#63.降臨
途中からミーティアの父、ダッツマン子爵視点です。
「注意事項は以上。何か質問はあるかしら?」
ある筈がないではないですか。王宮の夜会教書のどこに「庭に強引に連れ出された時の撃退の仕方」なんて書いてあるのですかリシュタリカ様。
「無いようね。ならまた暫く休憩よ。丁度「終日の儀」が終わったぐらいだからあと二時間ぐらいで始まるわよ。身体はしっかり休めて置きなさいね。地獄に落とされる前に」
いたずらっ子復活ですかリシュタリカ様? 笑顔が黒いですよ?
デビュタントまで数時間と迫った男爵令嬢達に余計なプレッシャーを掛けた長身の女官様は、自分の職務を終えると迷い無く私の方へ歩いて来ました。
「珍しく緊張しているようねクリス」
「珍しくありません。私は緊張する方です」
「何を言っているかしら貴女は。陛下の前でも全然緊張しないのではなくて?」
え? 陛下?
「クラウディオ陛下はとても優しい方ではないですか」
なんであの方の前で緊張するのでしょうか? いえ、最初は緊張してましたよ。でも人柄が解れば緊張なんかしません。逆に侍女に緊張なんかされたら王族は暮らし難いでしょう?
「……貴女がクラウド様の傍に居られる理由が解った気がするわ」
傍に居られる理由? それどういう意味の理由ですか?
「リシュタリカ様。意味が解らないのですけど」
「兎に角。輝いてらっしゃい。向日葵殿の大階段以上の舞台は無いわ。貴族の女が一番輝けるのはあの瞬間よ」
……励ましですか? 発破ですか? リシュタリカ様。どちらにしても、
「ソフィア様の言葉ですよねそれ?」
リシュタリカ様がデビュタント前にソフィア様に言われた言葉だった筈です。
「誰が言っても意味は一緒だわ。重みは違うけれど」
はっきり認めるのですね。
なんだかんだで六年経ちますが、同期の親友四人の中で一番変わったのはリシュタリカ様だと思います。今では同僚の信頼も厚く後輩からも慕われる立派な幹部候補ですからね。
「ありがとうございます。リシュタリカ様と仲良く成れて良かったです」
「たまにミーティアが羨ましくなるわ」
はい? 何故ここでお姉様が登場したのでしょうか?
「お姉様? リシュタリカ様はお姉様が羨ましいのですか?」
「……それよ。貴女に姉と呼ばれるのが」
照れて逸らしたその顔はいつもの美しいモノとは違い可愛かったです。
お姉様をお姉様と呼んだ一番の理由はお兄様とお似合いだと思ったからなんですけどね。ただこの直感の狂いの無さは自慢出来ます。ただの勘ですけど。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
婿殿も含めて、今年のデビュタントには例年と比べて話題が多い。
先ずは方々から話題の絶えないシルヴィアンナ嬢だ。このエリントン公爵家のご令嬢は、八歳下の弟が産まれるまで公爵家の女当主になると話題になったほどの逸材だった。
婿殿程飛び抜けて高い魔才値の持ち主というわけでもないが、魔法学院入学前だというのに、既に中規模の魔法が使えると言うから驚きだ。まあそれも、大規模魔法を扱えた婿殿程ではないのだが。やはり「金髪の魔女」の名は伊達では無いようだ。加えて「無双」とまで言われたアルヘイルの血を引いているのだから……ミーティア。我が娘ながら凄い男を射止めたモノだな。
思考が逸れたな。中等学院でも話題を独占し、未だにクラウド王子の最有力婚約者候補のシルヴィアンナ嬢は、今まで全くと言って良い程社交界に姿を見せなかった。しかし、デビュタントを終えてしまえばそうは行かない。彼女の動向は堅実内政派の一人としても、一子爵家の当主としても、注視する必要がある。
そしてあの噂が本当だとしたら、来年の社交界はシルヴィアンナ嬢を中心に動くだろう。
それからローザリア様だ。シルヴィアンナ嬢程ではないにしても、末席とは言えイブリックへ嫁ぐ姫は決して軽視出来ない。
そもそも、公太子へ嫁ぐ姫をローザリア様と決定したのは年齢的な理由が一番の筈だ。勿論レイフィーラ様という選択はあり得ないが、それこそベニート様辺りが女の子だったらそっちが選ばれていた。ローザリア様と恐らくそのパートナーとして出て来るアントニウス様は、一国の主になるのだ。軽視など出来る筈がない。
個人的に非常に注目しているのが婿殿だ。
両家によって合意は済んでいるし許可申請も出したが、正式な結婚許可状が出るのは早くて二月だ。そこから婚約式まで三ヶ月は掛かる。そして婚約式の一年後に結婚式。こう考えるだけで貴族の結婚は本当に面倒だ。
