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側妃って幸せですか?  作者: 岩骨
第二章 人質の侍女
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#47.魔法で刺繍

 人質生活も早十ヶ月、もう半分を終えました。私の誕生日も過ぎてもうすぐ年越しです。大公城での暮らしは相変わらず暇ですが、平穏で快適な毎日を送っています。


 なんて言うと、ラフィア様に愚痴を言われてしまいますね。いえ、「平穏な毎日」に方ではなくて、「暇」の方です。

 というのも、以前お話した通り私は暇な時間に刺繍と勉強に勤しんでいますので、私が「暇」なんて言うとラフィア様に「どの辺が?」と言われ、挙げ句「貴女がそんなに頑張っていると私が怠けているみたいだわ」と愚痴を言われてしまうのです。

 ただこれは、魔法学院から戻って来て普通の侍女生活を一年経てからイブリックに来たラフィア様と、鬼のように忙しい侍女見習いから間を置かずに此処へ来た私との感覚の差だと思います。

 ラフィア様の思う程私は頑張ってはいないのです。特に勉強は必要に追われてやっているだけですからね。詰まるところクラウド様の根回しのせいです。それに、なんだかんだでラフィア様もちゃんと勉強していますし、魔法の鍛練も怠っていないのを私は知っています。侍女見習いを修了した人に努力を怠るような人はまずいません。


 そんな方達を身近に見て育つのですから、セルドア王家が優秀な跡取り達に恵まれているのも当然と言えば当然ですね。ええ。レイフィーラ様も例外ではありませんよ。毎日しっかり勉強しています。教師は主にトルシア様ですね。私もラフィア様も時々手伝いますが、三人の子をきちんと育て上げたトルシア様には遠く及びません。正侍女の階級も持っていますし優秀な先生です。


 現状の問題点は、私の背がこの十ヶ月の間に一気に伸びて、ダンスの練習相手が居なくなってしまったことです。まあついでに言うと半年前私の着るドレスが無かったことですが、新調したドレスが丁度良くなって来たのでそれはもう解決しました。

 レイフィーラ様も伸びてはいますが、今の私は小柄な成人女性と変わらない身長に成ってしまいましたので、ダンスの相手は全く勤まりません。仕方がないので、レイフィーラ様と同い年でアントニウス様の弟、ルテニウス様にパートナーを頼みまして一緒にダンスの練習しているのです。幸いレイフィーラ様も人見知りを再発させなかったので、仲良くダンスの練習に励んでいます。


 ……大公様の狙いがこれということはありませんよね?






「凄く綺麗ねその薔薇。刺繍なのかしら? ご自分で縫ったの?」


 私の手袋を指して言ったのはヒルベルタ・ファンローイ様です。ここは大公城の一角レイフィーラ様用に当てがわれたサロンで、今はお茶会の最中ですから本来私は座ることは許されないのですが、何故か座らされています。他ならぬヒルベルタ様に。


「はい私が縫いました。刺繍は得意なのです」

「見せて貰っても良いかしら?」

「どうぞ」


 片方の手袋を外して渡すとヒルベルタ様は私のした刺繍を繁々と眺めたあと、深く息を吐きました。そして、邪気の無い笑顔を私に向けました。


「素晴らしいわ。一流の職人技ね。セルドアにはこんなに綺麗な刺繍の技術があるのね」

「ね! クリスは凄いのよ。こんなの誰も出来ないわ」


 レイフィーラ様の贔屓目は相変わらずですが、ヒルベルタ様に褒められたのは素直に嬉しいです。後宮でも褒められたことはありますが外の人に認めて貰えるのはまた違いますね。


「実は魔法を、<微動>を使っているので、今のところ私にしかこのやり方は出来ないと思います」


 “今のところ”とは言いましたが、魔力量の関係でうちの家族ぐらいしか出来ないやり方だったりします。家族の、というかお母様の魔力量は頭三つ抜けて多いですからね。それを受け継いだお兄様とリリも多いのですが、実は私が家族で一番“魔力量は”多いのです。

 そんな魔力量に任せて<微動>を連発し、ミシン並みに綺麗な刺繍を縫えるように成ったのはつい半年前の事です。前世のそれには遠く及びませんが、この世界では、いえ、セルドアとイブリックでは最高水準の出来栄えの刺繍が出来るようになったのです。

 なんか狡いですけど、魔力の扱いも魔法の発動も微調整が結構難しくて、ラフィア様は「何でそんな細かいことが出来るの?」と言っていましたね。小魔法で微調整が利く人は珍しいみたいです。兎にも角にも、小さい頃から積んで来た魔法の練習が無駄に成らずに良かったです。侍女生活ではあまり役に立たないですからね。

