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側妃って幸せですか?  作者: 岩骨
第三章 惹かれ合う二人
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#54.お兄様とお姉様

 魔法学院は王国騎士が警備している程の重要施設です。外から来た人間が簡単に中に入ることは出来ませんし、逆に簡単に外に出ることも出来ません。非常に貴重な学術書や最新の研究資料があるわけですから当然と言えば当然のことですね。

 そして面会するにも事前に申請していないと断られる事がよくあるそうです。申請しても断られる事がある後宮程ではありませんが、貴族の子女が集うこの学院の厳重さが伺えます。


 とは言え、私は先週のうちにお兄様に手紙を書いて中から申請して貰ったので断られる事は有り得ません。事実、既に学院の中に入り、その正門近くに在る立派な面会棟の一室でお兄様を待っているわけですし。まあ面会申請した相手はお兄様だけではありませんが。


 ――コンコン――


「はい。どうぞ」


 ノックがあり返事をすると扉が開きます。私は面会室の深いソファーから立ち上がって扉を注視します。いよいよです。ああ、なんか緊張します。家族と会うだけなのにこんな気持ちになるのですね。私はちゃんと成長出来ているでしょうか?


「クリス」

「お兄様!」


 二年ぶりのお兄様の顔を見た瞬間、私はその胸に飛び込んで行きました。はい。全くその積もりは無かったのに思い切り力を込めて抱き付いています。

 私のほぼ全力のタックルを軽く受け止めたお兄様は、左手を背中に回し右手で優しく頭を撫でてくれました。

 お兄様は元々私より頭一つ以上高かったですが、今はそれ以上に差があります。男性としてもかなり長身のお父様と並ぶぐらいになったのではないでしょうか?


「お久しぶりですお兄様。お父様みたいな大きく立派な体つきになりましたね。とても素敵です。魔法学院はどうですか?辛いこととかありませんか?」


 年齢的に当たり前ですが、二年前より筋肉がついて立派に成ったお兄様を暫く堪能してから身体を離し笑顔を向けます。いえ、意識しなくても笑顔です。……大抵は意識して表情は作りませんが、それはそれで問題ですね。侍女見習いで仕込まれているので出来なくはないのですが、苦手分野です。


「久しぶりだねクリス。大きくなったな。母上のように綺麗に成った。魔法学院ではとても充実していたよ。クリスはどうだった? イブリックで大変な事は無かったかい?」


 母上のようにってお兄様。妹贔屓は止めて下さい。いえ、お世辞ではありません。贔屓です。お兄様が言う事が本心か本心でないかぐらい分かります。勘ですけど。


「人質生活は暇なぐらいでしたから、大変なこと言ったら舞踏会で沢山踊らなければならなかったことぐらいでしょうか? やっぱり外国人というのは興味を引かれるのかダンスのお誘いが絶えなくて大変でした」


 “ぐらい”ですから嘘は言ってません。事件のことを話したら大変なことに成ります。頼むから誤魔化されて下さいお兄様。


「クリスならセルドアの社交会でも誘いが絶えないと思うよ。ただ、良からぬことを考える男もいるから充分注意するんだよ」

「はい。外に出たり物陰に入るようなことはしません」


 変態さんが居ることぐらい前世から知っていますからその辺は大丈夫です。全力で逃走を図ります。

 はっきり返事をした私にお兄様は納得したような表情をしました。どうやら誤魔化されてくれたようですね。一安心です。流石に監視を付けられるのは嫌ですし。


「うん。まあそういう所は昔から心配していないから良いんだけど――――」


 だけど?


「他に何か無かったのかい? 大変なこと」


 ……その目は疑いの目ですね。いえ、確信している目でしょうか? 兎に角、珍しくブラックな笑顔を浮かべたお兄様が訝しげな目をこちらに向けています。ここは嘘を吐いてでも切り抜けなければなりません。


「特別大変な事は何も無いです。それより暇な時間を使って刺繍をしていたのですけど、<微動>を使ってとっても綺麗な刺繍を縫えるように成りました。今度お兄様の軍服にうちの家紋を入れても良いですか?」


 うっ。これはどうやら悪手だったようです。お兄様は睨むような目付きに成ってしまいました。誤魔化そうとしたのがバレバレですか?


