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側妃って幸せですか?  作者: 岩骨
第三章 惹かれ合う二人
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#53.未知

 三つ下の実の妹に微笑み掛けたその美少年は、人質生活を終え一年九ヶ月半ぶりの王都へと帰って来た王女様の支えとなり色彩豊かな式典の壇上へと導いたあと、肩まで伸ばしたサラサラの銀の髪を少し揺らして真っ赤な瞳をこちらに向けました。


 護岸の祭壇と甲板とを結ぶ幅広のスロープは長さ10メートルもありませんから、こちらもあちらもその表情をはっきりと認識出来ます。

 私も驚きましたがクラウド様も驚いてくれたようですね。こちらを見たクラウド様は、目を見開いてそのまま固まりました。


「お兄様」


 少しの間硬直していたクラウド様に、レイフィーラ様が小さく声を掛けます。その意図に直ぐ気付いたクラウド様は、そのままレイフィーラ様をエスコートして祭壇の中央へと向かいました。


 驚きました。私もだいぶ背が伸びましたから、追い付かれることはあっても追い抜かれるとは思ってませんでした。しかも、セルドアの男性は平均的に背が高くて女性との差が大きいのです。平均女性以下の私と、平均男性並みのクラウド様では頭一つ近く差があります。こんな追い抜かれ方をするとは夢にも思いませんでした。

 序でにお話すると、ジークフリート様よりは頭一つ分ぐらい低いクラウド様はこれからまだまだ伸びるでしょうが、お母様は女性の平均より少し高い程度ですから、私はそれほど伸びないでしょう。差が開く一方です。まあ男性と身長で争う気は全くありませんけど。


 それにしても素敵な男性に成りましたね。あどけなかった顔は二年で精悍なモノに変わりました。立ち振舞いも雰囲気もより洗練されて大人のそれに近づきましたし、昔は時々しか見られなかったカリスマオーラが今は常に溢れ出ている気がします。


 あ! それは式典の最中だからですね。


 まだ少年らしい線の細さはありますが、二年前は着せられていた軍服も今はちゃんと着こなしていますし、本当にこの二年で大人へと近づいたのですね。


 とは言うものの……相変わらずの無愛想ですねクラウド様。そこは少しブレて欲しかったです。


 祭壇の中央まで行ったクラウド様は、レイフィーラ様から離れて迎える側のジークフリート様とレイテシア様の横に並んだのですが……ものの見事に無愛想です。勿体ないですねぇ。少し笑うだけで本当に素敵な男性なのですよ?

 さっき微笑んだのはなんだったのかと思ってしまいます。まあレイフィーラ様に微笑むことは昔から度々ありましたし、今は職務中ですからね。プライベートでは笑うことがありますから、大丈夫は大丈夫だと思いますけど。


 ん? ……考えてみると私はあまり知らないのですね。プライベートのクラウド様。


 私が見たことあるのは、レイテシア様を中心とした実の母子兄弟との晩餐会やお茶会と、友人として私とのお喋り……だけですね。それ以外ではプライベートタイムのクラウド様を見たことがありません。詰まり無愛想が崩れたクラウド様を他に知らないのです。家族との晩餐でもジークフリート様が一緒だと公務みたいな態度になる方ですしね。

 元々私はレイテシア様そしてレイフィーラ様の侍女ですから当たり前なのですが、他のプライベートタイムのクラウド様ってどんな感じなのか? 見てみたい気もします。


 あ! 見れますね。私は来年にはクラウド様の侍女に成るのですから。


 さて、私も王都の地に踏み込みましょう。来年は、副侍女の勉強をしながらデビュタントの準備をしなければなりません。クラウド様の侍女は今までとは違う仕事もありますし、頑張りますよぉ。






 侍女には、いえ、後宮官僚には休暇がキチンとあります。基本が十日に一日で、夏至と冬至の休暇が合わせて十日。合計で年間四十六日(一年は三百六十日)休みがあるのです。日本だと労働基準法に引っ掛かりますが、貴族の使用人には休みの規定など無いのが普通です。一定数で決まっている後宮官僚の方が結果的に休暇が多いというのが一般的だそうです。

