#4.命令書そして~
本日4本更新3本目。次は22時です。
その命令書が届いたのはお兄様の騎士学校入学の手続きが終わり、入寮の準備を始めた頃でした。しかも、
「よりによってクリスの誕生日にこんな物を届けなくても」
「確かにそうですが、それは只の偶然でしょうからそこで恨み言を言っても仕方ありませんよ」
命令書が届いたのは私の誕生日。12月15日だったのです。せめて明日にして欲しいと思わないでもありません。今朝それが届いた時私が近くに居なければ、朝から確認の為に大騒ぎをすることはなく九歳の誕生日のお祝いが潰れることは無かったでしょう。
「でも何故突然こんな命令を?」
「読んでみろ」
お父様は当然の質問をしたお兄様に命令書と一緒に届いた手紙を渡します。私も先程読んだそれは、他ならぬ王太子妃様ご自身が書かれた物で、要約するとこんな内容が書かれていました。
――人見知りの王女がクリスティアーナをいたく気に入り、会いたいとしきりに言うから合わせたいが、そちらは遠いし通うのは不可能だから侍女として後宮に上がって欲しい。代わりに彼女に王家の方で最高の淑女教育を施したい。嫌だったら帰すことも出来るし半年だけでも後宮に来て欲しい――
「希望になってはいますが、王の名の入った命令書を断れるわけがないでしょう。嫌なやり方ですね」
お兄様の顔と声には多分に怒気が孕んでいます。
「確かに誉められたやり方ではないな。だが勅令でないだけ余地はある」
今回初めて知りましたが、王様の命令には三種類あるそうです。
勅命、命令、指示
勅命は絶対。命令は場合によって断れる。指示は命令自体が曖昧で相手の裁量任せ。こんな感じだそうです。今回の場合命令書ですので、理由があれば反しても許されるわけですね。理由が有るとは思えませんが。
「余地なんてないでしょう。クリスは貴族でゴバナ村は王領なんですから」
平民ならば嫌な領主から逃げてしまえば良いだけですが、貴族が王に従うのは義務です。しかも王領で代官を勤める家の人間に逃げ場は皆無と言って良いでしょう。
「アンドレ。クリスは女の子よ。そして、女の子はいずれ家から出て行かなければいけないわ。遅いか早いかだけよ」
お母様は賛成みたいですね。意外ですが何か考えがあるのでしょうか?
「早過ぎます!」
「確かに早いわね。でもこの機会を逃すとリリアーナの方が手遅れに成りそうだわ」
はい? リリが手遅れですか? あ、因みにリリは今お昼寝中です。
「あの子はクリスに依存し過ぎなのは解るでしょう? このままじゃ姉無しでは生きられない娘になってしまうわ」
私達兄妹の顔に疑問符が浮かんだのを見てお母様が続けました。確かにリリは私に依存していると思いますが、まだ4歳です。そのうちどうにかなるのではないでしょうか?
「そして、クリスのこの性格は一生治らないわ」
え? 私ですか? つまり私がダメ姉だからリリの依存が治らないと?
ってお兄様!何で納得してるんですか!
あ! 良く見たらお父様まで!
うう〜酷い。皆して私を可哀想なモノを見る目で見ています。
「優しいからだよクリス。寄って来ると拒めないだろう?」
「……そうですね」
確かにお兄様の言う通りです。村にも変態さんがいなくもないのでそういう方からは全力で逃亡しますが、基本的には来るモノは拒まずですね。それにリリは妹です。求められたら受け入れずにはいられません。
「でもそんなクリスが私は好きだよ」
おお! お兄様の必殺爽やかスマイルが炸裂していますね? 村の少女達を虜にしているこの笑顔は俗に「王子様スマイル」と呼ばれていますが、私にとってはお兄様は王子でなく騎士なので、今一つピンと来ません。と言うか、貴方は本当に12歳ですか? 小学生の男の子ってそんな爽やかにそういうことを言えない気がするんですが……。
「ありがとうお兄様。私もお兄様が大好きです」
こうして私は侍女見習いとして後宮に入ることになりました。
12月30日の日暮れと共に一年の日の光に感謝する「終日の儀」を行い、1月1日の日の出と共に新しい年の恵みと幸福を祈る「新日の儀」を行う。そして、この二つの儀式の間を新しい年が無事迎えられるよう祈りながら過ごす。
これがセルドア王国の年越しなのですが、貴族の場合はなぜか「祈り」が「踊り」に変わってしまいます。加えて、王都でその儀式に出席するのが慣例化していますので、大半の貴族が正月前後を王都エルノアで過ごします。勿論、下位の地方貴族は王都に家などありませんし、宿もいっぱいになりますので半数の下位貴族は自分たちと関わりの深い貴族の王都屋敷にお邪魔させて貰うのです。
領主代理の場合自分が代官を勤める土地の領主の家にお世話になるのが慣例です。ボトフ男爵家の場合は王家ということになりますが、王宮に滞在などは当然出来ません。よって私達家族が毎年滞在しているのはベイト伯爵家です。
はい? 誰だそれ? ですか?
