#51.お仕置きと謝罪
「結局アイツの言う通り動いちまったな」
今更それを言うのですか? アブセル様は不服そうです。
因みに今はダヒル様が連行されユンバーフ様とも別れ、レイフィーラ様の居る別の部屋へサラビナ様と三人で向かっているところです。ユンバーフ様はその部屋を信頼出来る公国騎士で固めてました。なんだかんだでアシュマン家はかなりの有力家みたいですね。
「皆で合意したではないですか。「不穏分子を安全に排除出来るなら手伝う」と仰ったのはアブセル様ですよ?」
「アブセルは他人の思惑通りに動くのが気に入らないだけ」
あ、成る程。
「お前は良いのかよ」
「私はレイフィーラ様を狙うバカを一人取り除けたそれで充分」
ダヒル様は城内の居住エリア以外を自由に歩ける人でしたからね。居なくなってホッとしましたけど本当にこれで良かったかどうかは疑問符が付きます。
ユンバーフ様は「幼なじみを救って欲しい」と言いました。本当にこれが救いになったのでしょうか? 罪に問わずに救える方法が無かったのか。まあ死刑とかにはならないでしょうから、更正出来ると良いですねユンバーフ様。
「それにしてもクリスは凄いな」
え? なにがですか?
「無謀とも言う。アイツの目は異常だったわ」
ああ確かに怖かったですね。
「そもそも脅される役は他の侍女で良かった。私が一番適任」
「それはだって子供でないと居るのが不自然ですから」
慣例通りにしないと怪しまれてしまいます。
「ま、正直サラビナじゃクリス程上手く脅されるまで行かない気もするけどな。お前なら絶対途中で殺気漏らしただろう?」
「あんなゲス男叩き切ってるわ。扉のところでクリスに近づいた時は、実際切ってやろうかと思ったわ」
それじゃあ作戦失敗ですよサラビナ様。
「まあ俺もそれは思ったけど」
貴方もですかアブセル様。強さでこのキャスティングになったわけですが、非常に危うかったようですね。
「まあ斬っても治療すりゃあ問題ないけど、報告書は書かなきゃならねえからな」
え?
「貴方は報告書とクリスの貞操とで報告書を選ぶわけ?」
「ちげえだろ。斬らずに済ます方法ぐらいあるだろ。あの状況なら」
報告書?
「女の子は襲われただけでも傷付くの。心に傷を負うのよ。だがらあの状況でも充分斬る理由になるわ。<治療>さえ使えれば死にはしないのだから」
「報告書を書かないといけないのですか?」
ちょっと歩くのが遅くなっていた私に向かって振り向いた二人は「当たり前だ」という顔をしていました。
「どこへ行っても特別何かしたら報告書を書かなければならないわ。書き方なら教えてあげるわよ」
いえ、私個人が呼ばれたお茶会とかの報告書をもう何度も書いたので大丈夫ですよ。
「この事件の報告書も書かなければならないのでしょうか?」
「当然だろ」
「当然ね」
マズイです。結婚するまで私に監視が付いてしまいます。あ! 流石に外国であったことなら――――
「報告書が王宮外に漏れるなんてありませんよね?」
「あるわけないわ」
……お願いだから皆様。お母様に手紙を書いたりしないで下さいね。
「顔色が悪いな大丈夫か? 今頃になって怖くなったか?」
「いいえ。全然怖くはありませんでした。私はダヒル氏より遥かに怖い方を知っていますから」
誤魔化すように早足で歩き出した私は、二人を追い抜きレイフィーラ様の元へと急ぎます。
あと二時間で日が出る時刻ですし、寝ていますかね? なんて思っていた数分前の私を誰か叱って下さい。
「クリスのバカ」
怒ったレイフィーラ様も可愛いくて、その膨れた頬を突つきたいですが流石に今は出来ません。どうやら私の身に危険が迫っていたのを察知されてしまったようですね。いえ、きっと自分が標的であることを察したのでしょう。それを伝えずに私が身代わりのような真似をしたことを怒っているのだと思います。
私は主にも恵まれましたね。
「ごめんなさいレイフィーラ様。お話しなくて」
膝立ちで視線を合わせながらそう話すと、膨れた頬のままのレイフィーラ様に、
「全部話しなさい」
命令されました。そして、罰として暫く一緒に寝ることになった私です。随分と可愛いお仕置きですね。
二週間後。
ダヒル様は私への脅迫罪とレイフィーラ様に近付こうとした王命違反の軽反逆罪で禁固刑になる見通しだそうです。見通なのは、裁判に時間が掛かるという話ではなくて、この件でイブリックの上層部が相当揉めているからです。
ユンバーフ様や、なんとその幼なじみだというヒルベルタ様、またはその夫のヨシュア・ファンローイ様等の親セルドア派は事実に即した処分を求めているのですが……大公ハドニウス様が「厳重に処分する」とレイフィーラ様に直接話しに来ました。
その時は、私が反論する前にレイフィーラ様ご自身が「大公自ら国に課している法を自らで破ったら、法に対する信頼を損ねる」そんなお話をなさいました。
流石はクラウド様の実の妹です。非常に威厳に満ちた話し方がとても凛々しくて嬉しくなりました。トルシア様も教師冥利に尽きるでしょう。ただ、大公様が来るのは予測済みだったので事前に準備が可能だったのは少しズルですけどね。しかし応対そのものはレイフィーラ様ご本人が考えてやっていたわけですし、知識を“足す”ぐらいの事前準備は本物の外交でも常識なのですからなんの問題もありません。まあ社交となると話は別ですけど……。
話を戻しましょう。大公ハドニウス様はレイフィーラ様のお話を全く無視して厳罰を強行する積もりだったようです。いえ、でっち上げですが証拠はあるわけですから合法は合法ですね。
ただそこに、とある人物が登場しました。大公様がダヒル様への厳罰を決定するその寸前に大公様の執務室に現れたその人物は、威風堂々と大公様の目の前に立つとこう言い放ちました。
「この戯けが!」
その後執務室の床に正座させられた大公様は、延々と説教されたあとその人物に事件の処分を託しました。というのがつい数時間前にあった話だそうです。
え? やけに詳しい?
