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側妃って幸せですか?  作者: 岩骨
第三章 惹かれ合う二人
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#64.切っ掛け

 当たり前ですが、デビュタントに限らず社交に同伴するパートナーは、伴侶か婚約者がベストです。続いて推奨されるのが家族なのですが、デビュタントのパートナーとして父親は相応しくないとされています。加えてあまり年齢差があっても良くありません。しかし、デビュタントが行われるのは貴族限定の「年越しの夜会」です。身近に適切なパートナーが見つからないと、場合によっては今では全く交流の無くなった遠戚の同世代の貴族令息にパートナーを頼むこともあるそうです。

 そう考えれば、又従兄弟であるこの二人がパートナーを組むことは、別段不思議なことではありません。二人の身分や立場、置かれている状況を考えなければ。


 緊張で半分意識を飛ばしながらも自分で下りて来た赤い絨毯の敷かれた幅の広い大階段。それを一段一段踏み締めながら下りて来るご令嬢を夢見心地で眺めていると、やがて響いて来た声。その声で私の頭は完全に覚醒しました。


「エリントン公爵令嬢シルヴィアンナ様。お相手は、王太子ジークフリート・デュマ・セルドアス殿下第一王子クラウド・デュマ・セルドアス様」


 クラウド様?


 見上げた先に居たのは、銀の髪と真っ赤な瞳、お兄様と同じ近衛の黒い軍服を纏った長身の美少年。その人は間違いなく私の主。クラウド・デュマ・セルドアス様でした。そして、クラウド様にエスコートされて階段を下りているのは、青い髪を縦ロールにした長身の女性です。間違いありませんね。数時間前門の所で目が合った方です。


 ……綺麗な方です。淡い水色で諸々の箇所にレースや柄が入ったバルーンスカートのゴージャスなドレスに、これまたゴージャスな縦ロールの鮮やかな青い髪が映えています。

 ただ綺麗なのは外見だけではないようで、立ち姿がまるでソフィア様のように素敵な方です。いえ、これは自分を研くことに躊躇のない美しくあろうとする女性の姿で、決して外見の話ではありません。


 優しく階段の下までエスコートしたクラウド様に、シルヴィアンナ様が礼をすると、二人はデビュタントとそのパートナー逹の並びの先頭に立ちました。

 後ろから見ても絵に成る二人です。シルヴィアンナ様は長身ですが、クラウド様も充分長身ですしとてもお似合いです。


 ん?


 もしかして、言い難そうにしていたのってこれでしょうか? だとしたらどう考えても言ってくれた方が良かったですよ? って、私にそんなことを言う権利はありませんが。


 違う。私言いたいです。


「言え」と。


 クラウド様に言いたいです。「告げないことにプラスなんてない!」と声を大にして言いたいです。


 あぁ! 焼きもちです。嫉妬です。独占欲です。どす黒い気持ちがどんどん溜まって行きます。


 最悪です。確かに「切っ掛け」さえ有れば、「好きだ」とはっきり言えるとここ数ヶ月ずっと思っていました。でも正直、こんなマイナスの形は想像していませんでした。このままもう少し時が経てば、クラウド様から聞けると、はっきり告げてくれるいう甘い考えを持っていました。

 いえ、言い訳するならこんなにもどす黒い気持ちが湧き出して来るとは思って無かったのです。だって理解していますから。


 私があそこに立つことは無いって。


 幸いシルヴィアンナ様に対してマイナスの感情が湧いて来ないのが救いですが、クラウド様が今まで何も言ってくれなかったのがここに来て大きく尾を引いてしまいました。


 ん? シルヴィアンナ様に対して何も思わない? ……これって嫉妬ですか?


