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側妃って幸せですか?  作者: 岩骨
第三章 惹かれ合う二人
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#57.公太子

 セルドアの王族には男性でも一人につき一人以上の侍女が付いていますが、王宮で生活している要人全てに侍女が付くわけではありません。と言うよりは、エルノアの王宮で生活している要人は、セルドアス家の人間だけではないのです。


 例を上げるなら、魔法学院に留学中のルダーツ王国の第一王子、ルイース・アブレイス・フォン・ルダーツ様です。ただ魔法学院には寮がありますのでルイース様が王宮に滞在するのは学院の休業期間だけですね。

 他にも何人か他国の王族又は上位貴族の留学生が王宮の迎賓区に滞在していますが、当然彼らに後宮官僚の侍女が付くことはありません。


 ああなんか、後宮官僚と呼ぶと後宮で働いているみたいですが、私も含めて居住区やそれ以外の場所で働いていても、後宮で、厳密に言えば正妃様に与えられている予算で管理されている官僚は皆後宮官僚です。


 話を戻しましょう。王宮で生活する王族以外の要人は留学生だけではありません。イブリックの公太子アントニウス様もその一例である人質もです。勿論人質にも侍女が付くことはないのですが、彼らは自由に出歩くことは出来ませんし常時監視と護衛が付きます。

 ただ、国王騎士様達だけで全ての状況に対処出来るかと言えばそう簡単には行きません。女性の人質も居るので当然ですが、男性の人質でも自国から侍女を伴って来たりしていますから対処出来ない事態は充分あり得るのです。そんな時は仕方なしに私達が出て行くことになるのですが……。






 五月上旬。来年のクラウディオ様が退官すると発表されてから約一ヶ月。

 午前十時。当然クラウド様が中等学院に行っている時間です。そして、諸々の仕事の合間で日中では一番自由の利く時間帯だったりします。そんな時間だったことが災いして、ウィリアム様付きの侍女、正侍女のニコラ様と一緒に迎賓区に行くよう言われました。

 迎賓区、詰まりお客様が過ごす区画です。いえ、本当のお客様なら後宮の侍女の誰かしらが担当になってキチンともてなすのですが、今日私達を呼んだのは、アントニウス・グレイトル・イブリタニア様。他ならぬ、レイフィーラ様と交換でエルノアで人質生活をしているイブリック公国の公太子様です。


「ここでお茶会を?」

「このサロンならば広さは充分だ。20人ぐらいの令嬢を招いてお茶会を開くぐらい問題なかろう?」

「確かに広さは充分ですが、お茶会を開くというのは……」


 お茶会に出席するのなら許可さえ取れば出来ますが、人質がお茶会を主催するなんて聞いたことがありません。本気で仰っているのでしょうか?


「晩餐会や舞踏会とは言わん。お茶会だ。その程度のことさえ出来んなど、大国の割に随分狭量なのだなセルドアは」


 言葉は勿論ですが、視線や表情、仕草全てで私達を挑発しているアントニウス様です。

 公太子様は整った顔立ちをしていますが、狐目で唇の端が吊り上がっているので、少し怖い印象を受ける方です。これでウィリアム様みたいな笑みを浮かべていたら詐欺師にしか見えませんが、幸い似非スマイルは浮かべていませんね。

 ただ、ここで私達を挑発する意味は理解出来ません。他に狙いがあるのでしょうか?


