#5.王宮の侍女
序章完結です。本日4本更新4本目。
セルドア王国は男尊女卑の国です。いえ、恐らくこの世界で男女平等という言葉は何処へ行っても通用しないでしょう。口惜しですがそれが現実です。
特にセルドア王国は極端で、女性では、事業を受け継ぐことは出来ても興すことが出来ませんし、住む家を借りる事は出来ますが新たに土地を買ったり借り受けたりすることが出来ません。要するに、公的な手続きを必要とする産業活動が不可能なのです。
抜け道として、男性の名前を借りて実質的に事業を取り仕切っている例が無いわけではないそうですが、それは例外であって一般的に女性の“職業”として認められているのは酷く限定的です。
そんな中でも、文化・芸術の分野では平民の女性が“出世”出来る道が確立されています。
具体的には、舞台役者から始まり歌手や音楽家や曲芸師。派生して作曲家や脚本家。そして作家や作詞家。別の道から画家や彫刻家。いずれにしても生まれ持った才能が不可欠ですが、それを持ち且つ伸ばすことの出来た女性達は、相応の対価と名誉を得ることが出来ます。
これは、幾人もの類い稀なる才能の持ち主達が自ら切り開き後世の女性達に残したモノ。
彼女達の生きた証です。
とは言えそれが出来るのは限られた極一部の女性だけですから、大半の方は生まれた家と、配偶者もしくはその生家に翻弄されて生きるしかありません。
平民の女性がこうならば、貴族の女性はもっと酷いとお思いかもしれませんが、実はそうでもありません。寧ろ逆で、貴族の女性には努力すれば誰でも成れる出世コースが存在します。その入口が侍女見習いです。
そう侍女見習い。これ別に新人侍女を示す言葉ではありません。立派な職業名です。飽くまで“王宮の”侍女見習いの話ですが、厳しい採用試験が存在する立派な職業です。
まあ、募集要項の最初の欄に「貴族又はそれに連なる女人。もしくは、王族か上級貴族又は複数の貴族の推薦を受けた女人」と書いてあるので、平民では採用試験を受けるだけでも大変です。と言うか、貴族の親戚や家来の家の令嬢以外はほぼ無理です。推薦すると保証人にならなければなりませんので。
話しを戻しましょう。侍女見習いは文字通りの侍女の見習い、侍女研修中と言う立場ではあります。しかしそれと同時に、中等学院と同等以上の教育を受け、淑女としての嗜みを身に付けることが出来ます。
そして重要なのは、将来の女官と後宮武官の候補生でもあるということです。見習いの期間に認められれば王宮の女性官僚としての道が開けるのです。しかも、今の女官長が士爵家出身の令嬢と聞かされれば、興奮しないわけにはいきません。
そんなわけで、王宮の侍女見習いはこの国の貴族女性の少ない選択肢の一つなんです。
カッコイイですよね。自分で自分の未来を切り開いて行くみたいで。まあ、男性にとっては可愛くない女なのかもしれませんが。いいえ、恋をして愛に生きる人生を否定しているわけではありませんよ? 寧ろ恋はしたいですし、愛しい男性と結ばれたいです。でもそれとは別に、パートナー任せではなく自分の足で立って歩いていたいだけです。
「女性の生きる道……面白い考えだわ」
王太子妃レイテシア様と丁寧に挨拶を交わすと、そのまま“五者”面談のような状態に成りました。
レイテシア様と一緒に応接間に入って来たちょっと地味なドレス姿の中年女性は、レイテシア様の後ろに控えているだけで全く発言しません。挨拶もなさいませんでしたし硬い表情でじっとこちらを、いえ、私を観察しているように思います。
どなたなのでしょう? 立ち姿はとっても様になっていて素敵です。キャリアウーマンって感じでしょうか?