 加えて、老後も安心の刺繍ライフが送れるでしょう。


「<微動>を? 役立たずの魔法を活用したのね。本当に素晴らしいわ」

「ありがとうございます。今大きいのを作っているのですけど、時間はあるのになかなか進んで行かないですね」


 そもそもが大き過ぎるのですけどね。元々計画にあった大物の作製ですが、色々考えて結果的に大窓のカーテンに刺繍で風景画を描くことにしたのです。

 やり始めてから「大き過ぎた」とは何度も思いましたが、今のところ挫けずに続けられています。ただ、重すぎて持って帰るのが無理かもしれないのです。寄贈するのは一向に構わないのですけど、邪魔じゃないですかね? 最悪捨てて貰えば良いのですが、少し勿体ない気もします。


「大きいの? 完成したら是非見せてね。楽しみだわ」


 ヒルベルタ様は目を輝かせて笑いました。その笑顔はお母様と変わらない年齢の方なのに少女という言葉が似合うような無邪気さを持っていました。


「はい。でもお見せするようなモノになるかどうか」

「良いのよ。クリスが頑張った証しを見たいだけだわ」


 どうやらだいぶ気に入られたようですね。今日に限らずあれ以降リューク様そっちのけでヒルベルタ様とはこのような交流を繰り返しているのですから今更ですけど。ただ、ヒルベルタ様は私と主を同等に扱いますので、レイフィーラ様と一緒に座らされるのは恐れ多いです。


 それとは別に、公家の人間ではないと思っていたヒルベルタ様が突然レイフィーラ様の部屋を訪れて来たのはビックリしました。

 何を隠そう、ヒルベルタ様は前大公の姪で立派な公家の関係者だったのです。庶子なので重要人物からは外れていたみたいですね。そしてそれを本人から聞くという失態を犯してしまいました。全く情けないです。

 こんな感じで妙な方向から思わぬ人脈を作ることに成功しました。まあ頼ることも頼られることも早々ないと思いますけど。






 イブリックの年の越し方はセルドアとほぼ同じです。日の入りと日の出で儀式を行いそれを夜会繋ぐ形ですね。庶民が祈りを捧げて支配階級が踊り明かすところまで同じですから、どちらかからどちらかへと伝来したのではないでしょうか?

 ただ夜会の参加に年齢制限の無いイブリックでも、流石に未成年(16歳未満)を一夜踊り明かさせることはしませんので、大公城で暮らす子供は私も含めて一部屋に集められ、そこで皆で遊びながら一夜を過ごします。勿論缶詰め状態ではありますが、羽を伸ばせる日ではあります。

 いえ、だからと言って破目を外して騒ごうと言うわけではありません。どちらかと言えば――――


「レイフィーラ様、クリスティアーナさん。夜明けまではこの部屋で過ごして下さい。奥の扉は寝室となっております。お休みの際はご自由にお使い下さい。部屋の外に警護は付きますが、中に大人はいません。事故には充分ご注意下さい」


 相変わらず愛想笑い一つない無機質な話し方ですねこの方は。いえ、この方に限った話ではありませんね。大公城で私達の周りに居る方逹は殆どが、この方と同じように無機質な応対をします。

 恐らくこれは「命令」です。それもかなり上の方からの。セルドアが脅したのですから仕方がない気もしますが、普通は逆ではないでしょうか?


「承知致しました。ご案内ありがとうございましたマルセラ様」

「では失礼します」


 機械的な仕草で頭を下げたマルセラ様が部屋を出ると、重そうな大きな木の扉がきっちりと閉められました。……牢屋ではない筈なのですが。


「レイフィーラ様!」


 黒髪の少年がレイフィーラ様に駆け寄って来ました。この九歳の少年はルテニウス様。現大公様の次男です。


「お久しぶりですルテニウス様。お元気でしたか?」

「はい! レイフィーラ様はご不自由などありませんか?」

「皆さん良くしてくれますから快適に過ごしております。大公様に宜しくお伝え下さい」


 言葉だけ聞くと年齢不相応の大人の挨拶かも知れませんが、私は弛む頬を引き締めることが出来ません。どちらも、子供が頑張って少し拙い仕草で挨拶をしている微笑ましい光景だからです。

 事実レイフィーラ様は褒めて欲しいのでしょう。挨拶したあと私を見上げました。私が笑い掛けるとレイフィーラ様は破顔します。可愛いです。


 そう言えば、お兄様もクラウド様も今のレイフィーラ様の同じ年頃でさっきみたいな挨拶を平気で大人みたいにしていた気がします。前世の記憶がある私は例外ですが、あの二人はいったい……。






 下らないことに思考を飛ばしながらも、全部で四人いる子供逹(全員10歳以下)に付き合って煉瓦崩しで遊んだり、本を読んだりして過ごし、深夜。


 ――コンコン――


 厚い木の扉がノックされました。なんでしょう? 夜明けまで放置されると聞きましたが。


「レイフィーラ様はおられるか?」


 勝手に開けられた扉の向こうには、妙に眼光の鋭い中年の男性が立っていました。


 ……誰?






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