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側妃って幸せですか?  作者: 岩骨
第三章 惹かれ合う二人
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#72.前世の恋

 前世の私一条藍菜いちじょうあいなは「世間知らずのお嬢様」と周りから言われていました。かなり大きな企業の社長の娘で、使用人が居るような家だったのでお嬢様だったのは間違いありませんが「世間知らず」だったかと言えば、一部の分野を除き常識は有ったと思いますので異議を唱えたいです。まあその一部が問題なのですが……。


 今世と比べると気が弱くて後ろ向きな所があった前世の私。でも、優しい両親に恵まれ大事に育てられて、伸び伸び成長して行きました。まあ幼稚園からお嬢様学校に入って中学までは女子校でしたので、男性に興味を持ったのは人より遅かったと思います。


 誰でも知っているような難関有名私立大学の付属高校に進学した私は、そこで二年の時初恋をしました。相手はクラスの男の子。至ってフツメンで野球部の部長を務める包容力のある優しい人でしたね。ただ丸二年片思いでしたけど。

 いえ、相手も私の事を気にしている素振りは有ったのです。ただ気の弱かった私は踏み込む事をしませんでした。


 一歩近付いただけで何かが変わったかもしれない。そんな想いを抱いてそのまま大学に進んだ私ですが、特にサークル活動もアルバイトもすることなく、別の大学に進んだ初恋の彼を忘れたわけでも無く、平凡に大学生活をスタートさせました。


 平々凡々な大学生活が始まり二ヶ月が過ぎた頃、友達に誘われた私は小さな劇団の手伝いをすることになったのです。

 当時まだ発足したばかりでサークルの延長だった小劇団“TAFU”。その活動拠点となっていた狭い劇団事務所で、私は三人の人物と運命的な出会いを果たしました。


 一人目は二見杏奈ふたみあんなさん。劇団の創設者の1人である彼女は、私と同じ歳の長身の迫力美人で、主役を張る女優さんの一人でした。

 二人目は橘玲たちばなりょう君。同じく劇団の創設者の1人で、一つ年上の長身イケメンの彼は、いつも男性の主役を任されていた人でした。

 三人目は安藤真理亜あんどうまりあさん。同じく劇団の創設者の1人で、三つ年上で中背華奢な彼女は、儚げな美人で、主役を張る女優さんの1人でした。

 劇団「TAFU」は真理亜さんと団長の上森俊さんが杏奈さんと玲君を誘って始まった劇団ですから、真理亜さんは劇団の中心でした。


 そんな劇団を手伝い、雑用をすること一年。基本的に時間が余っていて頻繁に顔を出していた私は、いつの間にか劇団員扱いをされていました。「そろそろ本当に団員にならない?」当たり前のようにそんな話が出るようになった頃、一つの変化に気付いたのです。


 玲君が私に恋情の籠った視線を送っている。


 その視線を最初私は無視していました。もっと言えば玲君を袖にしていたのです。いえ、確かに気弱だったことはその一因ですが、好意その物は嫌では無かったので、それが理由で無視までには至りません。玲君に冷たくしていた理由は玲君と杏奈さんが恋人同士であると思い込んでいたからです。


 その誤解は程無くして杏奈さん本人によって解かれたのですが、同時に「でも玲はプレイボーイだから藍菜に本気かどうかは分からないよ」と言われました。

 言い訳するなら、二人は幼馴染で仲かが良くとてもお似合いだったからそう見えたのです。本当にお似合いだったのですから……。まあ一年もそう思い込んでいたところが私が「世間知らず」と言われてしまった所以でしょう。プレイボーイである事にすら気付いてませんでしたしね。


 杏奈さんからそう聞かされて意識してみると確かにプレイボーイな一面のある玲君でしたが、私に対して向ける目は全く違うモノでした。強い想いの籠った視線が私を捕えていたのです。


 ただ、そこから半年は何の変化もありませんでした。お互い意識し合っている空気はありましたが、二人の関係に決定的な変化は起こらないまま、劇団に大きな変化が起きました。

