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側妃って幸せですか?  作者: 岩骨
第三章 惹かれ合う二人
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#62.不覚

 デビュタントを迎える令嬢たちは「終日の儀」には出席せずに向日葵殿の控え室に入りますから、今年最後のお茶の時間が終わると、私は両親と共に馬車に乗り込みました。


 緊張で話せなくなるかと思いきやそうでもありませんでしたね。色々と準備に動いてくれたお礼を言っている間にボトフ家の箱馬車が王宮の正門の前を左に曲がりました。第二門に向かう為です。因みに正門は迎賓区へ、第二門は社交区への門です。

 馬車の進行方向が北から西へと変わり、王宮の南の城壁沿いの大通りに入った途端、馬車は急速に減速しました。小さな窓から前を覗くと、そこには馬車の列が見えています。

 これはデビュタントを迎える令嬢が乗った馬車の列です。今年のデビュタントは全部で82人ですから、これぐらいの列になるのは当然です。まあ同じ年が偶々多いわけではありませんので例年のことですね。


 ゆっくりと進む馬車の上で両親と三人での団欒に勤しんでいると、漸く第二門の前まで来ました。そして私がお父様にエスコートされて馬車を降りたその時、


「上位貴族の馬車が来る。道を開けよ!」


 警らをしていたと思われる国王騎士様から怒声に近い大きな声が響きます。その声を聞いて門近くまで来ていた馬車達が一斉に反対車線に寄りました。因みに馬車は右側通行です。


「受付を済まそう」


 幸い、私とお父様が今居る場所は門の右脇で、受付になっている石造りの小屋は門の右奥です。馬車の通行の邪魔にはなりません。


「はい」


 ……何ででしょう。今から来る馬車が気に成ります。


 先行するお父様に付いて小屋の前まで歩いて行くと、後ろから私達の方へと走って来る馬車の気配を感じました。そっと振り向くと、一際豪奢な馬車が門を潜るところでした。


「エリントン公爵家だな」


 お父様が呟きました。ああ確かにそうですね。勉強した通りです。


「ソフィア様のご実家ですね」

「……そういう認識なのだな」


 間違ってはいないと思いますよ?


「クラウド王子の婚約者の有力候補がエリントン家の令嬢だろう? クリスと同じ年の」


 あ! そうですね。自分のことばかり考えていましたけど、シルヴィアンナ様を初めて拝めるのでした。楽しみです。


 そんなことを考えながらその大きな馬車を眺めていると、車中の女性と目が合いました。ソフィア様に似た鮮やかな青い髪をした女性です。美人さんですね。その人の視線は間違いなく私を追って動いています。

 確実に目の合ったその女性はお互いが見えなくなる寸前車中で身体ごと振り向いたようにも見えました。真横を通り過ぎて行った馬車の後ろ姿を見て妙な寂しさを覚えた私です。……何故?


 若い女性だったのは間違いないですが、あの方がシルヴィアンナ様でしょうか? 少し年上にも見えたのですが……。






 今年のデビュタントは48人の士爵令嬢と22人の男爵令嬢と9人の子爵令嬢がいます。ここまでは至って普通の数字です。しかし、今年はまだあと三人も居るのです。

 毎年一人居るか居ないかの王族と上位貴族からの三人。具体的には、伯爵令嬢のハンナ・ヨプキンス様。公爵令嬢のシルヴィアンナ・エリントン様。そして最後は、


 ローザリア・セルドアス様です。


 いつぞやの話し合い?のあとクラウド様がキチンとケアなさってようで、ローザリア様は中等学院の卒業式にもちゃんと出席して、アントニウス様とも交流を再開しています。当然のデビュタントの準備も着々とこなしていたようですから、今日は後宮侍女の本気を拝める筈です。ピカピカに研かれたローザリア様にきっとアントニウス様も心奪われるのではないでしょうか?

 ただあの時のクラウド様は絶対心当たりがあった筈です。何故かそれが凄く気になります。ローザリア様が引きこもる切っ掛けを作ったのはいったいなんだったのでしょうか?