いずれにしても、結婚許可状が出ていない状況では王宮の中で行われる近衛の入団式に出席出来ない。ミーティアは夫となる者の晴れの舞台を拝めないのだ。それに配慮した近衛騎士団が今日妹のエスコートをして向日葵殿の大階段を下りることが決まっていた婿殿に近衛の軍服をいち早く支給した。主役は勿論ミーティアの義理の妹の方だが、婿殿にも堂々と歩いて貰いたいモノだ。
そう言えば、ミーティアは矢鱈とその妹を持ち上げて、とても美しい令嬢だと言っていたがどうなのだろうな? ……やはりあの際立った美形の婿殿に呑まれてしまうのではないか? まあ本人を見たことがないのだからなんとも言えんが。
クラウディオ陛下とソフィア様が寄り添いながら優雅に大階段を下りて来た。
普通の夜会ならここが最高潮、以降はそれぞれが方々に散って社交を始めるわけだが、毎年今日だけは違う。今夜はここからが本番、主役達が登場して来る。
「年越しの夜会」のメインイベント。デビュタントだ。
ただ残念な事に、全ての令嬢に注目が行くかと言えばそうではない。一人に与えられる時間は大した事はないが、全部で四時間近く掛かるのだからそんな事は不可能だ。
デビュタントは、毎年午後八時前後に始まり、日付が変わるまでに80人前後の令嬢が休み無く下りて来る。爵位の低い者から順々に下りて来るから、最初の2,30人の士爵令嬢は注目されているし、子爵令嬢になると皆再び注視し始める。しかし、その間の男爵令嬢達は毎年犠牲になると言って良い。俗に「中だるみの男爵」と言われていて、多少容姿が優れている程度では先ず注目を浴びることはない。
ただ正直に言えば、田舎士爵令嬢にある素朴さや子爵以上の令嬢にある洗練さなどを、大半の男爵令嬢は持っていない。中途半端で特徴がないのが男爵令嬢なのだから仕方がないと言えば仕方がないのだろう。まあそこに“狙い”を定めて注目している次男三男が居ない事もないがな。
そんな事を考えながら「中だるみ」の始まっている最後の方の士爵令嬢をそれとはなしに眺めていたら、その時は訪れた。
「クリスちゃん」
「ボトフ男爵令嬢クリスティアーナ様。お相手は、ボトフ男爵令息アンドレアス様」
隣の実の娘の小さく呟く声が聞こえた思ったら、魔法で増幅させた呼び込みの声が向日葵殿のダンスホールに響いた。他ならぬ、婿殿とその妹を呼ぶ声だ。
そして────彼女は吹き飛ばした。「中だるみ」を。
私は息を呑んでいた。いや、私だけではない。少しの時間ではあるが会場全体が静まり返ったのだ。この巨大なホールに集まる万に迫る数の人間の言葉を奪った。有り得ない事に、ただ、ただ階段を下りただけで。
裾以外は深い青。裾は白に近い黄色。その間が徐々に色が変わって行く不思議な色に染められたドレス。そのドレスは確かに美しい。肌の露出こそ少ないが、洗練されたデザインの素晴らしいドレスだ。腕の良い職人に作られた物に違いない。
そして白に近い金色の髪がそのドレスの深い青に映えている。手入れを怠っていない事が一目で分かるその髪は真っ直ぐに彼女の背中へと流れ、階段を下りる度にふわりと揺れている。その動きが髪その物を美しく魅せながら、ドレスの青が髪の金を、髪の金がドレスの青を引き立たせている。
このセンスは称賛に値するし、仮にそれが他人の助言によるモノだったとしても、それは彼女の運の強さと言う事だ。
ただ、そんなモノで会場全体が呑まれるなど有り得ない。
大国セルドアの殆どの貴族が集まったこの会場を呑み込んだのは、間違いない。彼女の放つ異常な存在感だ。傲慢でも強気でも無ければ、儚げでもない。でも惹き付けられるその気配に会場全体が呑み込まれたのだ。正直言ってソフィア様のそれより上だったように思う。
あ! ……何故気付かなかったのだろうな。同じだ。彼女の母セリアーナ様と。ああ彼女は養子とは言えベイト伯爵家の人間だったからここまで会場が変化することはなかったのか。
「ね? 凄いでしょうクリスちゃん」
「ん? ああ」
「やっぱり。信じていなかったのですね?」
ここまでとは誰も思わないだろう?
のちに語り草となった一人の男爵令嬢の「降臨」から約一時間半。ハンナ・ヨプキンス伯爵令嬢が呼ばれて、今年のデビュタントも残ることあと二人。
「エリントン公爵令嬢シルヴィアンナ様。お相手は、王太子ジークフリート・デュマ・セルドアス殿下第一王子クラウド・デュマ・セルドアス様」
噂は本当だったか。これはもう待ったなしだろうな。
2015/10/27まで毎日二話更新します。午前午後で一話ずつですが時間は非常にランダムです。




