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側妃って幸せですか?  作者: 岩骨
第三章 惹かれ合う二人
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#67.整理出来ない気持ち

 クラウド様が私に話したいことって何でしょうか?


 想像は出来ますが、期待通りとは限りません。そして、そうで無かった時の自分が怖いです。今の私はだいぶ落ち着いていますが、クラウド様に対して整理が着いているかと言えばまったく着いてはいないでしょう。感情のまま暴走してしまう可能性も否定は出来ません。


 ただ、


 この機会を逃すとまたいつお話する機会が来るか分からないのです。私とクラウド様は、近くにいても所詮は主と侍女の関係ですから。時々プライベートの時間がありますが、本当に時々なのです。

 これから太子就任までは更に社交が詰まっていますし、就任後は毎日公務をこなして行かなければなりません。普通に考えて私に時間を割く余裕は少なくなるでしょう。


「クリス? ……自分で決めて良いのだよ? さっきも言った通り、断わることを前提に取り接いだのだから」


 どうするか迷って考え込んでしまった私にお父様が優しく声を掛けてくれました。どうしましょう?


「クリスちゃん。意地を張らないで素直になって。本当は泣いた理由にクラウド様のことも含まれるのでしょう?」


 え?


「お姉様、私そんなに分かり易いですか?」


 確かにクラウド様をチラチラ見てしまった気もしますが、その傍にはローザリア様含め他の王族、更にはそのお世話係として後宮官僚の同僚がたくさん居るのですからクラウド様を見ていたかどうかは分からない筈です。


「いいえ。リシュタリカ様に話は聞いていたの。それにクラウド様の方はずっとなわけだから、そういう関係になってても不思議ではないと」


 リシュタリカ様! 勝手に他人に話さないで下さい! それにお姉様! クラウド様がずっとなんてことありませんからね!


「“まだ”そういう関係ではありません」

「え? そうなの? リシュタリカ様はもうそうなっているだろうって……」


 リシュタリカ様! 何を吹き込んでくれているのですか!


「クリス……お前クラウド王子と恋人同士なのか?」


 いえ、だからお父様!


 あ!


 咄嗟に顔を上げるとお父様は物凄く寂しそうな顔をしていました。お兄様も凄く驚いていますね。お母様だけはとっても良い笑顔を浮かべていますけど。娘の恋ばなは嬉しいのが女親で悲しいのが男親というのは本当ですね。


「恋人ではありません」

「でも成りたくないわけではないのね?」


 うぅ。聞き出す気満々ですねお母様。


「……今日が初めてです。クラウド様の隣が羨ましいと思ったのは」


 お願いだからこれで誤魔化されて下さい。これ以上話したらまた泣いてしまいます。


「そう。辛かったわね」


 お母様はきっと、私が何か隠そうとしていることに気付いたのでしょう。何も訊かずに、ただ私の頭を撫でました。その優しい手つきにまた涙が溢れて来そうです。


「……それでどうする? 断わるか?」


 暫しの沈黙を破ってお父様が恐る恐ると言った雰囲気で聞いて来ました。……どうしましょう。


「クリスちゃん。私はクリスちゃんが恋をしたのだと思ってたの」

「え?」

「だってこの一年で凄く綺麗になったのだもの」


 この一年お姉様とはあまり会えなかったので、前回お会いしたのは夏至より前の話です。単純に着飾っているからそう見えるだけでは?


「滲み出る美しさが何倍にもなったのだからドレスやアクセサリーは関係ないわ。クリスちゃんは元々綺麗だったのに、それがこんなに綺麗になるなんて思っていなかったわ。だから凄く驚いたの」


 手放しで褒めすぎですお姉様。そして目を爛々と輝かさないで下さい。


「でもお姉様。私は今日初めて――――」

「どちらにしても、自分の気持ちを相手に伝えるのは大事だ。それを教えてくれたのはクリス、君だよ。私はあの時のことを感謝している。ミーティアと私を結び付けたのはクリスなんだ」


 お兄様。私が何も言わなくてもお兄様ならそれに気付いたと思いますよ?


「あの時は本当に嬉しかったわ。全部クリスちゃんのお陰なのよ?」

「……お姉様」


 貴女は私を泣かせたいのですか?