はい。前ベイト伯爵様はお母様の養父なんです。だから現ベイト伯爵はお母様の義理のお兄様ですね。お母様と現伯爵は養子と実子という微妙な関係でありながら決して仲が悪いわけではありません。寧ろ良い方だと言えると思います。そう。お母様の魅力故に兄弟円満なのです。まあただ単に12歳下の妹なら義理でも可愛いかもしれませんけど。
私達家族は、そんなベイト伯爵家のお屋敷に例年よりも少し早く訪ねて来ました。お兄様が騎士学校の寮に入り、私が侍女見習いになる為です。
お兄様は、二ヶ月前に注文していた騎士服を受け取ったり寝具を買い揃えたり、またはお父様の騎士仲間に挨拶に行ったり、毎日忙しなく準備に奔走しています。
対して、私の場合は殆どが王宮の方で支給されますので特別何か用意する必要はありません。ベイト伯爵と奥様に丁寧に挨拶して終わりです。
一応伯父に当たる人物にワザワザ丁寧に挨拶した理由は、伯爵様が王都に於ける私の身元保証人的立場になるからです。つまり私が何か王宮で問題を起こした時に責任を取るのが伯爵様になるのです。
挨拶をした時、お母様にはそれとなく「義兄に迷惑をかけないでね」と言われましたが、伯爵の奥方様は「気にしないで良いから元気に頑張って」と優しく微笑まれ、伯爵様は「何かあったらすぐ言いなさい」と少し心配そうにその黒い瞳を揺らしていました。皆優しい人達です。
正月の前後。特に直前の28日や29日は王都のあちこちで社交会が開かれています。デビュタント前の私は出席することは出来ませんが、お母様とお父様はお兄様を連れて連日方々の社交会に出席していました。
私はリリや伯爵家の子供達と遊んだりしてのんびり過ごしていたのですが、ベイト伯爵家には一人変わった子がいて……その話はいいですね。
年越しも、神殿で行われる儀式には参加出来ますが「年越しの夜会」に出ることは出来ません。ただ、この日だけは一晩中起きていても怒られないので、子供達は皆この日を楽しみにしています。まあ、私は年を越すぐらいでコックリしはじめたリリを寝かし付けたら一緒に寝てしまいました。ああ、毎年同じことをしている気がしますね。起きたら眠い眼を擦りながら「新日の儀」に参加して正月は終わりです。そしてその翌日――――
何かを察して泣きじゃくっていたリリを伯爵邸に置き、騎士学校の門前でお兄様を見送った後、私は両親と一緒に王宮に向かいました。
私達の乗った馬車は、威圧的な彫刻が施された巨大な門――の前を左に曲がりまして、数分後見えて来た一回り小さい門――も前を通り過ぎまして、少し直進した後一度右に曲がりました。そして、更に数分走り漸く受付のある比較的小さな門の前で止まりました。そこで命令書を見せると、受付横の部屋で待つように指示されました。
外から門は何度も見ていましたがこんなに広いとは知りませんでした。この部屋もただの待機室だと思いますが、伯爵邸並みの家具ばっかりですね。ああ、緊張してきました。
数十分後。
騎士さん2人に案内されまして、建物の中を延々と歩くこと十分以上。渡り廊下のようなところの先に大きな扉が見えました。扉の前にいるのは衛兵だと思いますがあれは……近衛騎士様の鎧ですね。形の違いは判りませんが意匠が細かな紋様が入っているのは近衛騎士様だった筈です。
その扉まで行きますと、そこまで案内してくれた騎士さんは下がってしまいました。そして、今度は近衛騎士様に案内して頂くことになったのです。どうやらここからは王族のプライベート空間のようですね。勝手にどこかに行かないよう注意を受けました。主に私が。
そんなことはしません。迷子になる自信が9割を越えていますから! というよりどこをどう歩いて来たのかさっぱりです。地図を頂けないでしょうか?
「こちらでお待ち下さい」
待機室から考えて二十分以上歩いたその部屋は、広くはありませんが豪華な家具や調度品が並ぶ応接室のようでした。そこで待つこと十分程。
あ、因みに下座で待つように言われました。いらっしゃる方は間違いなく位の高い方ですね。
「失礼致します。王太子妃レイテシア様がお越しになります」
……侍女見習いが一人後宮に入るだけで二番手に偉い方が直接来るんですか? 何か嫌な予感がします。