なんて最初は思っていたのですが、侍女見習いの具体的な出世の話になると、興奮してその女性の存在を忘れて話してしまいました。
「はい。愛する男性と添い遂げるだけが女性の幸せではないと思うのです。そして、男性に翻弄されずに生きる数少ない選択肢の一つが侍女見習いだと思うのです!!」
あれ? お父様が呆けて固まっていますね。あ、王太子妃様もビックリしています。お母様は一度した話だからいつも通りの微笑みを浮かべていますね。そして、
「クリスティアーナさん」
突然レイテシア様の後ろの女性が私を呼びました。目を合わせると彼女は真剣な眼差しを私に向けていました。その灰褐色の瞳は何処か輝いているように見えます。
「はい。なんでしょうか?」
「合格です。貴女を侍女見習いとして採用します」
へ? 採用試験だったのですか? 聞いてない!!
「騙すような真似をして申し訳ありません。わたくしはエミーリア・ムイック。女官長をしています。これからは貴女の上司ということになります。宜しくお願いします」
女官長!
「こちらこそ! よろしくご指導賜りたく存じます」
慌てて立ち上がり礼をする私。顔を上げると、女官長は先程までの厳しい表情を崩して優しく微笑んでおられました。はい。上手くやれそうですね。良かったです。
「あら珍しい。エミーリアが笑うなんて」
「わたくしも初めて見ましたわ。ふふふ」
レイテシア様とお母様が女官長をからかいます。現女官長は15年以上前お母様が侍女見習いをしていた頃に女官長になったそうです。古株ですね。あ、因みに子供は居ないそうですが、既婚者だそうですよ。
「相変わらずですねセリアーナ。少しは淑女らしくなったと思ったら声を上げて笑うなど」
女官長がお母様を窘めます。母娘ぐらい年は離れていそうですしね。そんな感覚なのでしょう。
「当の昔に侍女は辞めたのだけれど?」
「淑女の嗜みと侍女の職は無関係ですわね」
どこか楽しそうにやり取りする2人です。十代のお母様と女官長のやり取りも見てみたかったですね。
「……採用試験など聞いておりませんが?」
え? 今更その話題ですかお父様。そのお父様の声はいつもの低く伸びやかなモノより更に低くくぐもったモノでした。
お怒りですか? と、お父様の顔を覗き込むと、それは冗談を言う時のそれでした。どうやら昔馴染みに会って楽しんでいるお母様が羨ましい、いえ、お母様と楽しんでいる女官長が羨ましいようですね。
「彼女は特殊な立場ですから顔を合わせておきたかったのです。試験などはしていません。そもそも決裁権の有る王太子妃の決定を覆せる筈はありません。合格と言ったのはこれが面接試験だったとしても合格を出したということです」
女官長様は笑顔を消して理路整然と仰いました。面接試験だったら合格ですか。これは嬉しい評価ですね。まあ仮に試験を受けていたとしても筆記で落ちたと思いますが。
「セリアーナ────良い娘を持ちましたね」
「はい。私には過ぎた娘です」
そう言ってお母様は私の頭を撫でました。お母様。過ぎた娘って……買い被りもいいところですよ?
お母様は、最後に私をギュッと抱きしめて囁きます「辛くなったら帰って来なさい」と優しく小さな声で。私は力一杯抱き返しながら「大丈夫です。心配しないで下さい」とハッキリ口にしました。
少しだけ身体を離し顔を上げれば、お母様は寂しそうな、でも嬉しそうなそんな笑顔を浮かべていました。……こういう時は、甘えるべきなのかそれとも心配させないようにするべきなのか判りません。どちらが正解でしょうかね?
お父様にも抱きしめて貰ってお別れです。不思議と涙は出ませんでした。あ、お父様は涙目でしたよ。私の話です。
お元気でもありがとうも場違いですし、さようならは論外ですので、私は最後にこう言いました。
「いってきます」
帰ると思っていた家に本当の意味で帰る日が二度と来ないとは思わずに。
次回 2015/09/04 12時更新予定です。