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側妃って幸せですか?  作者: 岩骨
第三章 惹かれ合う二人
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#71.恋人

クラウド視点です。

 手を差し出すと同時に彼女から目を逸らし下を向いていた私。数十秒か数分か、いや、実際は数秒だったか。手を取られないことに落胆しながら顔を上げると、そこには涙を流す金髪碧眼の天使がいた。そのあまりの美しさに狼狽しつつも、泣いている意味に思考を走らす。

 嬉し泣きなのだろうか? それとも悲しくて泣いているのだろうか? 枷を切って泣くわけではなく、ただただ無言で無意識のうちに流れる涙。そんなモノの意味を他人が考えても無駄だろうか?


 絵画のような雰囲気に囚われつつもハンカチを取り出した私は、穏やかさを意識して声を掛ける。


「大丈夫かクリス?」

「あ、はい」


 返事は案外しっかりしていたが、差し出したハンカチを取ろうとはしない。


「……涙を拭いてくれ。このまま君が扉の外に出たら、君の兄とその婚約者に何を言われるか分かったものではない」


 ちょっと驚いたように自分の頬に触れて自分の涙を確認したクリスは、私のハンカチを受け取った。


「ありがとうございます。

 お兄様とお姉様に脅されましたか?」


 礼を言ってハンカチで涙を拭いながら質問するクリスの顔には笑顔が戻っていた。取り敢えず大丈夫そうだな。


「泣かせたら許さないと言われた。クリスは本当に色々な人に慕われているな」

「皆が優しいだけです。家族は特に」


 それは逆だと思うが?


「クラウド様」


 クリスが真剣な表情になって私を呼んだ。答えを聞かされるということだろうか?


「なんだ?」

「さっきの言葉はとっても嬉しかったです」


 ……これは振られる流れではないか?


「でも私は恋人ではない人の求婚は受け取れません。クラウド様の気持ちに応えられる程私の気持ちは強くないのです」


 やっぱり振られるのか。


「もっと言えば、幾ら私でも自分の立場は理解していますし、法や慣例についての知識もあります。要するに側妃にしか成れないことは理解しています」

「いや、それは絶対ではない! 慣例は慣例でしかないのだ。それにクリスと私が結ばれるだけを考えれば他に選択肢はある」

「クラウド様その話は後にして貰えますか? 今はあまり関係ありませんので」


 は? ……関係ない? 大有りだろう?


「関係ないのか? 側妃の話をしたのに?」

「はい。仮に正妃に成れるとしても覚悟が必要であることに変わりはないのです。正妃に必要なのは背負う者の覚悟ですし、側妃に必要なのは子供に理不尽を強いる覚悟です。お妃様に限った話では無くて相手が平民でも貴族でも程度の差はあれ覚悟は必要です。質の差はありますが皆それぞれ結婚には覚悟が必要なのです」


 それはそうかもしれないが……何が言いたいのだクリス。


「簡単に言えば、私には覚悟が足りないのです」


 ……詰まり私は振られたということか?


「たから、私に覚悟させて下さい」


 は?


「先程私は言いました。クラウド様の気持ちに応えられる程私の気持ちは強くないと。だから、強くさせて下さい。

 私がクラウド様の側妃になっても良いと思うくらい」


 詰まりこれは、


「口説けと言っているのか?」

「方法はお任せします」


 ……あまりこういうことは言いたくないが、


「一国の王子に向かって良い度胸だ」

「ふふ。ご自分で仰ったのですよ。一人の男と女だって」


 ただこれは私の気持ちに応える気があると言うことだ。ややもすると彼女の我が儘にも取れるが、恐らく逆だ。

 何も告げなかった私を彼女がそうするように導いた。今ここでこうして話しているのも彼女が受け入れてくれたからだろう。切り捨ててしまった方が楽だった小さな気持ちを、拾い上げで救い取ってくれたのが彼女の優しさだ。恐らくは、私の気持ちに応える為だけに。そう訊いても絶対に是とは答えないだろうがな。


「でもクラウド様。私を口説く権利は別にクラウド様だけにあるわけではありませんからね。今一番有利な場所に居るからって五年も十年も余裕があるわけではありませんよ?」


 クリスお前……。


「クリス。私が優しいだけだと思ったら大間違いだぞ」


 にじり寄って顔と顔を近付けると、クリスは僅かに身を捩ったが、近付けた身体に手も添えずそのまま私の目を見続けた。


「私はクラウド様の侍女なのですよ? 魔法も使えませんし襲おうと思われたら逃げられません。私は信じるしかないのです。クラウド様を」

「……悪かった」


 私は馬鹿だ。本当に。


「何もしていないのに謝らないで下さい。さっきのは別に挑発したかったわけではありません。私の気持ちが他の誰かに移るかもしれないと言いたかっただけです。

 それとごめんなさい。私の気持ちはやっぱりまだ弱いです。側妃にしても正妃にしても成りたいとは思っていません。ただ────クラウド様のことは好きです。クラウド様と比べたら遥かに弱いと思いますけど」