 と言うか、デビュタントの準備で王宮を離れる前、クラウド様はずっとなにか言いたげにしていたのです。そしていざ暫しの別れの挨拶をしたあと、部屋を出る寸前の私を呼び止めたクラウド様は「なんでもない」と言いました。呼び止めておいてなんでもない筈がないのです。一瞬身分を無視して問い詰めようかとも思いましたが、流石に踏み留まりました。所詮侍女は侍女ですからね。


 話は変わりますが、私は今とても気まずい状態にあります。というか、今の今まで全く気付かなかった失態に驚愕しているのです。


 向日葵殿でデビュタントの令嬢達に宛がわれる控え室は、普段王族が使用する部屋をこの日の主役達の為に開けて貰えるので普通の部屋よりかなり広いです。しかし80人が全員が同じ部屋は流石に無理です。ならどうやって分けるかと言えば、身分で分けてしまうのが一番面倒が少ないのです。と言うことで、同じ年の男爵令嬢21人と同じ部屋に押し込められた私なのですが……。


 不覚でした。


 到着したのは比較的遅い方だった私がこの控え室に案内された時は、もう20人近いご令嬢が控えていました。中には、緊張で既に青くなっている娘とかもいましたが、大半が何人かのグループに別れてお喋りをしていました。

 ここまでは普通のことなのですが、問題はこのあとです。入って来た私を一瞥した彼女達の顔や瞳に共通した一つの疑問が浮かんだのです。それは、


「誰?」


 でした。そうです。彼女達は顔見知りなのです。大半が中等学院の、一部は侍女見習いの。不覚にも私は同じ年の貴族の友達を作り損ねるという大失態を犯していたのです。

 まあ結果的にそうなっただけなんですけどね。同じ年の侍女見習いが入って来てすぐイブリックに行ってしまいましたし、今年は居住区で生活していましたから彼女達との接点は皆無だったのです。たまに後宮に顔を見せても侍女見習い一人一人の顔や名前を覚える余裕はありませんでしたし……。


 と言うことで扉の近くの椅子に陣取って全く他のことに思考を飛ばすよう努力している最中です。

 いえ、仲良くしても良い。というかよりか、仲良くしたいですけど、チラチラと私を伺うだけでこちらを受け入れてくれる雰囲気が全くと言って良いほど感じられないのです。まあ彼女達にしてみると「今更同じ年の男爵令嬢?」でしょう。


 わざわざ仲良くしたい相手ではないと思います。と言った途端に二人組のご令嬢が私の方を見て近付いて来ました。


「あのぉクリスティアーナ様ですよね? クラウド様付きの」


 ……そんなに恐る恐る尋ねるようなことでしょうか。クラウド様付きという辺りで他の何人かのご令嬢がこちらを向きました。モテモテですねクラウド様。


「はい。お二人共侍女見習いをなさっていた方ですか?」

「はっい」

「そうです!」


 普段あまりしない作り笑いをしながら答えると、片方は吃りながら片方は興奮しながら答えてくれました。反応が両極端な方々ですね。


「そんな畏まった返事は必要ないですよ。ここに居るのは男爵令嬢だけですから」

「いえ。私達二人共後宮に残るのです。たから――――」

「だとしたら余計に畏まってはいけないと思います。同じ階級になるのですから」


 何年目だろうと同じ階級は同じ階級ですよ。


「いえ、でも――――」

「クリスティアーナ様って本当ですの?」


 唐突に違う方向から声が掛かりました。声がした方を見ると、新たに四人の令嬢が近くまで来ていて、その中三人は目が爛々と輝いています。


「クラウド様との噂は本当なのですか?」

「え? 噂?」


 何の話でしょう?


「クラウド様の側妃になられるとか? 違うのですか?」


 側妃!? 恋仲とかの噂を飛ばして側妃ですか? ……なんだかんだ言って私とクラウド様が噂になっていたのですね。まあ、クラウド様が強引に私を侍女にしたのは近しい人の中では常識ですけどね。


「少しは自重なさいよ。噂は広めるなって言われたでしょう?」

「本人に訊くのと噂を広めるのとは違うわ」


 どういう理屈ですかそれは? 噂話をしてしまっていることに変わりは無いと思いますが……。しかも、噂話が部屋に居る方全員に伝わっていますよ。音速で。

 ここはきっぱり否定した方が良さそうですね。


「クラウド様からは何も告げられておりませんし、私は側妃に成りたいとは思っていません」


 本心ですし、嘘は一つもありません。ですから皆さんそんな寂しげな目をしないで下さい。

 部屋の殆どのご令嬢がこちらの話に耳を傾けていたようですね。私の言葉に控え室は意気消沈と言った空気が漂いました。ただその中で一つ、誰の発言かは分かりませんが気になる言葉が呟かれていました。


「当然よ。シルヴィアンナ様が正妃になるんだから、側妃なんか許されるものですか」


 お三方みたいにシルヴィアンナ様に心酔されている方がいらっしゃるのですかね?






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