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側妃って幸せですか?  作者: 岩骨
第三章 惹かれ合う二人
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#58.これから

 アントニウス様に呼び出されて数日後。今日は中等学院が休みで午前中は公務も無かったので珍しく暇でした。するとクラウド様に「久しぶりに庭を散歩しないか?」と言われイブリックから帰って来て初めて大きな池のある例の庭を散歩している私と王子様です。

 ただ、庭に入る時クラウド様はエスコートするのを一瞬躊躇しました。あの間は何だったのでしょうか? 相変わらず目は合わせてくれませんし、どうにも気になってしまいます。二人の距離が変わってしまったのでしょうか?


「イブリック大公には多妻が認められているのだし、仕方がないと言えば仕方がないだろう?」


 むぅ。


「クラウド様もそういう考え方なのですね。太子になったら女性を何人も囲うのですか?」


 久々のプライベートタイムですから言いたいように言わせて貰いましょう。


「私の話ではない。アントニウス様の話だ。それにローザリアを無下に扱っているわけではないだろう。適度に交流を持ってそれなりの関係を築いている筈だ。事実ローザリアの方からは何も上がって来てはいない」


 認められているなら仕方がないと思うということは、自分がする可能性もあるではないですか。いえ、確かに子を成すのは王の義務の一つですし、政略もありますから必要に応じて側妃を入れることは考えないといけないのは分かります。でもアントニウス様は――――


「ローザリア様が何も仰らないからといって、上手く行っている証拠にはなりません。ローザリア様の人柄は存じ上げませんけれど、ご自分の気持ちを正直に口にされる方なのですか?」


 仮にそうだとしても、それと本心とは別のところにあるのが女です。特に14,5の女の子の心は繊細で傷付き易いのですから周りが注意していないと大変なことになります。


「そうは言わないが、ローザリアだって王族として生まれ育てられた身だ。ある程度のことは理解しているだろうし耐えねばならない」

「クラウド様。その言い分はジークフリート様と同じです。下手をすればメリザント様のような事態を招かぬません」


 まあクラウド様は当事者ではないので、あの時のジークフリート様の言い様とは全く違いますが、女性の方に「理解するべき」と言っているのは同じですからね?


「メリザント……君はやはり側妃という立場は報われないモノだと考えているのか?」


 ……話が変わっていませんか?


「報われないとは思いませんが、報われ難いとは思います。というか、相手に左右され易い立場なのは間違いないです。メリザント様だってジークフリート様が最初からちゃんと向き合っていればまだ後宮に居たのではないでしょうか?」

「側妃が相手に翻弄され易い立場なのは間違いないが、メリザント様はドレス作りすら自ら拒否していたようだし、自分で自分の立場を築くことを怠っていた。父上だけに否があることではない」


 確かにそれはあります。メリザント様だってドレス作りに積極的に加わってお三方と仲良くなっていれば状況は変わったでしょうし、それが無理だったとしても、他の側妃や正妻の方々と友人関係を築くことぐらいは出来たでしょう。何処かで発散出来たならリーレイヌ様に私を“殺す”よう命じたりはしなかったでしょうね。


「だからと言って、ローザリア様が耐えるだけになるのは納得出来ません。結婚前からあんなことを言う方に妾の子とは言え王族のお姫様を預けてしまって良いのですか?」


 あ! 幾らプライベートとはいっても確実に言い過ぎましたね。これでは陛下の決定に異を唱えているのと一緒です。


「また随分とアントニウス様を毛嫌いしたな。心配しなくても、ローザリアがぞんざいに扱われたら離縁ぐらい出来る。イブリックとの同盟関係は別の形を模索すれば良い」

「それではローザリア様が傷付いてしまいます。いえ、傷付いたあとかもしれません」


 政略結婚なのに離縁出来ると物凄く簡単に仰いましたね。ユンバーフ様の苦労も台無しです。これこそ仕方がないと言えば仕方がないことかもしれませんが……。


「そうは言ってももう決まっていることだ。それを覆すのは不可能。クリスならそれぐらいは解っているだろう?」

「はい。アントニウス様にも大したことが出来ないことも。でもローザリア様のことは王族の方でキチンと配慮した方が良いと思います。王族でも皆がクラウド様みたいに責任感がある方ばかりではありませんから」


 残念ながら、婿殿に一番モノを言えるお義母様は、愛妾で王族ですらない方ですからね。年齢的にローザリア様が適切だったこともありますが、イブリックとセルドアの国力差故の決定が裏目に出ている気がします。


「ある程度ならお祖母様が気を配っていると思うがな」


 確かにソフィア様なら放置はしないでしょうけど、


「ソフィア様だって忙しい方ですし、女性からの気遣いと、男性の、次期王太子の気遣いは色々な意味で全く違うモノではないでしょうか?」

「君は……少し自分のことを考えた方が良いのではないか?」


 自分のことって……私はまだ未成年で社交にはあまり出られませんし、男爵令嬢なら一般的に婚約者が居るような年齢ではないのですが……。


「私はまだまだ結婚する積もりはありませんし、後宮官僚が王族のことを考えるのは当たり前のことではないでしょうか?」

「はぁ〜」


 相変わらず目は合わせてくれないクラウド様は、一応私の顔を見ていた目を大きく逸らし、全く隠しもせずにため息を吐きました。何がそんなに残念なのですか?