 とは言うものの、定期的にそれがとれるわけではありません。特に、忙しい冬至の休暇をそのままとることはほぼ不可能で、1月中旬から3月中ぐらいまでずらして取るのが常識です。そして、十日に一日の休みも纏めて取る方が多いのです。四十六日纏めて取るのは珍しいですが、二十日程纏めて取ることは珍しくありません。

 では、一年九ヶ月以上後宮を離れていた私達がどういう扱いになるかと言えば、その間「無休」だったという扱いになるのです。要は出張中扱いなのです。

 だからと言って、合計七十日以上になるその期間の休暇を全て取ることなど出来るわけはありませんが、一ヶ月(三十日)程度の休暇を順番にとることは許可がおりました。

 いえ、個人的にはそこまで休まなくても良いのですが、最初に休むことになった私が休まないとあとの人が休めなくなってしまいます。


 ということで、一週間で諸々のことを片付けた私は、一ヶ月間の休暇に入りました。


 一ヶ月後というと丁度「年越しの夜会」の準備で忙しい時期というのが女官長エミーリア様の抜かりの無いところですね。夜会そのものを未成年の私が手伝うことは出来ませんが、準備を手伝うことは誰でも出来ますから。なんだかんだで私は戦力として計算されているみたいですね。


 話を戻しましょう。


 ベイト伯爵家の馬車に迎えに来て貰った私は、早朝後宮を出て先ずは伯爵屋敷に向かいました。そして伯爵と奥様に丁寧に帰還の挨拶した後に、再び馬車に乗り込みました。その目的地は王都の南区に在る魔法学院です。

 お兄様は当然この時期でも魔法学院に居る筈ですから、早速会いに行くことにしたのです。


 ただ、王都の貴族区から南区に行くのは結構面倒なのです。


 魔法学院が王都の南区にあることは随分と前にお話したことですが、南区とはどういう場所かは説明していませんね。南区というのは……南区だけでなくて王都の構造のお話をしましょう。

 広大な敷地を持つ王宮は、王都の北に位置しています。その一番北に位置する後宮から東西へ延長するように王都を囲む城壁が存在します。それが王都の北端です。東と西も城壁によって区切られているのですが、南はまた全く違います。


 王都の北部のほぼ真ん中に位置する王宮の正門。そこからまっすぐ南に延びる道があります。


 あ! 今丁度、この馬車が走っている道です!


 先程までこの馬車は、立派な門構えをした家々が建ち並ぶ閑静な住宅街、貴族区を走っていました。そして今、馬車は橋を渡っています。大きな石造りのこの橋を渡ると、この先は中央区です。

 貴族区からは無許可で渡れますが、中央区からは許可が必要なこの橋が掛かっている水路が、旧セルドア運河です。旧セルドア運河は厳密にはセル川とルドア川の水量を調節しようと造られたので正確には運河ではないのですが……この辺りの話は要りませんね。


 馬車がまっすぐ進み中央区の外れに来ると見えて来たのがエルノア湖です。そうです。ついこの間式典を行った湖です。

 そのまままっすぐ進むとこの間の祭壇に至ってしまうので、馬車は途中で曲がり、湖の北側の港の一つに入りました。そして、馬車ごと船に乗るのです。


 そうです。南区とは王都の南側にある大きな湖、エルノア湖の対岸に位置しているのです。エルノア湖は対岸が見えないぐらい大きいですから、正直南区を王都と呼んで良いのか疑問ですが、行政区分上王都エルノアの一部です。


 船は頻繁に行き交っていますが、タイミングが悪いと貴族区から南区に来るには半日を要するそうです。そんな南区にある巨大公共施設、魔法学院。実は初めて来るので結構楽しみです。元々紳士だったお兄様がどんな成長を遂げているかも楽しみですし、それから――――


 帰って早々ですが、眼福させて貰いましょう。





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