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側妃って幸せですか?  作者: 岩骨
第三章 惹かれ合う二人
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#59.正妃候補

 来年の四月、詰まりクラウド様の15歳の誕生日には、王位継承式と太子就任式が行われると発表があってから、もう半年が経過しています。

 クラウド様は中等学院そっちのけで連日社交に引っ張りだこ状態で、昨日は公爵屋敷で舞踏会、今日は王宮で婚約者候補の令嬢達と昼餐会、明日は伯爵屋敷でお茶会。こんな有り様です。ジークフリート様世代や下手をするとクラウディオ様世代の大人の男性相手でも余裕がある対応をしているクラウド様なのですが、どうにもご令嬢の相手は苦手なようでして、いえ、苦手というより嫌いといった方が正しいですね。

 王宮で行われる同世代の貴族子女との交流会みたいに大勢の令嬢達に囲まれてしまうのなら、それを嫌悪するのも解りますし一人一人応対出来ないのも事実です。しかし、お茶会や昼餐会は決してそうは成りません。一人一人の令嬢とじっくりお話する事が出来るのです。ですが、そんな時でもクラウド様の対応は――――


 無愛想そのものです。超が付いてしまうぐらい。


 まともに会話をする気がないとしか思えないのです。正直給仕をしていて「これで良いの?」と何度思ったか解りません。まあ相手が、クラウド様に対して執着しているとも言えるヴァネッサ・ベルノッティ様なら理解出来るのですが、私と同じ年の伯爵令嬢ハンナ・ヨプキンス様とか、クラウド様の二つ下の同じく伯爵令嬢ジョセフィーナ・アリスン様など、クラウド様の有力な婚約者候補の方々とも全くと言って良い程仲良くしようとなさらないのです。


 本当に良いのですかね?


 場合によってはジークフリート様やレイテシア様が一緒にいらっしゃるのに、お二人は何も仰いませんから問題無いのかもしれませんが、正妃候補ですよ? 将来大丈夫でしょうか?

 本人にそれを告げると「彼女達を正妃にしたいと思わない」とはっきり仰っていました。確かに口を開けばクラウド様を持ち上げていましたし少し下品なぐらい着飾っている方々でしたが、礼儀を欠いていたわけではありません。加えて上位貴族だけあって仕草や立ち振舞いはしっかりしていました。そして何より、美人さんばかりです。


 クラウド様……変な性癖の持ち主なんてことありませんよね?


 救いがあるとしたらシルヴィアンナ・エリントン様です。正妃ソフィア様のお兄様のお孫さんに当たる公爵家のご令嬢を、実は私、まだ見たことがありません。

 というのも、シルヴィアンナ様はあまり社交界に出て来ない方だそうです。デビュタント前ですから舞踏会と夜会に出て来ないのは当然ですが、保護者同伴なら出られるお茶会や昼餐会にすらも出て来ない方だそうです。

 ただ、中等学院にはちゃんと通っていて、多少なりともクラウド様と交流があるそうなので、シルヴィアンナ様とは上手くやっているのではないでしょうか?


 今挙げた四人とあと一人。とても特殊な立場にある伯爵令嬢を一人を合わせた全部で五人が、今のところクラウド様の婚約者、次期王太子妃の有力候補です。クラウド様としては最有力のシルヴィアンナ様と最後の一人を除く三人と交流を図らされている状況ですね。


 ソフィア様を見ている私には、正直お三人は正妃に相応しい方とは思えませんが、慣例はそう簡単に覆せませんからね。上位貴族から選ばざるを得ないでしょう。五人の中の誰かが正妃になるのは今のところ規定路線なのです。







 業務終了後の後宮の一室で、そんな感じのお話をたった今しているところなのです。相手は他ならぬクラウド様の有力婚約者候補の最後の一人のこの方。ここ三年で益々美女度合いを高め、ソフィア様と並んでも遜色ない際立った容姿を持つ長身の女官、


「なんでわたくしが出て来るのよ」


 リシュタリカ・ヘイブス様その人です。


「当たり前じゃないですかリシュタリカ様。リシュタリカ様はヘイブス伯爵令嬢でクラウド様と4つしか離れてないんですよ?」


 ケイニー様も一緒にお話してますけどね。


「迷惑ね。地位は自分で勝ち取る方が価値が高いモノよ」


 この国で最高の権限を持つ女性の座をあっさり切り捨てたリシュタリカ様です。


「あれだけ身分意識が高かったリシュタリカ様がここまで変わるとは思いませんでした」


 なんか嬉しいです。頬が緩んでしまいます。


「後宮でしか通用しないわ。セルドアの男社会で身分が絶対なのは間違いないわよ」

「そうですね」


 残念ながらリシュタリカ様の言うことは事実なのです。後宮を、厳密には王宮の居住区を一歩出ると、本当に身分がモノを言う社会が広がっています。

 最近良く社交界を覗き見ている私はそれを実感してしまうことが多いのです。いえ、実感と言いつつ私自身がどうのこうのではありません。しかし、お茶会の席順や配膳の順番など、細かい部分にも身分、爵位が登場しますし、同じ出席者でも親しくない上位貴族に話し掛けるには付き添い人に仲介を頼まなければ成りません。これを破っても不敬罪に問われるわけではありませんが、不作法なのは間違いありません。

