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側妃って幸せですか?  作者: 岩骨
第二章 人質の侍女
51/219

#50.国の為

引き続きユンバーフ視点です。

「ダヒルが? 間違いないのですか?」

「ええ。残念ながら計画を立てているのは間違いないというのがうちの人の判断よ」


 やっと本題に入れた。そう思った瞬間、私は打ちのめされた。ヒルベルタ様に聞かされた内容は幼なじみの一人。ダヒルの暴走だった。

 確かにダヒルは昔から思い込みが激しく周りが見えなくなるタイプだったが、レイフィーラ様の誘拐なんていう暴走をするような奴では……いや、正直自信がない。この歳まで結婚もしないで大公に仕えて来た奴が、今どんな人間になっているかは分からない。ただ計画を未然に知れたことは僥倖だ。まだ間に合うかもしれない。


「計画とはどの程度具体的に?」

「はっきりはしないわ。ただ「間夜会」の時のレイフィーラ様とその侍女、護衛の予定を事細かに調べているわ。それから普段近付かない大公城の厩にも出入りしているようね。

 レイフィーラ様が来て以降社交にも顔を出さなくなって、ことある毎にセルドアの軍艦の話を持ち出すようにもなったと言うし……」


 ファンローイ家には裏の仕事がある。それは他ならぬ国内の貴族の密偵だ。表から命じるのが公家の仕事なら裏から操るのがファンローイ家の仕事だ。だからこそヒルベルタ様は社交界で絶大な影響力を持っているわけだが……ファンローイの現当主が出した結論だとしたらあまり疑いの余地はない。


「間違いはなさそうですが、今のところ拘束することすら出来ないでしょう」


 ダヒルは大公城勤務の文官だ。ある程度なら城内を自由に移動出来る。現段階で罪になど問われないだろう。


「貴方も疑わないのね」


 え? ……そうか。また私はミスをしたようだ。彼女がこの話で私をここに呼んだ意味を考えていなかった。


「そう寂しそうな顔をするなヒル」


 昔の呼び名。今は許されない呼び名を使うと、彼女は当時と変わらない無邪気な笑顔を私に向けた。何故その手を取らなかったのか今となっては不思議だが、今更そんなことを考えても仕方がない。


「変わってしまうモノもある。変わらないモノもある。でも大事なのは今だよ。ダヒルがどこでどう間違えたかは分からないが、今はこれからどうするかを考えよう」

「そうね。ダヒルはもう後戻りは出来ないかもしれないけれど止めることなら出来るわ。彼を救えるとは限らないけれど、やらなければならない。そうは思わない?」

「君のお気に入りの為かい?」


 そう言えば、彼女の近況の報告は受けていなかったな。まあ異常など無いとは思うが。


「私の為よ。知ってるでしょう? 私は我が儘なの」


 ああ、知ってる。君は我が儘だ。でもそれが君の魅力だよ。


「リュークが我が儘なのは君のせいかい? 随分と女性にモテるようじゃないか」

「あの子は我が儘じゃないわ。バカなだけよ。女の子の気持ちが解らないだけ。貴方と同じようにね」


 ……いつまであの時の事を言われ続けなければならないのだ?


「私達は子供がいてそれが成人する年齢だよ? いい加減あの時の事を言うのは止めてくれないか?」

「一生言い続けるわ。私はフラれたのだから」


 振ったわけじゃない。自信が無かっただけだ。と言ったところで意味はないか。


「止めよう。今はダヒルの事だ」

「力ずくで止めるわけ?」

「最終的にはそうなるが、それではきっと解決にならない。罪を犯す前に止めたところでダヒルを説得出来るとは思えないんだ。奴は自分のしていることがバカな事だと解ってやっている筈だ。国の為に本気で」


 そんなことが国の為になる筈はないが、奴ならそう思い込んでいても不思議ではない。残念ながら私達の幼なじみは頭が悪い。だが一途なのだ。縮み上がっている今の大公を見てそれを解消しようと奔走する姿が目に浮かぶ。


「……実行してしまったらダヒルは死刑ね」


 私の言葉をじっくりと咀嚼した彼女は、ゆっくりと口を開いた。


「間違いなく」


 大公の今のレイフィーラ様に対する態度から考えて、仮に王女に実害が出なかったとしても誘拐が計画されていたと分かっただけで死刑になる可能性は極めて高い。


「ダミーを用意して他の罪を着せたり出来ないかしら?」


 ダミー? ダヒルをミスリードするのか?


「出来なくはないがそれには……」

「やってくれるわ。彼女達は主に対する不穏分子を排除したいわけだし、当然主を危険に晒したくもないのだから」


 彼女のその突拍子もない発想のお陰で、私はまたもや彼女に救われることになった。






「レイフィーラ様の誘拐を企む不穏分子の排除? それを俺達にやらせようと言うのか? お前俺達をなんだと思ってやがる」


 多少打ち解けた気がするが、相変わらず物凄い殺気を込めて睨んで来るなこの男は。


「お頼みしているのです。協力して欲しいと」

「レイフィーラ様が狙われているから協力しろって、脅しているのと変わらねえだろうが」


 時間があればじっくり交渉して譲歩を引き出すところだが今はそうは言ってられない。この応接室を使える時間も限られている。


「お願いします。協力して下さい。未遂でもそんな事件が起こってしまったらセルドアとイブリックの関係は完全に崩壊してしまいます」


 以前にこんな素直に頭を下げたのはいつだったろうか? 記憶にないな。妻に結婚を申し込んだ時でさえもっと格好を付けた。


「不穏分子が浮かんでいるなら強引に拘束しちまえば良いじゃねえか」

「証拠はありません。最悪大公に報告すれば、彼は拘束されレイフィーラ様から遠ざけることは出来ますが、そうすると大公は恐らく誘拐計画の証拠をでっち上げてセルドアに“成果”として報告するでしょう。但しこれはイブリックにとってマイナスでしかありません。人質を大事に出来ない国にしかなりませんから」


