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側妃って幸せですか?  作者: 岩骨
第四章 恋する二人
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#74.豪胆な私

「クリス!」


 何で怒るのですか? 私のせいではありません。


「私は何もしてません。私をパートナーとしたお兄様が全て悪いのです」


 デビュタント以降、私には毎日のように恋文やら縁談の申し込み状やら社交の招待状やらが届いています。もっと言えば、実家やお兄様、果てはベイト伯爵家にまで私の縁談が入って来るそうです。大半が挨拶もしていないのにこれ程まで殺到するのは本当に謎です。

 王宮の受付に来るそれらの手紙は目を通している時間がないので暫く受付で破棄して貰うことにしました。社交会の招待状は本来欠席でも返事を書くのですが、それすらしている余裕はないのです。何しろクラウド様の王太子就任まであと三週間を切っているのですから。

 ただ今回はお姉様が忙しくて出られないビルガー公爵家の舞踏会のパートナーとして、お兄様が私を指名してしまったのです。偶々休みの日であったことが仇になりましたね。


「今から断れば良いだろう?」

「無茶を言わないで下さい。うちが男爵家なのをお忘れですか?」


 次期王太子みたいにこっちの都合でなんか断れません。相手は公爵家です。


「よりによってビルガーの舞踏会など」

「ビルガーの舞踏会ならクラウド様も一緒にご出席なさったら如何でしょうか?」


 燕尾服の似合う初老の侍従ケブウス・ビーズ様が話に入って来ました。ケブウス様は陛下から譲られた形でクラウド様付きになった優秀な方です。

 後宮官僚と普通に雇われる侍従では立場が微妙なのですが、自分の三倍以上生きている方を仕事上対等に見るのは不可能です。


「一緒に舞踏会に出席したところで意味はないのではありませんか?」


 ここ三ヶ月、何度となく侍女として舞踏会や夜会に同行しましたけど、クラウド様は踊ったりしません。パートナーも連れて行きませんから、全く踊らないのです。舞踏会に行く意味がない気がします。


「確かにクリスとだけと踊るのは無理だな」


 え? なんですかそのニヒルな笑みは。


「ほう? 他のご令嬢とも踊りになるのですな? 成る程成る程」


 ケブウス様。貴方は最近楽しみ過ぎです。少し自重してください。


「良いなクリス?」

「構いませんけど、クラウド様が他のご令嬢と踊るなら私も踊ることになりますよ?」

「何故?」


 何故って……


「そうしないと私がクラウド様狙いという評判になってしまいますし」

「私としてはそうなった方が都合が良いな。クリス向けの誘いも多少減るだろう」


 むぅ。


「それ狡いです。職権乱用です。自分は勝手にやるけど相手は束縛するなんて不平等です。それでは対等な関係とは言えません」

「……前から思っていましたがクリス嬢は不思議な令嬢ですな。男爵令嬢で王太子の側妃に請われるなど名誉なこと。クラウド様に一度求められれば、泣いて喜び、勇んで後宮に入る令嬢がどれだけいるか。しかもそれを蹴るでもなく対等な恋愛関係を望むとは。まあなんと豪気なお人よ」


 それは褒めているのか呆れているのかどちらでしょうかケブウス様。


「だ、そうだぞクリス。少しは王子という立場を評価してくれないか?」

「産まれ持った身分がその“男性”の評価になり得るお思いですか? それに側妃という地位は私にとって出来るだけ回避したいモノだということはお話した筈です」


 お母様でさえ私には我が儘になったのですから、私もきっと自分の子供には我が儘になるでしょう。子供の望みは出来る限り叶えてあげたいと思うのは、親として当然の感情ですから。


「女性はどこに嫁いだとしてもある程度はその家や伴侶に左右される。側妃が特にそうかと言えばそうでもないだろう?」

「正妃様がいらっしゃるのですから側妃は特殊で報われ難い立場です。普通の奥方とは違います」

「はあ〜。側妃が愛されて正妃が愛されないこともある。いずれにしても相手と子供次第だろう? 昔からこの議論は進歩がないな」


 ですね。いつぞやと同じ筋道な気がします。


「少し前に進めるなら、それを覚悟出来るぐらい私を夢中にさせてくれれば良いのです。クラウド様が」

「はっはっはっはっ。いやいや。側妃にするなら私を落とせか。本当に豪胆な方だ。正妃にすべきかもしれませんな」


 嬉しそうですねケブウス様。


「全くだ。しかも三ヶ月熱心に口説いているのに一向に靡く気配がない」


 そんなことはありませんよクラウド様。ちゃんと靡かれています。ただまだ表には出てないだけで日に日に私はクラウド様が好きになっていますよ。元々好きになる要素はたくさんあるのですから、そんな人に毎日優しく口説かれたら靡かない筈はありません。


 前世みたいに気を使わなければいけない人もいませんし、真っ直ぐ向き合うと決めましたから。


「それで舞踏会は如何するのですか?」

「行って来い。たまには息抜きも必要だろうし好きに過ごしてくれば良い。ただ――――」


 ただ? ダンスはするなですか?