 因みに王宮の居住区には後宮官僚がいっぱいいますのである程度後宮のルールが通用します。王族は身分に寛容ですしね。


「でもぉ、ある意味正妃の座って勝ち取るモノですよね。評価する人間が少なくて判断基準が曖昧なだけで」


 確かにそういう考え方もありますね。


「だとしても、上位貴族出身なのが前提なのだから出自の要素が強すぎるわ。

 それは良いとしてクリス。貴女は正妃候補が世間知らずのバカ女だなんて下らない話をする為にわざわざ許可を取って後宮に来たのかしら? それともわたくしに正妃に成れと言いに来たの?」


 クラウド様が乗り気ではないとは言いましたし、正妃には相応しくないかもとは言いましたけど、そこまで酷い事は言ってませんよリシュタリカ様。


「いえ。それに関連して訊いてみたいことがあって――――」


 リシュタリカ様とケイニー様の意見が参考になるか正直微妙ですが、こんな話が出来る人は今この二人ぐらいです。いえ、本当は居なくもないですが、取り敢えず今は上司とかではない“友達”に相談したいのです。


「勿体振らないで訊きなさい。そんなに訊き難いことなのかしら?」


 訊き難いと言えば訊き難いです。というか、この質問は見当違いだったとしたら物凄く恥ずかしいのです。とは言うものの、わざわざ時間を貰った二人の時間を無駄にするわけには行きません。


「……お二人はクラウド様の私への態度をどう思いますか?」


 ケイニー様。そんなに目を輝かせないで下さい。ただ取り敢えず見当違いではないようです。いえ、見当違いでないならそれはそれで物凄く恥ずかしいのですけどね。


「やっと気付いたわけね? まっったく。飛び抜け勘は鋭いのになんで気付かないのかずっと不思議だったわ」


 やっと?


「ああ! やっとこの話がクリスと出来る! もう何年待ったか分からないぐらいだよ?」


 何年待ったか?


「他人の気持ちには鋭いのに自分に向けられる気持ちには気付かない鈍感娘なんて物語の中の話かと思っていたけれど、実在したのね」


 ……なんか酷い言われようですがそれは良いとして、


「何年も待ったってどういうことですか?」

「……まったくこの子は。クラウド様がクリスに対してだけ態度が違うのは最近の話ではないわ。それこそ友達要請される前からではなくて?」

「というか、私達が侍女見習いになって直ぐに出たクラウド様の初恋の噂。あの噂って相手はクリスでしょう?」


 え? いえいえ。それはありません。


「あの頃は全くそんな感情はありませんでしたよ」

「は? 貴女の話ではなくてクラウド様の初恋の話よ?」

「はい? ……ああ、私に当時恋心が無かったと言ったわけではなくて、クラウド様に――――有ったのですか?」


 無いですよね。


「貴女がそれを訊きに来たのではなくて?」


 ……なんか話が噛み合ってませんね。


「お二人がクラウド様の恋を知った、いえ、クラウド様が私を特別扱いをしていると感じたのはいつ────こう訊いてしまうと語弊があるのですよね。私自身が後宮内で特殊な存在でしたし」


 未だに特殊ですけど。


「考えてみればわたくしは直接見ていないわね。でも、ミーティアは最初からだと言っていたわ」


 最初から……確かに最初は私にだけ態度が違いましたけど、それは私が特殊な立場だったからでは? 大半は侍女として扱われましたよ?


「うーん。私もそうかなぁ。直接見た時は普通だった気がする」


 詰まり情報源はお姉様? いえ、初恋の噂はそれでは片付きませんね。


「初恋の相手は何故私になったのですか?」

「それはただの推理。だって友達要請されたんでしょう?」


 結果からの推測ですか。うーん。当時クラウド様が私に恋心を抱いていたとは思えないのですが……ん? 考えてみれば今それはどうでも良いことですね。


「当時の事は当時の事で本人に訊けば分かります。大事なのは今のことです」

「……まあそうね。それで何が訊きたいのかしら?」


 まあ本人に訊けるかどうかは話が別ですが。


「質問は同じです。今のクラウド様の私への態度をどう思いますか?」

「貴女への態度と訊かれても良く知らないわ」

「目を合わせてくれないとか、前に少しお話したと思います。あとは他の貴族令嬢、婚約者候補には無愛想というか、冷たい態度を取ります」


 いえ、これだけ色々揃っているのだから質問する前に答えはほぼ解っています。ただ確認が取りたかっただけです。だって間違いだったら恥ずかしいではないですか!


「クリスが特別なのは間違いないわね。それもどちらか言えば良い方で」

「というかクリス。もっと確信に近いモノがあるから、当時のクラウド様に恋心は無かったって断言したんじゃないの?」


 うっ。予想外にケイニー様に切り込まれましたね。ここは黙秘権を行使……友達にそれは出来ませんね。


「目線は未だに合わせてくれないのですけど、じっと見ている気がするのです。必要がない時も私を」


 アントニウス様の時然り、他人の視線はあまり感じられない私ですが、流石に二人きりの時じっと見られていたら気付きます。


「間違いないのではなくて?」


 ですよねぇ。側妃の話の時寂しそうな目を向けて来たのも納得出来てしまいます。あ! もし王族に恋したらどうのこうのもですね。ああ、考えれば考える程恥ずかしいです。


 でもクラウド様。貴方は決定的な言葉を一度も口にしていませんよ。






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