「刺繍ね。今度見せて貰うよ。それで、今度はどんな無茶をしたんだい?」


 無茶は確定ですかお兄様? いえ、確かに無茶ですが、誰かがやらなければならない役を適任だった私が引き受けただけで、自分から飛び込んで行ったわけではありませんよ? 安全策も取ったわけですし。一番の安全策だったかどうかは疑問符が付きますが。


「ク、リ、ス」


 一段低く成った声が私を射抜きました。こ、怖い。お兄様は、身体と一緒に威圧感も数倍増しになったようです。


「えっと……レイフィーラさ」

「クリスちゃん!」


 突然響いた高く優しい声。その声の主はお兄様が視界に入らなかったのか、部屋に入るなり思い切り私を抱き締めました。今は同じぐらいの背丈になったその人を私もギュッと抱き締めます。

 お兄様にベイト伯爵邸まで来て貰うことも出来たましたし、その方が長い時間一緒に過ごせるのに私が魔法学院にわざわざ来た理由は当然この人に会う為です。この人とは他ならぬ、


「お姉様!」


 お姉様。身長はあまり変わっていないのにお胸の方は更に豊かになりましたね? 何故かセーラー服のような魔法学院の制服もとても似合っていますし、二年前より遥かに綺麗になっています。恋でもしましたか?


「ミーティア?」


 呼び捨てですかお兄様?

 これは予想を上回る展開があったようですね。お兄様がヘタれることはないと思いますから気持ちが固まれば急速に進展してもなんら不思議はありませんが、魔法学院に在籍中にきちんとした関係を築いたのだとしたら、これはゴールまで一直線なのではないでしょうか?


「クリスちゃん。本当に無事で良かったわ。人質生活はどうだった? 上手くやれた? 辛く無かった?」

「大丈夫です。楽しかったぐらいで。お姉様も魔法学院の生活はどうですか? また苛められたりしていませんか?」


 身体を離した直後に挨拶もしないで矢継ぎ早に質問してくるお姉様。少し涙目なので、私も泣きそうに成りながら答えます。


「大丈夫。楽しめているわ。友達も出来たし信頼出来る人も居るの」


 信頼ですか。お姉様らしい言葉ですね。


「ですってお兄様。良かったですね」


 お姉様の言う信頼出来る人というのがお兄様かどうかは知りませんが、きっとそうでしょう。いえ、根拠は全くありませんよ? 勘です。


 お兄様は、「何故知っている?」そんな顔で私を見ました。これは間違いないでしょう。


「アンドレアス様!」


 今気付いたのですかお姉様? ずっと部屋に居たのですよ? まあ偶々私が扉の真ん前に居たからでしょうけど、相変わらず抜けた所の有るお姉様です。


「ごめんなさい。わたくし――――」

「構わないよ。君とクリスの仲が良いことは良く知っているし、私に気を使う必要はない」


 お姉様は顔を真っ赤にして俯いてしまいました。恥ずかしいのでしょう。凄く同情します。


「お兄様違うでしょう? はっきり言わなければ伝わりませんよ」

「……ミーティア。君にもし信頼出来る人と思って貰えたのなら私は凄く嬉しい。そして私はミーティアを信頼出来る女性だと思っている」


 そう優しく告げたお兄様は、爽やかスマイルをお姉様に向けました。お姉様は恥ずかしそうに、でも嬉しそうにお兄様を見詰めています。その目は間違いなく恋する乙女です。


「わたくしもアンドレアス様を信頼出来る方だと思っています」


 おおおおお! 微笑み合う二人です。ラブラブあまあまです。とろとろです。正しく眼福です。


 この2人の出会いを画策していた私ですが、実は失敗していました。

 侍女見習い時代に二人が出会う可能性が有るとしたら正月前後のお茶会だけなのですが、ベイト伯爵家にお姉様を招いた一回目の冬至休暇では、そのお茶会当日にリシュタリカ様からのお呼びが掛かってしまいましたので、結果的に私達はヘイブス家に向かったわけです。

 二回目はお姉様が他のお茶会にお呼ばれされたりで調整が利きませんで断念。そして三回目は二人とも魔法学院の入学が決まった状態でした。何処に行っても目立ってしまうような容姿をした二人ですからね。今更出会いを画策する理由が無い状況と言えます。


 まあ結果的に必要のないことだったわけですが、二人が惹かれ合うという私の勘に狂いはありませんでした。順位を付けるモノでもありませんが、この二人は両陛下や両親に匹敵する美男美女です。こんなモノを身近に拝める私が果報者なのは間違いありませんね。


 しかし残念ながら、微笑み合っていた二人をニコニコで見ていた私に悲劇が訪れます。


「それでクリス。今度はどんな無茶をしたんだい?」


 初々しい美男美女二人による説教と言う名の悲劇が。


 最後お兄様が「“今回は”母上に言わないであげるよ」と言ってくれたのは幸いでした。ただ「次は絶対に無いよ」と最終警告されましたけど。


 安全策は取りましたよぉ!




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