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側妃って幸せですか?  作者: 岩骨
第三章 惹かれ合う二人
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#56.王子様の侍女

 後宮の侍女と居住区の侍女との一番の違いは極々単純で、男性を主とするか女性を主とするかの違いです。

 後宮にも男の子は存在するのでこの表現は厳密ではありませんが、仕事の大半が“世話”なのか“手伝い”なのかの違いだと言えば分かりやすいと思います。詰まり、正妃様付きや王太子妃様付きで秘書の仕事をする侍女を除いた後宮の侍女は、基本的に身の回りのことは何もしないように躾られている王族女性のお世話係で、居住区の侍女は、基本的に自分のことは自分でする王族男性のお手伝い係だということです。

 こうお話すると居住区の侍女には家政婦の仕事がないように思えますが、なんだかんだでそういう仕事は結構あります。


 先ず、侍従さんやその下働きの人夫さんがいらっしゃるので担当区画は狭いですが、掃除があります。洗濯は人夫さんの仕事ですが、細かい解れを修理したりするのは侍女の仕事ですね。当然給仕や取り次ぎなんかもしますし、部屋のインテリアをケアしたり交換したり、総じて言えば、主よりもその部屋に関わる仕事が多いです。


 あ! 事ある毎に着替える王族男性の服を用意、片付けるのも侍女の仕事です。クラウド様の場合、中等学院の生徒ですから貴族区にある学院まで通う時は制服姿ですし、帰って来たら直ぐ着心地の良いシルクの部屋着に着替えます。アラブの民族衣装みたいなやつです。晩餐は大抵他の王族の方と一緒ですから軍服(王族の礼装)を着ますし、そうでない時も比較的ラフなタキシードに着替えます。面会がある時は相手によって服装を変えますし、夜着も準備しなくてはいけません。

 このように、男性王族は着替える回数が多いのです。まあクラウド様の話ですけどね。ただ何を着るかほぼ決まっているので迷うことはありません。男性が何を着たいと思うかは正直良く分かりませんし、これは僥倖でした。


 クラウド様はまだ太子ではなくて只の王子ですが、「国王補佐官」という官職に就いていますので仕事が沢山あります。要するに私には秘書としての仕事が少なからずあるのです。

 加えて私は副侍女の勉強もしなければなりませんから毎日結構やることが多いです。というか、クラウド様。侍従侍女を三人体制にしませんか?


 こんな感じで忙しい日々を過ごして、早くも三ヶ月が経過しようとしています。






「ビルガー公爵家から晩餐会の招待状が来ていますが如何しますか?」


 中等学院から帰って早々のクラウド様に業務連絡をしますと、


「ビルガー公が? 主旨は?」


 とっても不機嫌な声が帰って来ました。嫌なんですね。分かります。


「晩餐会ですから詳しくは何も。ただ、ビルガー家の直系には年頃の令嬢はいらっしゃいませんからそういう話ではないでしょう」

「だからと言って行きたいとは思わない。縁談が全くないとも思えんし……」


 騎士服と言った方がしっくり来る学院の制服を応対しながら脱ぐクラウド様です。侍女は侍女としか扱わない人ですから当然と言えば当然ですが、最初無遠慮に脱ぎ始められた時はドキッとしましたね。プライベートでは本当に紳士なのに……まあ今はだいぶ慣れました。下着までは脱ぎませんしね。


「ビルガー公は積極外征派ですから今はそちらのお話ではないでしょうか?」

「ゴラとハイテルダルが連携している今ルギスタンに本格侵攻など正気の沙汰ではない。何故強硬姿勢に拘る?」


 それを私に言われましても……。


「二つしかない公爵家の正式なお誘いを理由無しに断わるわけにはいかないかと」

「太子なら断われるのに……本当に面倒だな」

「太子なら職務と答えるだけで充分ですから。そんなにお嫌なら理由を付けてお断り致しますが?」


 この場合、お茶会などの手順を踏まずに晩餐の申し入れがあったという点を指摘すれば逃げられなくはないですが……そうするとお茶会の申し入れが来ますか? いえ、そもそも公爵相手に社交の手順は通用しないですかね。


「……いや。取り敢えず受ける。それから父上と話す」

「ジークフリート様とですか? 正式に面会を?」

「晩餐時で充分だ。それより陛下と二人の晩餐を入れてくれ。近いうちに。外交に付いて個人的に話して置きたい」

「畏まりました」


 業務連絡をしながら着替えを終えたクラウド様は、ソファーに腰を下ろしました。私は間髪入れず予め蒸らしておいたお茶を差し出します。最近やっと掴めて来たリズムです。たまに違う行動を取られて戸惑いますが、こういった日常の行いを然り気無くサポートするのが私の楽しみです。