 真理亜さんが退団することになったのです。とある映画のオーディションに合格し本格的な女優活動を始める為劇団に割く時間が無くなったのがその理由なのですが……。

 辞める辞めないで劇団が揉めた話は部外者だった私の口の挟む事ではありませんので脇に置いておくとして、問題は真理亜さんの替わりです。退団が決定して直ぐ名前が挙がったのがなんと、私でした。


 結果的に口説かれて入団。主役の一人を張る事になったのですが、真理亜さんと比べて見劣りするのは当然です。ただ、なんとか形にしようと奮闘している間に玲君との距離が一気に縮まっていました。いえ、元々友達とも呼べない間柄だったのですから縮まったと言っても結構な距離が私にはあったのですが、残念ながら向こうはそう思っていなかったようで……。


 真理亜さんの退団から半年程が経過したある日。私は玲君に呼び出されました。「大事な話がある」と呼び出された公園で聞かされた話。それは紛れもなく、プロポーズでした。


「君にずっと傍に居て欲しい」


 奇しくも今世と同じ言葉を聞かされた私はその場で答えを出す事は出来ませんでした。「普通の告白なら良かったのに」と思いながら。


 そして数日後「婚約者ではなくて恋人にならなっても良いです」と返事をした私。今考えればこれは逃げる為の言葉だったのです。いいえ。プロポーズを受けるべきだったのではなくて、この返事には「貴方の想いに応える気はない」という意味が含まれていたのです。


 ただ交際その物は順調で、プレイボーイな気質を見せなくなった玲君を私は徐々に好きになって行きました。「世間知らず」を発揮して遅々として距離を縮めようとしない私に対して、玲君も焦る事無くゆっくり距離を縮めてくれたのです。


 ええそうです。私はここでお嬢様を全開にしたのです。だって本気で信じていましたから「結婚したいと思う人にしか身を預けてはいけません。それが出来ないなら一条からは破門です」という母の言葉を。いえ、半分本気だったのだと思います。

 交際開始から一年程したある時杏奈さんから「藍菜が触れさせてくれないって玲が困ってるわよ」と言われました。その後の話で私が顔を真っ赤にしたのは語るまでもないでしょう。

 そしてその後、私は母に対して許可を願いました。物凄く呆れ顔で「そんなことで親の許可を取る程世間知らずに育てた覚えはないのだけれど?」と言わた時は驚愕しました。


 いえ! 本当に恋愛事だけですからね私が世間知らずだったのは!


 なんか話が逸れた気がしますが、兎に角そんな馬鹿な行動を取るぐらいには私は玲君の事を好きになっていたのです。実際まあ……初めてを捧げたわけですから……。


 しかし、彼との想いの差は埋まるどころか広がって行ったのです。


 プレイボーイだった玲君とって私との恋は今までと全く違うモノだったのだと思います。距離を縮める段階で時間が掛かったのもそうですが、やることなす事全て初めての私をプレイボーイらしく優しく導いてくれました。そこにどんな葛藤があったのか今考えると恐ろしいですが、玲君は私のペースに合わせてくれていたのです。

 それは、玲君にとって私が大事であるからに他なりません。「君をずっと大切にするよ」そう優しく微笑んでくれる玲君と、このまま結婚するのかなんて考え無かった事もないのですが……。


 交際開始から一年四ヶ月程したある日のデートの時、彼はこんなことを言いました。


「全てを捧げてくれた君に、僕も応えたい」


 その言葉の意味を考えれば考えるほど私は怖くなりました。

 確かに私は色々な初めてを玲君と共にしましたが、全てを捧げた積もりはありませんでしたし、実際この時全てを玲君に預けられるとは思いませんでした。

 私はこの時初めて玲君との想いの差を知ったのです。そして同時に、最初から私は彼の気持ちに応えようとはしていないことに気付きました。処女捧げた時だって自分がそうしても良いと思ったからしただけで、玲君の気持ちに応える為は無かったのです。そして────


「御免なさい。私は玲君の気持ちに応えられません」


 彼の想いの強さに尻込みした私は、彼との別れを切り出しました。「杏奈さんに悪いから」と自分に言い訳をしながら。







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