「あまり王子様を待たせるわけには行かないわ。どうするクリス? 貴女が思う方で良いわよ」


 私に優しい笑顔を向け問い掛けて来たお母様。その美しい笑顔をまた心配に歪めさせたくはありませんが、私は私の今の情動に自信が持てないのです。


「お話します。でも――――誰か扉の前で待っていて下さい」






 乱れてしまったドレスを整えて、一人きりになった豪華な休憩室。

 扉の向こうからは、数人の男女が話す声が漏れています。扉の前に立って待つ私には内容こそ解りませんが、クラウド様の護衛と私の家族の軽い言い争いであると解ります。まあそれほど熱くはなっていないので飛び出すほどではないでしょう。


 ――コンコン――


 暫くして、扉がノックされました。


「どうぞ」

「入るぞクリス」


 私が扉の前に立っているとは思わなかったのでしょう。クラウド様は後ろ手で扉を閉めながら私を見て目を見開きました。


 マズイです。泣き出してしまいそうです。


「泣いたと聞いたが大丈夫なのか?」

「ご覧の通りです」


 あ〜無駄に素っ気ない返事になってしまいました。私がいつもの状態でないことはもうバレてしまいました。


「あまり大丈夫そうではないな。取り敢えず座ろう」


 言葉、態度、仕草、表情、瞳の色。どれを取っても私を心配するモノにしか見えません。心の底から。


「クラウド様。今の私は全く大丈夫ではありません」


 私を導こうとソファーに近づいていたクラウド様は、立ち止まり目を合わせてパチパチと瞬きをしています。ビックリですか?


「……取り敢えず座ろう」


 捻り出すように言葉を発したクラウド様ですが、私の発言の意図はまったく理解していないでしょう。まあ当たり前ですが。


「全く大丈夫な精神状態ではありませんので、失礼な発言が沢山あると思います。それをお許し頂けないのなら、用件だけ済まして早々にホールへお戻り下さい。嫡子が長い時間ホールから抜けるのは良くありません」

「……父上とソフィア様には話してあるから、多少時間が掛かっても咎められることはない。それからこれは友――――散歩の時と同じだと思ってくれ。身分や職務は忘れてくれて構わない」

「ありがとうございます。座りましょう」


 私が先行するようにソファーに座ると、ペースを乱されたのかクラウド様は少し躊躇しながら正面のソファーに座りました。


「先にクラウド様をお話を伺いたいと思います」


 ……何でそんなにそっぽ向いているのでしょうか? 右に何かありますか?


「隠してくれ」


 え?


 そっぽを向いたままのクラウド様の指がゆっくりと伸び、私のスカートを指しました。


 あ!


「失礼しました」


 座る際に裾が捲れて足首が見えてしまっていたのです。慌てて裾を直して顔を上げると、クラウド様がちょこっと首を傾げていました。


「どうかしましたか?」

「……恥ずかしくないのか?」


 ああ、セルドアの貴族女性は生足を見せることを恥としていますからね。


「恥ずかしくはありません。礼儀として見せはしませんが」


 前世では普通にミニスカートとかビキニとか穿いていましたからね。恥ずかしいくはないです。


「あまりそういう言い方はしない方が良いぞ。下手をすると身持ちの悪い女だと思われる」

「それは曲解だと思いますけど」


 感覚の問題ですから。


「まあ普段のクリスはそんなスキを一切見せないから大丈夫だとは思うが。いや、時には侍女の仕事を忘れて友人として話して欲しいと何度思ったことか」


「話しているではないですか。散歩の時は」

「少なすぎるだろう」


 去年ですら三回ですからね。というか、そう思っているなら口に出して下さい。侍女の時は侍女としてしか扱わないのはクラウド様ですからね。


「時間さえ有れば散歩はいつでも付き合いますよ」

「散歩以外はダメなのか?」


 え?


「晩餐とかお茶とか」

「お茶は兎も角晩餐は難しくありませんか? 去年お一人で晩餐を摂ったのは二回だけですよね」


 太子就任後はもっと忙しくなる筈ですし、晩餐を私と一緒に摂るのは難しいでしょう。


「日程を調整するのはクリスの仕事だ。その気になれば出来るだろう?」

「命令ならやります」


 その赤い目を見ながら少し強い口調で告げると、銀髪の王子様は戸惑ったように沈黙しました。


「クラウド様。ご用件をお伺いします。どんなお話があってわざわざ貴方の侍女である私のところに?」


 特別に仕事以外の話がない限りここに来る理由はありませんよね?


「クリス。私は去年――――」


 私の鼓膜を確かに揺らしたその声と、強い意思を宿した真っ赤なその瞳には、


「君ばかり見ていた」


 疑いようのない恋情が籠っていました。





次話から四話クラウド視点です。


はいそうです。引っ張ります。山場ですからね。


2015/10/27まで毎日二話更新します。午前午後で一話ずつですが時間は非常にランダムです。

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