 ダヒルをミスリード出来たとしてもその可能性が無くはないが、彼を捕まえる際の彼女達の証言があればそれは難しい。勿論嘘の証言をさせるわけにはいかないが……。


「だから、なんで俺達が協力しなくちゃならないんだよ。俺達にはイブリックとセルドアの関係よりレイフィーラ様一人の方が大事なんだ」

「レイフィーラ様に危険は及ばないよう作戦はあります。ただそれにはこちらを信用して頂かなくてはならないのです。どうか協力して下さい。イブリックの為に」


 こうなったら泣き落としでもなんでも良い。兎に角協力を仰いで国を守らなくてはならない。


「だから――――」

「ユンバーフ様のご長男って今年16歳でしたよね? 確か騎士学校に通っているとか」


 その場に居る全員が彼女を、13歳に成る少女を見て固まった。当然だ。彼女の質問の主旨が一切解らない。


「ええ。しかしそれが何か?」

「ワンバーフ様というお名前ではありませんか? ワンバーフ・アシュマン様」

「私の息子は確かにワンバーフですが……」


 息子を知っている? いや、それ自体は何ら不思議ではない。ワンバーフはエルノアの騎士学校に通っているのは事実なのだから。だが――――


「やっぱり! お兄様の同期生なのですワンバーフ様は!」


 そう言って破顔した彼女の顔は本当に愛らしく、先日会った幼なじみの昔のそれに良く似ていた。奇しくも、私が初めて恋を知った頃のそれに。


「あ! ごめんなさい。でも夏至休暇になると良くお兄様がワンバーフ様の話をしていて、とても仲が良かったみたいなので。息子さんから聞いたことはありませんか? お兄様はアンドレアス・ボトフと言うのですけど」


 アンドレアス・ボトフ……確かに聞いたことがあるな。だがワンバーフからだったか?


「クリス。思い出して話したくなるのは分かるけど話の腰を折り過ぎよ」

「ごめんなさいラフィア様。でも一応関係あるのです」


 関係ある?


「ワンバーフ様から直接聞いたことではないのですけど、お兄様の話では、ワンバーフ様はお兄様の魔才値が羨ましがってたそうです」


 ああ、アンドレアス・ボトフって飛び切りの魔才値の持ち主として有名に成っていた少年だ。ワンバーフから聞いたわけではなさそうだな。まあワンバーフが魔才値を羨ましいという話を私にしたのかもしれないが……いや、あの優しい子が親にそんな話はしないか。


「でも外交官の父親を尊敬している。だから外交官を目指すと言っていたそうです。ワンバーフ様は剣でお兄様と互角に戦える程強いそうなのでお兄様は勿体ないと言っていましたけれど、ユンバーフ様みたいな凄い父親を持っているなら当然ですね」


 ワンバーフが外交官に? てっきり騎士を目指すのかとばっかり思っていたが……帰ったらちゃんと話さないとな。


「クリス。まだ話が脱線したままなんだけど?」

「えーとだから……ユンバーフ様は何を守りたいのですか?」


 何を? 先程から国を、イブリックを守るという話しかしてないのだが……。


「何度も言っているようにこれを放って置くと国が傾――――」

「傾くのは国ではなくて大公様です」


 断言した彼女の声は大きくはないのに強い意志を秘めていた。そして彼女は続ける。その場を呑み込んだまま。


「前にも言いましたけど、レイフィーラ様が今此処に居るのは陛下や他の王族の方々が同意したからです。大公様が信頼されたとは思えませんが、イブリックは陛下に信頼されたのだと思います。そうでなければ大事な孫娘を人質に出す筈はありません。陛下はレイフィーラ様の事をとっても可愛がっているのですよ? それは解りますよね?」


 確かに解るが……。


「ではもし、レイフィーラ様に対して何か未遂事件が行ったとしてそれが個人の犯行だったとしたら、陛下のイブリックに対する信頼が揺らぐでしょうか?

 答えは否です。陛下も暴走する一人や二人居ることぐらい理解しているでしょう。でもそれを未然に防げるなら問題はないのです。その為に私達が居るのですから」

「そうだな。バカの一人や二人止められないとしたら俺達の責任だ」

「そうでなかったら何の為に後宮武官がついて来たか分からないわ」


 ……私はまたもや大きなミスをしていたようだ。


 ヒル。この頼み事は君に任せるべきだったよ。


「ユンバーフ様が守りたいモノは何ですか? 大公様ですか? 国ですか? 外交官の地位ですか? 家族ですか? 私は全部違う気がします」


 そこまで見抜かれたか。


「利用されて利用されたまま終わりそうなバカな幼なじみを一人、救ってやりたいんだ。どんな形であれ」






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