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側妃って幸せですか?  作者: 岩骨
第三章 惹かれ合う二人
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#52.帰還

 時は流れまして、私達はもうセルドア王国の王都エルノアへの帰路に付いています。いえ、帰路に付いているどころか、一年八ヶ月と二週間ぶりにセルドアの土を踏を踏んだのはもう二週間程前のことで、王都はもう直ぐそこなのです。


 イブリックを出発する二日前には大公城でヒルベルタ様にお会いしました。色々とお話した後に完成した刺繍したカーテン、いえ、刺繍絵を寄贈したのですが……。

 半年以上掛けて縫ったその刺繍絵は、イブリック公国で一番綺麗だと思った丘の上のお花畑を中心に、大公城と海、港、船、街並み、人々の営み等を画いた大作で、確かに自分でも良い出来だとは思うのですが……流石に「国宝に成るわ」は褒め過ぎだと思います。

 取り敢えずファンローイ家に持って帰って頂いて、その後どうするかはヒルベルタ様に丸投げしました。実際どうなったかは知りませんが、「外に出して置くと疵になるし、仕舞い込んでしまったらそれはそれで勿体ないわね」なんて仰っていましたので、捨てられることは無いでしょう。

 ヒルベルタ様には最後港で「また是非会いましょう」と言われて、はっきりと「はい」と答えてしまったのですが……また会えるでしょうか? 若干涙目だったヒルベルタ様に「それは無理」とは言えませんので仕方ありませんけど……。


 セルドア上陸の際は、相変わらず船に弱い同行者の看病をしながらの状態で、何の感慨も湧いてきませんでした。サラビナ様の肩を支えた状態で船から降りたので当然ですが……。

 というかアブセル様。貴方は剣を握っていればカッコイイですけどそれ以外のことは今一つの人ですね。ラフィア様が踏み込めないない理由が解ります。結局何も進展しなかったみたいですし。いえ、ラフィア様どうのこうのではありませんね。アブセル様の根性なしです。きっと。

 「そんな人に大事な同僚はあげられません!」などと言う立場ではありませんが、近衛なんですからもう少し立ち振る舞いも学んで欲しいですね。


 話を戻しましょう。私は成人女性の平均よりちょっと低い程度まで身長が伸びました。ええそうです。もう身長だけは大人です。まあもう直ぐ14歳ですから女の子としてはそこまで伸びるのが早かったわけではありませんが、家族も後宮の皆もビックリでしょうね。

 ただ新調したドレスすら着られなくなってしまいましたので、最後の三ヶ月程は私だけ舞踏会に出られないという事態に陥りました。仕方ないですね。まあ本当は、出る気があればドレスを直して出られたのですけど、年齢層の低い社交会だと矢鱈と声を掛けられるのでこれ幸いに不参加を貫きました。

 序でに言えば、ラフィア様の「レイフィーラ様の付き添いで行ってるのに貴女が主役みたいだわ」という発言を受けて自重した部分もあります。華奢な割に体力が有る私はずっと踊ってられますし、ダンスは好きですから踊り始めると踊りたくなってしまいますからね。

 ただこれ、私だけではないのです。なんだかんだで侍女陣はお誘いが多く、ラフィア様は勿論サラビナ様の前で跪く男性を度々目撃しました。ひっきりなしではありませんが、結構な頻度でダンスに誘われていたのです。まあ二人とも断る事が多かったですけど。逆に私はもう少し断り方を勉強した方が良いですね。「踊るなら皆と踊る方が後腐れが無い」という考え方は、出席者の多いセルドア社交界では通用しませんよね?


 その所為もあるのかそうではないのか分かりませんが、私も含めて縁談やそれに類する話は一度もありませんでした。出発前に方々に探りを入れた結果「ラフィア様に有力貴族から縁談が持ち込まれる」という話は掴んだのですが……まあ噂話を耳にしただけですけどね。

 結局の所大公様がレイフィーラ様を人質に欲しかった理由も分からず仕舞いですし……。まあ、正月以降(事件以降)良くレイフィーラ様の部屋を訪れるようになった前大公レキニウス様が「ハドニウス(現大公)が何を考えていたかなどわしには分からん。ただもう何もする気は無いじゃろう」と仰っていたので気にするだけ無駄というモノです。

 因みに私に対してレイテシア様は「そんな事をしたらクラウドに怒られるわ」なんて言っていたので政略的な縁談は最初から有り得ませんでした。……だからクラウド様。貴方はいったいどんな交渉をレイテシア様としたのですか?