 今の感情を正直に表すなら「何で何も言ってくれないのよこのスカタン!」ですね。これは完全にクラウド様に向ける感情です。シルヴィアンナ様に対して敢えて言うなら「羨ましい」ですかね。側妃にしか成れない私は、こういう場でクラウド様と並んで歩くことはあり得ません。それは素直に「羨ましい」です。羨ましいということは、まあそういうことなのですが……やっぱり側妃に成りたいとは思えませんね。


 うーん。思いが小さ、あ! 止めです。


 いつの間にかローザリア様とアントニウス様が下りて来ていました。


 実は最後の一人が下りて来るのがちょうど年越し直前になるように調整しながら呼び出しをしているのです。だからこのまま年越しの祈りをします。

 そして祈り終えると、デビュタントの最後の見せ場。ダンスが始まります。


 動揺している今考えても、どうせ良い答えが出て来るわけはありません。なら楽しみましょう。イブリックの夜会とは比べ物になりませんし、上位貴族は男女共見目麗しい方ばかりです。眼福し放題です。






 こうして久々ポジティブを全開にした私は、広い広いダンスホールを目一杯使ってダンスしました。


 え?


 だって一万近い人がダンスをするホールを82組で使っているのですよ? スカスカです。なんて言いつつ私達が使ったのですら一部です。デビュタントは上位貴族と子爵家が主に使うゾーンからあまり出るなと言われましたからね。

 お兄様は戸惑いながらも大きく踊る私に付き合ってくれました。


 同伴したパートナーとのダンスが終わると一応デビュタントも自由に動けるようになるのですが、ここで大抵父親とダンスをします。中には……という令嬢もいますね。年頃ですから。それと、これは完全にただの慣例なのですが、父親とデビュタントのダンスも皆踊らないで見ています。


 そしてその後、真価が問われます。如何にそのご令嬢が上手くデビュタント出来たか。解り易い答えが出てしまうのです。


 ダンスの誘われ方で。


 まあ上位貴族の令嬢ですと色々制約がありますので関係ありませんが、結婚に身分の制約を殆ど受けないと言われる子爵令嬢や、上位貴族に嫁ぐ例も少なくない男爵令嬢では解り易い答えが見て取れてしまうのです。


 そして私がどうだったかと言うと――――


「申し訳ございません。私疲れてしまいまして、少し休ませて頂きたいのです」


 最初からこの言葉を三十連発ぐらいする羽目に成りました。あと腐れのない言葉ではありますが、疲れたというのは完全な嘘です。全く疲れてはいません。それに今は通用しますが……。


 ずっとは使えない言葉が使えなくなったらどうしましょう? などと考えながら、お兄様とお姉様の見事なダンスに夢中になったり、挨拶に回る両親に付いて回って一緒に挨拶したりしていました。……お父様。お母様。やっぱり顔が広いのですね。いえ、広いのは知っていましたがここまで……。

 たまに来るダンスの誘いも断りながら一時間ぐらいが経過した頃、何故か話が合ったライダンス子爵家の奥様と立ち話をしていると、突然横から声が掛かりました。


「クリスティアーナ嬢。一曲ご一緒願おう」


 振り向くとそこに居たのは、


「アントニウス様」


 上から目線は別に良いのですが、もう少し笑った方が女性も、いえ、この方が笑ったら詐欺師ですね。


「生憎私疲れて――――」

「それは嘘だな。疲れたなら何故ずっと立っている」


 ずっと?


「行ってらっしゃいクリスティアーナ。男爵令嬢の貴女はデビュタントでしかこの辺りでは踊れないのよ?」

「いえ、奥様」


 この方がどなたかご存知ですか?


「ローザリア様は宜しいのですか?」

「別に君だけを誘っているわけではない」


 ……では「ずっと」とはどういうことですか?


「怖がらなくても大丈夫だわクリスティアーナ。デビュタントなのだから楽しんでいらっしゃい。無体な真似をされたら大声で叫べばいいだけよ」

「一曲だけだ。外に連れて行きなどしない」


 ……あまり説得力はありませんが、逃げられないということはないでしょう。


「分かりました。ご一緒致しますわアントニウス様」


 私は受けてしまったのです。誘われた時からダンスを終えるまで全て見ていた人が、二人も居たことに気付かないまま。






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