 やっぱりクリスは優しい。これは私を慰める為だけの言葉だろう。だがここはクリスの優しさに甘える。正直私はクリスを失ったらどうなるか分からないのだ。


「今ここで恋人になることは出来ないか?」


 私が真剣に言うとクリスは口元に手を置いて考え始めた。その仕草が可愛らしくあらゆる衝動に刈られる。どうしようもなく愛おしくて仕方がない。


「クラウド様の言う恋人とは何のことでしょう?」


 これがシルヴィアンナ嬢なら難解な問答だが、クリスなら純粋な質問だろう。


「恋人が何かと訊かれると困るが、要は他の異性との接触は極力避けたり、必要以上に社交を交わすなということだな」

「ああ。そういうことですか。その二つなら一向に構いません」


 ……他に何を想像していたのだ?


「クリスの思う恋人とはなんなのだ?」

「私の思うですか?

 うーん。定期的に会ってお喋りしたり、観劇に行ったり、お散歩したり、場合によっては手を繋いだり、キスをしたり。そんな感じでしょうか?」


 いや、キスは無しだろう。それが許されるのは婚約者だ。ん? 平民だと恋人でもするのか?


「貴族の男女がキスをしてしまったらそれは恋人より深い関係だと思うぞ」

「……私やっぱり貴族の恋愛の常識に疎いのでしょうか?」


 ん?


「何か気になることでもあったのか?」

「クラウド様のあれはどう考えても求婚ですよね? あれが正式な手順なのですか?」


 手順?


「政略結婚でない貴族の結婚は、社交界で知り合って社交で交流を深めて結婚するのが一般的だろう? 最終的には家同士の話し合いだし恋愛結婚の手順と言われてもな」

「……だとしたら少しは私の気持ちに配慮して下さい。突然あんなに強い気持ちを明かされたらこちらに受け入れるだけの準備がありません。恋人で良いなら最初からそう言ってくれれば素直に受けられたのに」


 気持ちを受け入れる準備……恋愛って難しいな。って、ん?


「恋人には成ってくれるのか?」

「はい。良いですよ。先程からそう言っていると思いますけど」

「……キスは?」

「無しでお願いします。私も貴族ですから」


 だよな。


「しかしクリス。恋人が良くて求婚がダメと言うのは結局側妃の問題があるからだろう?」

「それもありますけれど、先程も言った通り私の気持ちが単純に弱いのです。シルヴィアンナ様に嫉妬心を抱かなかったのが何よりその証拠かと」

「それはシルヴィアンナ嬢と私の間に恋情がないからではないか? クリスは勘が鋭い。お互いの間に恋情が見えないから嫉妬しないのでは?」

「そうかもしれません。でもシルヴィアンナ様に限らずクラウド様が誰か他の女性と仲良くしている所を想像しても、そこまで嫌ではありません。良いなぁと思う程度です」


 ……私がアントニウス様にどれだけ嫉妬したかクリスに話したところで意味は無いが、言うだけは言って置きたい。


「私は嫉妬した。いっそ二人を殺したいと思うほど」

「だから止めて下さい」


 いや、やらないぞ。そう思ったのはホンの一瞬で実行する気など更々無かった。


「求婚と同じぐらい重いですから。お互いの想いの重さに差があればあるほどその二人は結ばれ難いと思います」


 想いの重さの差……クリスはどこでそんなことを学んだのだ?


「しかし、想いを伝えるのは大事なことなのでは?」

「クラウド様がそれを言います?」


 うっ。……ダメだ。今日私はクリスの全てに魅了されている。怒ろうが泣こうが関係ない。彼女の全てが私を翻弄して行く。


「何事にも適切な分量があります。自分の容量を越えた想いを向けられてしまうと逃げ出したくなってしまいます。だから今の私に強い想いをぶつけないで下さい」


 今の、か。やはり彼女は私にチャンスをくれるようだ。


「そして、これからは私も誠実にクラウド様と向き合いたいと思います。ですから想いの差を埋める努力をして下さい」


 そう言って私にくれた彼女の微笑みは、優しさに溢れていた。


「分かった。だがこれだけは言わせてくれ――――」


 敢えて言葉を区切った私に小首を傾げる彼女。ああ、本当に全てが愛しい。


「クリス。君はどこの誰よりも美しい」


 恋情を込めてしまうとクリスは逃げたくなるといった。なら親愛の情を込めてみると、予想外に嬉しそうに照れる彼女がいた。


「ありがとうございます。とっても嬉しいです」


 満面の笑みを浮かべた彼女にまた見惚れたのは語るまでもない。






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