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側妃って幸せですか?  作者: 岩骨
第三章 惹かれ合う二人
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#65.娼館より社交

「アントニウスがどう足掻いても政略結婚が覆らないことぐらいお分かりですよね? ローザリア様の事はお嫌いですか?」

「ダンスを始めて最初の質問がそれか?」

「私は後宮官僚ですから」


 まだ自分でこう名乗るのは気が引けますね。


「セルドアの宝か」


 ん?


「誰かにお聞きになった言葉ですか?」

「前大公お祖父様だ」

「ああ、レキニウス様ですか。確かにそのようなことを仰っていましたね」


 お元気ですかねレキニウス様。「孫の顔をもう一度見るまでは生きる」なんて仰っていましたけど……あの方が死ぬと思えないのは私だけでしょうか?


「お祖父様を知っているのか?」

「はい。大公城で何度かお会いしました。もう一年以上前ですけれど、お元気だと良いですね?」

「あの元気な爺さんが簡単にくたばるわけはない」

「ふふ」


 あ、淑女らしくない笑い方をしてしまいました。しかもアントニウス様に睨まれてしまいましたね。


「申し訳ございません。アントニウス様と同じことを考えてしまったもので」

「……実際死んだら困る。お祖父様はセルドアに信頼されているが、父上は全くされていない」


 これは予想外でした。アントニウス様は思っていたより周りが見えている人なのですね。


「そう思うなら、ローザリア様を大事になさって下さい。ハドニウス様がダメでもアントニウス様が大丈夫ならセルドアがイブリックを切り捨てるようなことはないと思いますよ」

「私はローザリアを無下にした覚えはない」


 いえいえ。だとしたら現状をどう説明するのでしょうか?


「寂しそうになさってますよ。王族の席の端で」

「……社交会は様々な相手と社交を交わすから社交会だろう?」

「アントニウス様が一番仲良くしなくてはいけないのはローザリア様です。優先順位を間違えないで下さい」

「美人が居ても声掛けるなというのか?」


 ……この人は生来の好色家のようですね。


「最低限ローザリア様の前ではそうして下さい。あんまり酷いようだと婚約破棄も有り得ます。それとも、公太子の座を捨てますか?」

「ローザリアだって私がそれを許さ――」

「頭で理解出来たとしても、心が納得しないのです。それにローザリア様を見て下さい。とっても綺麗ですよ?」


 流石は後宮侍女という仕上がりもありますが、やっぱり王族です。美形の血筋に加えて、品の良さ、独特の高貴な気配、長い黒髪が綺麗な優しさ溢れる顔立ちの美人さんなのです。


「確かにローザリアは美しい。だがそれはとは別だ」


 これって結局……うーん。言った方が良いのでしょうか? 言わない方が良いのでしょうか? 流石にこれは失礼な気がしますけど……。


「なんだ? 多少の無礼は許してやるぞ」


 私が沈黙してしまったのが嫌なのかアントニウス様は早々に無礼の許可を出しました。


「前にアントニウス様がお茶会を開きたいと仰った時、ニコラ様が最後に言った言葉を覚えておられますか?」

「……娼館でも行って来いか?」


 ちゃんと覚えてらしたのですね。てっきりお忘れかと思いましたよ?


「はい。お訪ねになりましたか?」

「は?」

「きゃ!」


 突然踊りを止めてしまったアントニウス様。勢い余った私は、そのままアントニウス様の胸に飛び込む形で追突しました。


 突然止まらないで下さい!


「済まない。大丈夫か?」

「はい。大丈夫っ」


 抱き止められたあと、起こされながら返事をしたのですが……うぅ。は、恥ずかしいです。物凄い数の視線が集まっています。正直怖いぐらいです。

 あぁ、クラウド様にも見られてしまったようです。まあこの上位貴族と子爵のゾーンは少し高い位置の王族の椅子から良く見えるので当然ですが。今間違いなく目が合いました。


「悪かった。動きを止めた私の所為だ」

「謝らなくて良いですから、端までエスコートして下さい」


 ダンスを続ける気ですか?