「ありがとう」


 礼を言わせてしまうのが、まだまだ至らない証拠なのですが、直ぐに紅茶を口にしたクラウド様の満足そうな顔を見ると私は嬉しくなってしまいます。


「侍女に一々お礼を言っていたらキリがありませんよ」

「言葉にしなければ中々伝わらないモノだろう?」


 そう言って、クラウド様は笑いました。そのイケメンを存分に生かした綺麗な笑顔です。但し、その視線は私の顔に向いてはいません。


 今は仕事の話はしていませんし、ここはリビングです。プライベートでは紳士な王子様が健在なのですが……イブリックから帰って来て以降クラウド様は私と目を合わせてくれないのです。いえ、仲は悪くなっていません。度々笑顔も見せてくれますし寧ろ良くなっているのです。しかし、以前は普通に目を合わせて話してくれたクラウド様が、今は合わせてくれません。


 何ででしょうか? 正直少し寂しいです。


「ああ。ハイテルダルとゴラに付いて外交資料を集めておいてくれ」

「畏まりました。……近いうちに動きがあるのでしょうか?」

「陛下はそうは見ていないが、備えを怠るわけにはいかない。太子に成るまで一年しか無いからな」


 来月のクラウド様の誕生日には、一年後に陛下が退官しジークフリート様が王位を継承、クラウド様が太子に就任すると発表されます。ビルガー公爵家の晩餐会招待もその動きを察したモノでしょう。

 発表後はもっと忙しくなりますし、この一年は社交に走り回ることになります。まあ私は夜会、舞踏会には相変わらず出られませんし、お茶会なら兎も角晩餐会に侍女を伴うことはありませんが、クラウド様の希望を聞きながらスケジュールを調整するのは大変そうですね。


「忙しくなりますね」


 嫌そうな顔を隠しもしないクラウド様は大きく一つ息を吐きました。クラウド様はどうも社交が苦手みたいですね。あ、苦手ではなく嫌いですかね? どちらにしても縁談を持ち込まれるのが面倒なようです。


「侍女の役割も大きくなる。頼むぞ」

「はい」


 はっきり返事をした私にクラウド様は満足そうに頷きます。でもやっぱり、目は合わせてくれません。本当に謎です。






 ゴラ大陸中央の大国、神聖帝国ゴラとセルドア王国の北東の中堅国、ハイテルダル皇国。この二つが連携を取っているのは三年前、丁度私がイブリック行きの話を聞いた頃に入って来た情報です。

 合わさればセルドアと互角以上の国力となる二つの国の連携。事実ならば放置するわけにはいかないそんな情報を受けて、王弟殿下は直接ゴラまで赴きました。外交機密をそう簡単に教えてくれるわけはありませんので、それとなく探りを入れること半年。「中央の巨頭」相手の社交で得られた結論は「ゴラに大きな野心は無い」というモノで、ハイテルダルも今の所周辺国に対して大きな動きは見せていません。


 ただ残念ながら「二つの国の連携は間違いない」というのも現状セルドア王家の見方です。


 その象徴がルダーツ王国に圧力が掛かったことです。

 五年前。決して仲の良くないハイテルダルの皇太子がルダーツへと“親善”に赴いたそうです。ただ、ルダーツとセルドアの同盟に対して疑いを向けていて、ややもすると「証拠をみせろ」とも言わんばかりの言動を繰り返していたそうです。

 対応に苦慮したルダーツはセルドア王家に助けを求め、王家はクラウド様一人をルダーツに送ると言う結論に至ったそうです。

 因みに私とお兄様が王家の馬車に乗ったのがその帰りだったそうですよ。直系の長子であるクラウド様がルダーツまでワザワザ行った時点で、「公務」は終わりだったので、その後社交に出ずっぱりだったそうですね。

 話を戻しましょう。ハイテルダルがルダーツに圧力を掛けることはそこまで不自然なことではありませんが、皇太子が出て来てセルドアの動きを探るようなやり方は妙。そう思ってハイテルダルに探りを入れること二年。出て来た情報が大陸中央の大国ゴラとの連携でした。


 国境の接していない二つの国が連携する理由は、その間に在るデイラード教国にあるというのが大方の見方ではあるのですが、そうハッキリ言える程の動きは見せていないそうです。クラウド様曰く「ゴラとの連携があるならハイテルダルのやり口にも納得が行くし、ハイテルダル皇家がゴラの王朝とやり取りをしているのは事実」だそうです。


 大きな戦争等に発展しない事を願いたいですね。





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