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側妃って幸せですか?  作者: 岩骨
第三章 惹かれ合う二人
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#61.デビュタントのドレス

第三章の山場に突入します。デビュタントです。まあ本当の山場まではまだ少し先ですね。

 以前お話した通り、デビュタントは人生の一大イベントです。ですが、後宮官僚である私は飽くまで主催者側の係員なのです。侍女である私がドレスなんて着ることは許されないのです。

 なんて酷いことは誰も言いませんでした。クラウド様や同僚達の配慮もあって、デビュタントである今年の「年越しの夜会」だけは出席者の一人として参加することを許されました。まあ“だけは”なんて言いつつ、休みが取れれば出席出来ますけどね。取れれば。


 人生の一大イベントに恥を掻くわけにはいきませんから、私は今年一年掛けて準備に奔走していました。忙しい合間を縫って、やれドレスだ。やれアクセサリーだ。やれ小物だ靴だと奔走したその結果、色んな人に助けて貰えて嬉しかったのですが、その話を全部しているとキリがないので、一番大事なドレスの話だけ致しましょう。


 今年私がデビュタントを迎えることは15年前、産まれて来た時から確定していたことです。分かりきっていた話ですが、正直イブリックに行っている間は頭から消し飛んでいました。ですから初めてデビュタントのドレスに付いて口に出したのは去年、実家に帰った時です。しかも私ではなくお母様から。


 お母様の話は、自分がデビュタントで着たドレスがあるからそれで良いならそれを着れば? という話で、淡い水色のドレスを見せてくれました。

 お母様のデビュタントドレスは確かに素敵で、サイズも一年後の私にぴったりといった感じでした。だから直後に軽く袖を通してみたら、お父様もリリも絶賛してくれました。ただ、お母様が放ったのは「夜会では髪が映えないわ」の一言でした。

 流石はお母様です。私のこの白に近い金の髪色は淡い色のドレスに溶けてしまうのです。照明の関係で特に夜会ではそれが顕著で、クリーム色のドレスの時など腰まである髪が肩までに見えてしまう程でした。水色ならそこまで酷くないと思いますが、髪が映えないのは間違いないのです。

 ということで、お母様のデビュタントドレスを借りる作戦は却下に成りました。


 なら新調しようという話に至ったわけですが、問題は仕立屋さんをどうするかです。

 お母様は養子とは言え伯爵家の娘だったわけですし、男爵夫人にもドレスは必要です。「お母様が贔屓にしている仕立屋さんに頼もう」と考えて、実際動き始める直前に突拍子もないことを思い付いてしまいました。


 ――私ドレス作れる――


 流石に一から十まで作ろうとは思いませんでしたよ? ただ後宮に売り込まれるデザイン画の中には、先進的過ぎたり懲り過ぎたりで不採用になるモノが沢山あります。その中で私が良いと思ったモノをデザインした人と一緒に作れたら素敵だなぁなんて思ってしまったのです。

 違いますよ。そのお陰で眠る時間を削る破目になっただけで、後悔はしていません。反省の必要は多分にありますけどね。「ただでさえ忙しくのに何を考えてる?」という目でクラウド様に見られてしまいましたし。


 でも、結果的にとっても素敵な出会いもあったのです。


 私が気に入ったデザイン画は、中央区の繁華街の少し裏手に在る小さな仕立屋さんが、繋がりのある大きな仕立屋さんの売り込みに紛れ込ませたモノでした。シンプルなのに繊細で洗練されたそのデザイン画を見て、私は休暇を使ってその仕立屋さん「ダグラス服飾工房」を訪ねたのです。


 そして、本当に驚きました。そのデザインの主はなんと14歳の私と同い年の女の子だったのです。


 私より少し背が低くてそばかすがキュートなその細身の女の子ルッカちゃんは、とっても頑張り屋で元気な腕の良い仕立て職人でした。

 ルッカちゃんとは最初、ドレスの、彼女にとっては仕事の話しかしなかったのですが、「ダグラス服飾工房」に通ううちにとっても仲良くなれました。ドレスが完成した今では、直接会うことはあまりありませんが手紙のやり取りは頻繁にしています。

 最近ではクラウド様付きの侍女だと知って驚いていましたね。ロマンスを勘繰るのは止めて欲しいですけど、否定できないのがなんとも……。


 話を戻しましょう。作れるなんて思っておきながら、私がやったのは主に刺繍です。

 ルッカちゃんが大半を作ったこのドレスは、深い青のプリンセスラインのドレスなのですが、全体として海をイメージしたモノでした。

 胸やウエストは青以外使っていないのですが裾の方に向けて砂浜をイメージしたグラデーションが入るのです。問題はその海と浜の“境目”でした。セルドアにある染色技術では綺麗なグラデーションが出来ないのです。