 端までエスコートしろと言ったのは、アントニウス様への私の配慮です。セルドアの社交界のでは、仮に女性に問題があってダンスで失敗したとしても、女性をちゃんとリード出来なかった男性に問題があるとされて社交界での評価が下がってしまいます。ただ女性が端までエスコートされれば、女性側として男性に「貴方のせいではありません」という無言のメッセージになります。


「あ? ああ……」


 アントニウス様が腕を差し出し、私はそこに軽く手を添えて歩き始めます。……まだ思いっ切り注目されていますね。


「娼館には行かれたのですか?」

「行くわけがないだろう。何故そんなことを訊く? ローザリアを大事にしろと言ったのはお前だろう?」


 歩きながら小声で訊くと小声で返して来たアントニウス様は私の質問の意図を図りかねているようです。意外と素直な話ですよ?


「では、社交で他の女性と楽しそうに目の前でダンスをされるのと、娼館に行かれるの、どちらが嫌かローザリア様に尋ねられたことは?」

「そんな決まり切った質問をするわけない」

「因みに私は前者です。基本的に割り切った関係の娼館より、どこまでも勘繰ってしまう社交の方が嫌です。勿論娼館に通い詰められたら話は別ですけど」


 アントニウス様は目を丸くしてしまいました。


「何が嫌かは人それぞれです。ちゃんとお話してみて下さい。色々話すと案外違う答えがあったりするモノですよ」


 黙ったままのアントニウス様にエスコートされてダンスゾーンの端まで歩いた私。流れで向き合うと、アントニウス様は右手を胸に置く紳士の礼を取りました。


「……クリスティアーナ嬢。失礼をした上にご配慮に感謝する。この件は改めて謝罪する」

「お気になさらない下さい。アントニウス様とローザリア様の幸せを心より願っております。それでは失礼致します」


 淑女の礼を取り間髪入れず踵を返した私は、少し足早にアントニウス様から離れます。いえ、厳密には見えていた筈のあの場所からいち早く逃げ出したかったのです。


「クリスちゃん。大丈夫?」


 優しい声で少し心配気に私を呼んだのは当然、


「お姉様」


 ああ、優しいお姉様の顔を見た途端泣きそうになってしまいました。幾らデビュタントでも色々有りすぎなのです。


「クリスちゃん。ちょっと休みましょう。椅子で良いかしら? 部屋を借りましょうか?」

「出来れば部屋が良いです」


 もっと言えば、居住区の私室の寝台に潜りたいですが、流石に我が儘過ぎます。


「アンドレアス様」

「ああ、此処で待っていてくれ」


 あれ? お兄様? お兄様に全く気付かないなんて思った以上に私はダメージを追っていたようです。


「はい。出来るだけ早くお願いします」

「分かっている」


 早足でその場を去るお兄様の背中を見ながら、違和感を覚えました。お兄様のサラサラな筈の髪がボサボサになっていたのです。……私やお母様並みのサラサラ髪がボサボサになることがあるでしょうか?


「クリス?」


 突然お母様が私を覗き込みました。心配そうなその顔を見て私の頬に涙が伝いました。これはもう抑えることが出来なそうです。


 私の涙を抑えるようにお母様の両手が私の頬を包みました。その手の優しさに余計涙が溢れて来ます。


「何があったの? 知っている?」


 お母様が質問したのはお姉様です。


「踊っている最中に相手の男性が突然止まって、クリスちゃんがその人に」

「違っ」


 言葉がちゃんと出ない私は、必死に首を横に振りました。


「何があったの?」

「ローザ、リア様を、傷、付け、た、かも」


 ローザリア様はダンスが止まってしまう前からずっとこちらを見ていました。間違いなく一連のやり取りを見ていたでしょう。アントニウス様が本人の言う通り他のご令嬢とも踊っていたなら問題はないですが、もし――――





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