございますクラウド様」

「は?」


 目をパチクリさせて驚いたクラウド様です。


「こんな時間に起きていて頂いたのは、今日、いえ、もう昨日なんですが、昨日中に言わなければいけなかったことがあったからです。王太子就任の祝いはいつ言っても一緒ですけれど、誕生日は、クラウド様の15歳の誕生日は昨日しかないのですから」


 だから失敗です。成人の祝いの言葉をちゃんと言えませんでした。大好きな人の。


「……とことんクリスは私を翻弄するな。君にとっては、セルドアの王太子就任より、クラウド・デュマ・セルドアスの成人の誕生日の方が重要というわけか」

「まあどっちが重要かはなんとも言えませんけど、王太子は地位ですから歴史上沢山います。でもクラウド様はクラウド様一人です。どちら祝うかと聞かれれば私は後者です」


 まあ、両方祝えば良いだけですけど。


「ふぅ〜。……本当に君は……愛しているクリス。君が傍にいてくれて本当に良かった」


 私も――――と言いたいところですが、残念ながら側妃という足枷だけはとれていないのです。もうちょっとだけ待っていて下さいクラウド様。


「ありがとうございます。

 もう少し、もう少ししたら覚悟出来ると思うのです」

「分かった。だが覚えておけ、正妃だろうが側妃だろうが、私は君を必ず妃にする」


 ……私が正妃になるなんてあり得るのでしょうかね?







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