 という感じで、平穏無事、とまでは言いませんが、大きな問題に遭遇する事なく無事に人質生活を終えることが出来ました。


 あ! もう一つ。個人的には大きな動きがありました。

 ダヒル様の逮捕以降もイブリックに残っていたユンバーフ様ですが、なんと、セルドアに亡命しました。いえ、亡命と言うのも少し違うのですが、移住と言ってしまうとユンバーフ様は元々セルドアに住んでいますし、移民や難民とも違いますからね。亡命という表現が一番近いのですが、兎に角セルドア国民となったのです。

 本人曰く「結婚した頃からゆくゆくはこうする積もりだった」という話なので衝動的に決めたわけではないのだと思いますが、今回の事を切っ掛けに大公様に見切りを付けたようですね。

 レキニウス様は「バカ息子に義理立てしていたバカ弟子が、やっと自分の道を歩き始めただけじゃよ」なんて言っていました。「弟子だったのですか?」という突っ込みと共に全く寂しそうに見えない、寧ろ嬉しそうにしているレキニウス様を見てホッとしましたね。

 裏切り者とかにはならないのでしょうか? まあ成ったとしてもユンバーフ様ならご自分でどうにかしますね。






 港町キューラルから陸路を進むこと約二週間。王都エルノアの手前で私達は船に乗りました。いえ、船に乗らなければ王都に入れないわけではありません。これは式典の為です。

 セルとルドアという二つの大河を結ぶ運河、セルドア運河を守るのが元々のセルドアス家の役割ですから、王家にとって運河は力の象徴です。式典の時にはこのセルドア運河をよく使うのです。


 今回も例外では無く、「王女が元気に帰って来た」と皆に印象付ける為に行きと同じエルノア湖の港で式典が行われます。残念ながら私達もまた後で控えていなければなりません。やることは特にありませんが、緊張するなというのは無理です。


 私達の乗った船がそのゆっくりとした動きを止めました。どうやら着いたようです。


「着いたわ。到頭ね緊張するわ」

「まだ少し掛かりますからこの部屋で待機です」


 上陸と式典の準備が整うまではまだ少しありますが、もう最後だと思うと……感慨深いですね。卒業式みたいです。写真とかあれば良いのですが。


「この皆で頑張ることはもう無いと思うとなんか寂しいです」

「無いわけではないでしょう? 後宮で一緒に働いているのだから」

「でもイブリックとは状況が違うから……」


 あんまりこういうことを言うと一番先に泣き出してしまうのはきっと私です。自重しましょう。


「……何はともあれ皆の力で無事に人質生活を終われたことを嬉しく思いますわ。班長として礼を言います。皆様本当にありがとうございました」


 トルシア様が深く頭を下げました。


「こちらこそ。ありがとうございました」

「同僚にこんなことを言うのは照れ臭い気もするけれど、ありがとう」

「武官の任を全う出来て良かったわ。皆の協力に感謝するわね」

「皆のお陰で楽しい人質生活だったよ。皆ありがとう」


 その後お互い顔を見合わせて照れ臭くなったのは言うまでもありません。






 甲板に出ると、港に集まった群衆が目に入り、緊張度合が一気に増しました。いっぱい居ます。今は船の柱の陰から覗いているからまだマシですが、行きは背中からだった視線を帰りは正面から浴びることになります。一歩踏み出すのに並ではない勇気が必要です。


 護岸にある祭壇から船へと掛けられた幅の広いスロープの上を、アブセル様に手を預けながらゆっくりと進むレイフィーラ様。赤い絨毯が敷かれた床の上をクリーム色のドレスを着て歩くその姿で結婚式を彷彿してしまいました。とは言え、私達も直ぐ渡らなければならないわけですからどんどん緊張度が増しています。


 レイフィーラ様がスロープを半分ぐらい進んだ時、祭壇側でスロープの横に立つ近衛騎士が私の視界に入りました。向こう側の端には少し段差がありますから、そこで手を取りドレスで降りる女性を補助するエスコート役の騎士です。

 ただ────


 え!!!?


 スロープの横に立つ驚く程整った顔立ちのその男性。近衛騎士の着る黒い軍服を纏ったその方は、洗練された優雅な仕草で手を差し出しました。


「ありがとう――――」


 お礼を言ってその手を取ったレイフィーラ様の顔は見えませんが、微笑んだのは間違いありません。そして、微笑み返したその“中背の”若き近衛騎士は、


「クラウド様?」


 キラキラ王子様でした。




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