それはそうですよ。当の本人に“今”聞いたのですから。だから話が盛られている気がして仕方ありませんが、嘘はないと思います。
「そのお話をするためにわざわざここへお越しになったのですか?」
その人物とは他ならぬ、
「わしは前大公であって大公じゃない。暇なのじゃよ」
前大公レキニウス様です。レキニウス様は白く長いお髭が素敵なお爺ちゃんですが、とても元気な方です。最初に舞踏会で会った時は70と聞いてビックリしましたね。
「こうして一度話してみたいとも思っておったしの。社交会ではじっくり話すことは出来ん」
「レイフィーラ様とですか?」
レイフィーラ様とならお話していた気がしますが……。
「王女様とはちょこちょこ話したから、そなたたちじゃよ。セルドアの侍女や女官はセルドアの社交会でもなかなか話すことが叶わん」
休みを取れば参加者として出られますが、普段は主宰者側の係員ですからね。一国の王が話し掛けるのは憚れます。
「我々ですか?」
「そうじゃ。今回の件では迷惑をかけたからの。その謝罪をしたかったのじゃよ。無論レイフィーラ様にもじゃが、本当に申し訳ない事をした。今回の件、全て我々の責任じや」
座ったままではありますが、レキニウス様は深く頭を下げました。
「先代とは言え一国の王を勤められた方に頭を下げられて受け取らないわけにはいきませんのでお受け致しますが、全てそちらに責任があるとは思えません。脅しを掛けたこちら側にも否があることなのでは?」
レキニウス様の謝罪を受け取ったトルシア様が理路整然と反論したわけですが……謝罪の意味が違う気がするのですが。
「知っていると思うがわしにはなかなか子が出来んでな。ハドニウスは後妻の子なのじゃ」
レキニウス様は年寄りらしいゆったりとした語り口で話し始めました。
「もう甥を太子に任じようかと思った頃にやっと産まれたのがハドニウスだ。そしてその頃、セルドアではもうクラウディオが王太子として名を馳せておった。正直焦ったのじゃろうな」
レキニウス様の柔和な顔は少し悔しそうに歪みました。
「そなたも親なら解るであろう? 幾つになろうと子は子じゃ」
「……はい」
レキニウス様に問い掛けられたトルシア様は戸惑いながらも返事をしました。きっと話の主旨が掴めていないのでしょう。
「どこでどう間違えたのかあんな風に育ててしまったわしに一番の責任があるのじゃ。だからして――――」
「それは違うと思います」
違います。きっと。間違えたわけではない筈です。だって誰も正解なんて分からないのですから。
「クリス?」
話を遮ったあと黙ってしまった私をレイフィーラ様が「どうしたの?」と見上げて来ました。私がそれに笑顔を返すと、可愛らしく首を傾げた灰色の髪の王女様は自然と笑顔を返してくれます。本当の姉妹みたいな関係が築けて何よりです。
「育て方を間違えたわけではないと思います。偶々大公には向いて無かっただけで。そして、ハドニウス様以外の方に大公位を譲ったりしたらそれはそれで大変なことになったのではありませんか?だからそれを悔やんだりしないで下さい」
私の言葉を正面から受け取ってくれたレキニウス様は数秒の沈黙を破って口を開きました。
「……そうかもしれんな。じゃが今回の――――」
「私は来て良かったです。レイフィーラ様はどうですか? イブリックに来れて良かったですか?」
「うん良かった。港は綺麗だし風も気持ち良い。丘の上の海が見えるお花畑はとっても綺麗だった。あとルテニウス様ともヒルベルタ様とも仲良く成れた。それから皆とも」
ニッコリ笑うレイフィーラ様に皆が癒されていますね。
「ほっほっほっ。負けじゃな。こんな清々しい負けは初めてじゃ。では謝罪ではなくこう言おう────
レイフィーラ様。侍女の方々。ようこそイブリック公国へ。改めて歓迎申し上げます。遠路遥々お越し頂き誠にありがとうございます」
立ち上がり優雅に紳士の礼を取ったレキニウス様の顔には、柔和な笑みが戻っていました。