「面倒ですか?」

「いや、アントニウス様はどうにもならないが、ローザリアに関しては対応する。まずは彼女が現状をどう思っているか確認しなければならないがな」

「ありがとうございます」


 私が素直に礼を言うとクラウド様は疑問符の浮かんだ顔を私に向けました。


「私の我が儘を聞いてくれてありがとうございます」

「……クリスの我が儘だとは思わない。本来はアントニウス様の人間性を見てから結婚を決めなければならないのだ。もっと言えば、ある程度把握しながらもローザリアを嫁がせると決めてしまったのだから、それについて私達が動くのは当然だ」


 うーん。アントニウス様がローザリア様を無下に扱っているわけではありませんし、クラウド様に余計な心配をさせてしまいましたかね? それは侍女として不本意なのですが……いえ、自分で話題にしておいてそれはないですね。ここは私も積極的に動きましょう。


「それにしてもクリス。君はこれからどうする積もりなのだ?」


 これから?


「今日の午後はベルノッティ侯爵令嬢ヴァネッサ様とのお茶会が入っていますから、私はお付きは出来ませんので勉強をしたいと思います」


 また物凄く嫌そうですね。まああの方は「わたくしとクラウド様が二人きりになる為の時間に何故侍女が必要なのかしら?」こんなことを言う方ですからね。大変だと思いますが頑張って下さい。

 いえ、私に対して言うなら理解出来ますよ? でもクラウド様に対して言った言葉ですからビックリです。いつあの方がクラウド様の婚約者になったのでしょうか?


「……訊いたのは今日ではなく将来の話だ。このままずっと侍女を続ける気か? それとも結婚して侍女を辞めるのか?」


 ああ、それを訊きたかったのですか。クラウド様にほぼ選択肢なんてありませんから、悩む事はあっても迷うことはないでしょうが、私には幾つか選択肢がありますからね。


「うーん。結婚はしたいですし、子供も産みたいです。でも侍女を続けるのも嫌ではありません。結局は相手次第になる部分が多いですね。何が大事かは相手によって変わる気がします」


 侍女の仕事も刺繍も大好きですが、それが愛しい男性や子供より大事かと訊かれれば疑問符が付きます。子供を産んでから王宮に戻るにしてもそれは完全に相手や相手の家次第ですし、どんな人を好きになるか、誰と結婚するかで結局は私の人生も左右されてしまいますね。まあそれは、どこの国のどんな身分の人でも一緒と言えば一緒ですけど。


「もし…もしだ。王族と恋をしたら君はどうする?」


 随分久しぶりに目を合わせてくれましたね。真っ赤なその瞳に吸い込まれそうです。相変わらず綺麗ですね。ただ何で、そんなに真剣で、そんなに不安そうなのでしょうか?


「それも相手に寄ります。王や王弟になる方だとしたら側妃にしかなれないですし、そうでない方なら正妻になる可能性もあるのが男爵令嬢ですからね」


 まあ今のところクラウド様世代で誰が王弟の地位を得るか全く分かりませんけど。

 因みに王弟は曖昧な地位ではなくで「国王代理官」という立派な官職です。仕事は主に、国王陛下の代理としての外交の顔役で、法律上王族である必要はないのですがこの世界は血筋がモノを言いますからね。王太子弟は曖昧な地位ですけど。


「クリスはやはり側妃は嫌なのか?」

「相手次第は相手次第ですよ? ただ嫉妬するのが確定している地位に積極的に成りたいとは思いません。

 それとやっぱり子供に肩身の狭い思いはさせたくないです。まあウィリアム様が今肩身の狭い思いをしているとは思えませんけど」


 嫉妬しないのは無理ですし、どういう子に育つかは誰にも分からないことですしね。


 暫く沈黙したクラウド様。何故か寂しそうに見えましたし、また目を合わせてくれなくなりました。

 そしてその後ちらほら話しをしていましたが、少し気まずい空気のままでプライベートのお散歩タイムは終わってしまいました。紳士な扱いは相変わらずでしたし、ヴァネッサ様のせいでも無い気がしますし、もしかして……。


 頭に浮かんだ妙な考えを消し去って私は、クラウド様とその婚約者候補とのお茶会の準備をしたあと、自室に戻りました。






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