「私も行く」


 結局行くのですか? 日程を調整するのは私の仕事なのですが……。






 二週間後。ビルガー公爵家の王都屋敷の大ホールでは、現在数百人規模の舞踏会が開催されています。


 男とはなるべく話さない。男には笑顔を向けない。胸の開いたドレスは着ない。ダンスは必要最小限。基本的にお兄様から離れない。等々、細かな“注意事項”をたくさん言い渡された私は、濃い緑の露出の少ないドレスを着て、結局のところそうするしかない壁の花になって同志達とのお喋りに興じていました。


 と、言いたいところですが実際は、


「一曲お願い致しますお嬢様」

「今日は今年から近衛となった兄のパートナーとして参りましたの。挨拶に忙しい兄から離れるのも不作法でございますでしょう? ご遠慮願えませんかしら?」


 こんな感じの繰り返しなのです。お兄様にとって重要な相手とはダンスをしつつ、大半のお誘いを断り続けています。


「ご苦労様。大変だな」

「はい。いい加減疲れて来ました」


 お兄様と並んで居るから目立つのでしょう。大して着飾っていない私にダンスのお誘いが矢鱈と来ます。

 ああ、一応平均身長は確保しましたしお母様譲りのスタイル良さはありますからね。顔の怖ささえ無視すればダンスぐらい誘うということでしょう。因みにお胸はまだ「普通」です。お母様みたいなパーフェクトボディーにはなっていません。

 まあスタイルは作れば作れますからね。運動不足には気を付けています。侍女はなんだかんだで歩き回るのであまり意識する必要もありませんけど。


 ――わっっ――


 会場の入口の方でどよめきが起きました。それがどんどんホールの全体へと広がって行きます。


「来たみたいだ」


 顔は見えませんし、どよめきの理由が伝わって来ているわけではありませんが、何が起きたかは分かります。間違いなくクラウド様が現れたのでしょう。


「クラウド様が?」「本当に?」「クラウド様?」「ビルガー公爵家贔屓にしているということか?」「珍しいな」「エリントンの姫をデビュタントでエスコートばかりではないの」「単純に就任が近いからだろう」


 周囲が次々勝手なことを言い出しています。


「本当に来たんだね」


 疑っていらしたのですか?


「私が日程を調節しましたから」

「私はてっきり王子の方が一方的に迫っていると思っていたのだけれど違うようだね」


 え?


「クラウド様が来てからクリスは嬉しそうだ」


 ……そんなに顔に出てますか?


「どうしても彼でなければ嫌とは言いませんが、クラウド様以外の男性に今興味はありません」

「いつぞやに側妃は嫌とか言っていた気がするけど?」


 お兄様にしましたか? そんな話。


「側妃が私にとって受け入れ難い立場なのは間違いありません。でも自分の気持ちを偽って逃げても後悔しか残りません。真っ直ぐ向き合いたいのです。クラウド様と」

「そうか」


 私の髪にお兄様の大きな手が優しく降りて来ました。久しぶりに頭を撫でられましたね。落ち着きます。


「でも頑張り過ぎるなクリス。辛くなったら逃げて良いんだ。無理をする必要は全くないのだから。そして家族は皆クリスの味方だ。勿論ミーティアも。ベイト家だって力になってくれる。他にもたくさん居るはずだ。クリスは一人ではない」


 優しく告げるお兄様のその言葉にゆっくりと頷いた私。

 今世は本当に人に恵まれている気がします。本当に色んな人が私を励ましてくれるのです。もっと言えば、前世以上にライバルが多い筈の相手なのに今のところそれがいないのです。

 いえ、あの人は私を応援してくれましたね。というより、私があの人の邪魔をしていました。まあ真理亜さんが居ましたけど……止めましょう。過去より今です。


「ありがとうございますお兄様。私はお兄様みたいな優しい兄弟を持てて幸せです」





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