「人質がお茶会を主催するなど前代未聞かと」


 引きつる顔と戦いを繰り広げていますねニコラ様。気持ちは解りますが、もう少し耐えて下さい。私も頑張ります。


「前例がないからと言って出来ない理由にはならない。そう言って新たな芽を刈り取ってしまえば新しいモノは生まれない」


 その理屈は解りますがどう考えても、


「ここでお茶会をすることによって新たな何かが生まれるとは思えませんが……」

「何を言っている? 新たな愛が芽生える可能性は充分にあるではないか。人質だとしてもそれぐらい許されて良い筈だ」


 アントニウス様のそのハチャメチャな言葉は、物凄く残念なことに嘘には聞こえませんでした。

 アントニウス様。貴方はローザリア様を、末席とは言えこの国のお姫様を娶ることをお忘れですか? ウィリアム様が以前言っていた「女好き」と言う表現は正解のようですね。


「貴方はご自分の立場を理解しておられますか?」


 流石に声に怒気は込もっていませんが、ニコラ様の瞳は怒りに揺れています。当然です。誰のお付きだろうと王族の為に働くのが後宮官僚ですから。


「バカにするな。私は人質だ。レイフィーラ王女と交換でこの国に来た」


 判りましたアントニウス様。貴方はとても残念な方です。

 今の言い方では、レイフィーラ様とご自分の地位の違いを理解していないことになります。しかも、虚勢を張っているとか、何かしらの駆け引きとかそういう感じが一切しない。そう思っている。思い込んでいるとしか感じられない口調でした。これが演技だとしたら、私は逆にアントニウス様を賞賛出来ます。


「新たな愛を求める前に、ローザリア様と仲良くなされたら如何でしょうか? 妻に成る方とならば、誰も何も仰らないと思いますが?」


 婚約者放っておいて他の女性を求める人質。……大公様も大概な方でしたけど、この方もこの方で酷いですね。


 ん? 何かじろじろ見られている気がします。


「誰も何もということもない。結婚はまだ一年半以上先だ。流石に妊娠させるわけには行かない」


 にっ、に、ん、し、ん?


「勝手に娼館にでも行って下さい!」


 怒鳴るように言い放ったニコラ様は、私の手を取って挨拶も無しにサロンを出ました。

 駆け足に近いような速さのニコラ様に手を引かれ少し引きずられながら歩いていた私は、アントニウス様が滞在している棟から出たあとニコラ様に声を掛けます。


「大丈夫でしょうか?」


 私の心配する声を聞いたニコラ様は、足を止めて振り向きました。


「大丈夫に決まっているわ。公太子だからといってあんな無礼な真似が許される筈がない」


 そこまで無礼ではないと思いますが……。


「いえ。私達のことではなくて、ローザリア様のことです」

「ローザリア様……残念ながらイブリック大公も多妻が認められているからそこに文句は言えないわ」


 それは男性側の理屈ですよね。


「こう言っては難ですが、政略結婚だろうと男性も努力する必要があると思います。いつもいつも女性が泣くことになるのはおかしいです」


 というか、平民でもお見合い結婚が多いこの国では双方がある程度歩み寄らないと健全な夫婦関係が築けません。それを最初から放棄しているようなアントニウス様の所に嫁ぐローザリア様には同情を禁じ得ません。


「……気持ちは解るけれど、貴女は少し自分のことを考えなさい。あの目は明らかに貴女を物色していたわ」


 物色ですか? ……ああ、言われてみればそうかもしれません。ローザリア様のことを考えていて、自分に向けられた視線の意味まで思考が及びませんでした。


「ごめんなさい。気を付けます」

「……そう素直に謝れても困るけれど、アントニウス様には出来る限り近づかないこと。――――何か有ったらクラウド様がアントニウス様を殺し兼ねないしね」


 何ですか? 後半全く聞こえませんでしたけど。


「なんでもないわ。兎に角、アントニウス様には近付かないこと!」


 私が少し首を傾げたのに気付いたのでしょう。ニコラ様は念を押して命令しました。


「はい。でもどうしますか?」

「何が?」

「報告しますか?ローザリア様に」


 私の質問に、視線を逸らして考え始めたニコラ様は少ししてから、こう結論付けました。


「取り敢えず、上にあげるわ」


 丸投げですか。まあ私でもそう判断するでしょうが……ローザリア様が心配です。序でに言うとこれ次第で私達の人質生活やユンバーフ様の努力が無に帰すのは流石に嫌です。


 何事もなければ良いのですが……。






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