 そこで登場したのが刺繍でした。全体が重くなる事を覚悟で刺繍糸でぼかしを入れ、綺麗なグラデーションを実現したのです。

 ただプリンセスラインのドレスの裾は広く、糸を入れて行く作業だけでも大変でした。というか、作業ペースが上がらずに時間的に無理があったのです。だから結果的に私達は、別々に作って合体させる方法にしたのです。これは、刺繍糸を入れたパーツとドレス本体とを縫い目が見えないように縫い合わせるルッカちゃんの技術が有って初めて為せる方法なのです。


 そしてその仕上がりを見て度肝を抜かれました。思わず「本当にこれ縫い合わせたの?」と本人に尋ねる程。


 ルッカちゃんは「まいどあり」なんて笑いますけど、貴女の持っている技術は絶対に、私が払った金額程度では到底足りない、もっとずっと価値のあるモノですよ? 本当にありがとうルッカちゃん。






 数時間ぶりに姿見の前に立って、私は自分の目を疑いました。


「完璧です。お美しいですよお嬢様。今日はダンスのお誘いが絶えないでしょうね」

「ありがとうございます」


 私をお嬢様と呼んで称賛したのは、伯爵家の侍女エマヌエラ様です。正直お世辞には聞こえません。まあベイト伯爵家の使用人は元々余りお世辞を言ったりしないのですけど、照れます。恥ずかしいです。目をキラキラ輝かせて眺めないで下さい。

 朝からお風呂に入れられて、幾人もの熱心な使用人の手によって研かれた私は、自分で見ても綺麗に仕上がりました。……顔を良く見ない限り本当に完璧だと思います。


「良いかしら?」

「是非ご覧ください。如何ですか?」


 扉が少し開いてお母様が顔を出しました。リリアーナも一緒です。


「うわ! 凄いお姉様! 綺麗! お兄様の軍服姿もカッコイイけれどお姉様の方が凄いわ!」


 リリは良く手放しで私を褒めるので参考に成りません。レイフィーラ様と同じ贔屓目です。


「完璧だわ。ありがとうエマヌエラ」

「いいえ。ベイト家は男の子ばかりで若い女性はいませんから。凄く楽しめました」


 ベイト伯爵本家は6人兄弟ですからね。ルンバート様の女装もそれが原因らしいですよ。


「それにしても綺麗な色だわ。どうやって染色したのかしら?」

「染色ではないのですお母様。細かい部分は刺繍糸を混ぜ込むようにして色を作っています」

「刺繍糸で? 凄く大変な作業だわ。裾はこんなに広いのにどうやって糸を入れて行くの?」

「ふふ。それはですねぇ────」


 嬉しく成りながらルッカちゃんの縫製技術について力説していると、


「入って良いかな?」


 開いたままの扉にお兄様とお父様が顔を出しました。


「お兄様! 素敵です。凄くお似合いですよ近衛の軍服」


 今年魔法学院を卒業したお兄様は、近衛騎士団に入団することが決まっています。王国騎士団を経ずに近衛に成るのは極稀ですが、お父様も同じですからそれ程不思議なことではありません。お兄様の魔技能値は頭抜けていますからね。

 ただ、普通は入団式で初めて纏うその軍服が早めに支給されたのは、私の影響です。


「まだまだ着せられている。着こなせるようになれ」

「初めてなのですからしょうがないでしょう? だからと言って魔法学院の制服というわけにもいかないですし」

「そうね。卒業した場所の制服を着て向日葵殿の大階段は歩けないわ」


 向日葵殿の大階段。他ならぬデビュタントの令嬢達が下りて行く大階段です。お兄様は今日そこで私をエスコートする事になったのです。


「あれを下りると思うとゾッとしますよ」

「貴方が転びでもしない限り大丈夫よ。隣に居るのはクリスなのだから」


 え? それって私だけ注目されるからお兄様は目に入らないということですか? 逆では?


「……そうですね。私が目に入るとは思えない」


 私をジックリ見た後で納得しないで下さいお兄様!


「そうだなぁ」


 お父様まで! あ! 皆で私を観察して頷かないで下さい!


 その後、伯爵夫妻やその子息、正月で伯爵家に滞在中の他の士爵家、男爵家の方々までワザワザ部屋に来て私を眺めて行きました。向日葵殿に行く前に妙な恥ずかしさを味わう事になった私です。


 見世物ではありません!






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